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「平成の30年」、日銀の失われた栄光=不運続きの末にインパール化

窪園博俊時事通信社 解説委員
栄光をつかもうとする瞬間もあった平成の日銀。(写真:角倉武/アフロ)

 年末の日経新聞で「平成の30年」が特集された。さまざまなエピソードを交えて平成を回顧したものだが、その中に「日本銀行」が見当たらなかったので、ここで補足的に取り上げたい。日銀はひたすらバブル崩壊に追いまくられた印象が強いだろうが、実際には栄光をつかみかけた瞬間もあった。残念ながら栄光は失われ、不運続きの末に金融政策運営はインパールと化したのだが…。

金融危機が起きる直前、日銀はわが世の春を謳歌する方向

 平成元年はバブルのピークだった。そこから崩壊過程となったが、当初の数年間は景気過熱の調整期間と受け止められた。不良債権問題は水面下で深刻化していたが、大規模な金融危機に発展したのは1997年11月だった。その直前までは、意外に思うかもしれないが、景気は消費増税の影響を乗り越えて回復し、銀行界では利上げを見込む向きが多かったのだ。

 当時の日銀内では、もちろん不良債権問題を憂慮する向きはいたが、全体的には景気楽観論が支配的だった。翌年春には、長年の悲願であった法的独立を控え、日銀諸氏の士気は上がっていた。福井俊彦副総裁(当時)が新法下で初代総裁になるのは確実視された。むしろ、焦点は二人の副総裁に誰がなるのか(内部昇格が有力)だった。

 ここで時代を回顧する際の注意点を一つ。現在の我々はこの30年に起きた出来事をすべて知っている。つまり、神の目で振り返っているわけだ。97年秋の金融危機とその後の苦境を知ると、危機に至る期間の印象も暗くなりがち。だが、未来を知らない当時の日銀(私も含む)は、景気は上向くとの相場観だった上に、法的独立で日銀は我が世の春を謳歌するはずだった。

金融恐慌と汚職事件で日銀の命運は暗転

 法的独立の前後、ある有力幹部は次のように力説していた。「僕の仕事は、君らのようなBOJウォッチャーを撲滅することだ。法的独立で金融政策の透明性は高まる。われわれの情報発信によって金融政策の方向性は明確になるので、記者や市場関係者の解説は不要になるだろう」と。「そうか、仕事がなくなるのか」と思ったものだ。

 だが、日銀の命運は暗転する。三洋証券破たんをきっかけとした金融恐慌は景気をクラッシュさせた。さらに大蔵省の接待汚職事件が日銀に飛び火し、福井副総裁は松下康雄総裁とともに辞任を余儀なくされる。日銀の威信は地に落ちた。つかみかけた栄光は、金融恐慌と汚職事件で吹っ飛び、その後の日銀はたびたび不運に見舞われた。

 新法下で初代総裁となったのは日銀OBの速水優氏(故人)。国際畑の清廉潔白な人柄が起用につながったが、「強い円は国益」との信念は低金利政策との相性が悪く、2000年8月に政府の反対を押し切ってゼロ金利を解除する事態となった。おりしもITバブルは崩壊する最中であり、この解除劇は「失敗だった」(複数の日銀幹部)と記憶される。

不運が続き、インパール作戦の様相へ

 さらに不運だったのは、当時、内閣官房副長官だった安倍晋三氏がこの解除劇で日銀に不信感を持った、とされること。安倍氏は06年に官房長官から総理大臣になる過程で、日銀の量的緩和解除と利上げに遭遇。改めて日銀への不信感を強め、13年に総理大臣に返り咲いた際、かねて信奉していたリフレ政策を日銀に強いるべく、正副総裁人事に影響力を行使した。

 その後の不運は記憶に新しい。アベノミクスの「第一の矢」を担った異次元緩和は当初こそ円安・株高を助長して物価を上げたが、原油急落と消費増税の打撃で物価は低迷。異次元緩和は量的拡大の限界に直面し、マイナス金利に転換したが、これは副作用が強烈で、慌てて長短金利操作に転進。しかし、物価への効果は乏しく、出口は視野にないまま、漫然と緩和を続ける。

 栄光をつかもうとしていた97年秋の直前。当時の日銀諸氏に現在の日銀の姿を見せたら絶句するだろう(私も同様だ)。バランスシートは異常までに膨張し、ETFなどリスク資産も抱え、それでも物価は上がらずに金融緩和の消耗戦が続く。まさか金融政策が旧日本軍の悲惨な「インパール作戦」の様相を呈するとは誰も信じないだろう。平成の日銀は「絶望」の一言に尽きる。

時事通信社 解説委員

1989年入社、外国経済部、ロンドン特派員、経済部などを経て現職。1997年から日銀記者クラブに所属して金融政策や市場動向、金融経済の動きを取材しています。金融政策、市場動向の背景などをなるべくわかりやすく解説していきます。言うまでもなく、こちらで書く内容は個人的な見解に基づくものです。よろしくお願いします。

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