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EU離脱は「栄光への脱出」か=あえて英国の勝算を考察

窪園博俊時事通信社 解説委員
輝くウエストミンスター宮殿、離脱した英国の未来を暗示?(写真:アフロ)

 英議会が欧州連合(EU)離脱案を否決した。メイ首相は代替案を模索するが、「意見の違いが大きい野党やEUが合意する案を策定するのは不可能」(大手邦銀)とみられ、『合意なき離脱』となりそうだ。その場合、「英国は巨大市場のユーロ圏から締め出され、経済苦境に陥る」(同)のは間違いない。ただし、中長期的には、離脱が「栄光への脱出」になる可能性もある。あえて英国の勝算を考察してみたい。

英中銀は金融危機より影響は深刻と警告

 EUを離脱した後、英国が経済的に大きなダメージを受けるのは確実だ。これまではEUの一員であり、域内でのヒト・モノ・カネの移動は自由だった。しかし、離脱後は移動の自由は失われる。貿易は通関業務の発生や課税によって停滞し、成長率は落ち込む。こうした逆風は、英政府のほか、イングランド銀行(中央銀行)も「金融危機より不況な深刻になる」と国民に対して警告を発している

 ただし、英国の苦境はユーロ圏の在り方次第で逆転する。具体的には、ユーロ圏が再び不安定化すれば、離脱した英国の相対的な安定性が見直され、地位が急浮上するかもしれないのだ。ここからは、ユーロ圏がいかに不安定な状態であるかを詳述したい。まず、金融・通貨体制に重大な欠陥を抱えている。通貨は統一されたが、肝心の財政政策が依然としてバラバラだ。

ユーロ圏は「一通貨・多財政」というグロテスクな形態

 本来、通貨が統一されたら、財政も統一しなければならない。通貨・財政の信認を維持するには、責任の所在を集約した方がいいからだ。この点、ユーロ圏はどうかと言えば、通貨は欧州中央銀行(ECB)が責任を負うが、財政はユーロ圏に加盟する各国が所管する。通貨は統一されたが、加盟国は財政主権を手放さず、「一通貨・多財政」というグロテスクな形態となった。

 分かりやすく例えるなら、バラバラの財政が通貨のみでつながった「フランケンシュタイン」のような金融・財政構造と言える。もちろん、各国が勝手に財政赤字を拡大させ、通貨価値がバラバラに砕け散ることを避けるため、数値的な歯止め(単年度財政赤字はGDP比3%以内)はあるが、強制力はなく、苦境に陥った国は遵守できていない。

さらなる欠陥は、域内格差を財政で解消する仕組みを欠くこと

 財政主体がバラバラであることの重大な欠陥はもう一つある。域内の経済格差を財政で解消する仕組みを欠いている。日本では、都市部と地方の格差は財政で是正される。都市部で吸い上げられた税金は「地方交付税」で還流され、大きな差が生じないようにしている。ユーロ圏では、これに該当する仕組みはなく、基本的には各国の自助努力に委ねられる。

 もちろん、それぞれが他国の助けを借りず、足並み揃えて成長するのが理想だ。しかし、人それぞれ体力が異なるようにユーロ圏の各国も経済力に差がある。伝統的にドイツなど北部は強国である一方、イタリアやスペインなど南部は劣後し、いわゆる「ユーロ圏の南北格差」は鮮明だ。

ドイツの財政収支にゆとりが生じたのは…

 この南北格差は、より詳しく言えば「突出して強いドイツ」と「残りの加盟国」となる。その差がどのようなものかを財政収支で比較したのが下の図表だ(日銀レビュー『ドイツの構造改革―経済成長・健全財政の両立と課題―』より)。ドイツは2000年代前半は悪化したが、その間に構造改革を進め、その成果もあってこの数年は財政収支は黒字に転じている。

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 このドイツの財政的なゆとりは、ユーロがこの数年、下落基調をたどったことにも助けられている。ユーロ安は、ECBの緩和的な政策運営によるもの。なぜ緩和的かと言えば、南欧諸国の苦境が続くためだ。皮肉にも、南欧の弱さでユーロは安く、競争力のあるドイツがその恩恵に浴し、経済が好調となって財政にゆとりが生じた面があるのだ。

ドイツ一人勝ちへの不満。離脱国のリーダーとして英国は復活?

 つまり、ドイツは「財政がバラバラである=他国を助ける必要がない」のに加え、「弱い国の存在によって通貨ユーロが安くなった」という二重の恩恵を享受している。そうしたドイツの一人勝ちに対して他国の不満はうっ積していき、ギリシャ危機のような事態が再現される恐れは高い。

 本来、ドイツは日本の大都市が「地方交付税」を負担するように、ユーロ圏で独り勝ちした恩恵を他国に振り分けねばならない。そうしなければ、ドイツ以外の加盟国は疲弊し、離脱組が増えるだろう。ユーロは泥船と化し、先に離脱した英国は先見の明があったとも言える。離脱した国々のリーダーになれば、英国は再び欧州の金融経済のセンターに返り咲く栄光を手にするのも夢ではない。

時事通信社 解説委員

1989年入社、外国経済部、ロンドン特派員、経済部などを経て現職。1997年から日銀記者クラブに所属して金融政策や市場動向、金融経済の動きを取材しています。金融政策、市場動向の背景などをなるべくわかりやすく解説していきます。言うまでもなく、こちらで書く内容は個人的な見解に基づくものです。よろしくお願いします。

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