財務省は2002年5月23日に格付会社のムーディーズとフィッチに対して、意見書を送っており、その内容は財務省のサイトにもアップされている。

「外国格付け会社宛意見書要旨について」

https://www.mof.go.jp/about_mof/other/other/rating/p140430cov.htm

 このなかで、下記の意見が述べられている。

In the case of industrialized countries such as the U.S. and Japan, defaulting on local-currency denominated debt is unimaginable. What kind of risk is exactly contemplated as "default"?

日本語訳

「日・米など先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない。デフォルトとして如何なる事態を想定しているのか。」

 これはMMTと呼ばれる理論の根拠のひとつともなっている。財政赤字・政府債務の拡大が自国通貨建てである限り、信用リスクやインフレの問題は発生せず、有効需要が増大した場合にインフレ圧力がかかるのみといった見方となっている。

 ここで注意すべきことは、MMTでは政府に通貨発行権があることが条件となっている点にある。政府の意思に基づき通貨発行による支出が可能であるとされる。江戸時代か、と言いたくなるが、まさに江戸時代の徳川幕府は通貨発行権を保持していた。

 江戸時代と現在では、通貨システムは異なるので単純な比較はできないが、通貨発行権を保持しているからといって、政府が通貨発行で支出可能なのだから、財源のために徴税が必要はないなどは言えない状況となっていた。

 一つの事例を示そう。五代将軍綱吉は豪奢な生活を送っていたことに加え、寺社や湯島聖堂などを建立するとともに、明暦の大火や各地で発生した風水害などにより、慢性的な赤字を続けていた財政がさらに厳しくなり、幕府は1695年に貨幣の改鋳に踏み切った。

 将軍綱吉は勘定吟味役の荻原重秀に幕府の財政の立直しを命じ、荻原重秀はそれまで流通していた慶長小判(金の含有率84-87%)から、大きさこそ変わらないものの金の含有率を約57%に引き下げた元禄小判を発行した。また銀貨の品位も80%から64%に引き下げた。

 しかし、金銀貨の品位引き下げが均衡を欠いていたことから、銀貨の対金貨相場が高騰し、一般物価も上昇したの。このため1706年以降、銀貨が4回に渡り改鋳され、1711年の改鋳により銀貨の品位は20%と元禄銀貨の三分の一まで引き下げられた。

 いわゆるインフレを招いたといえる。MMTでも政府は税収や債務残高の制約を受けずに財政拡大や減税が可能であり、それにあたっての制約は供給能力(インフレ制約)であると主張していたが、インフレさえ制御できればデフォルトが起きることはないとしている。

 改鋳により江戸幕府の財政は潤ったものの、これにより通貨の混乱とともに物価の急騰を招き、庶民の生活にも影響が出た。

 荻原重秀に関してはインフレを引き起こしたといった批判とともに、デフレ経済の脱却を成功させ元禄時代の好景気を迎えたとの見方もあり、評価は分かれている。

 また、荻原重秀は著作を残していないが「貨幣は国家が造る所、瓦礫を以てこれに代えるといえども、まさに行うべし」と述べたとも伝えられている。藩札などの紙幣も発行されていたことで、貨幣の発行には信用の裏づけがあればたとえ瓦でも石でも良いとする、現在の管理通貨制度の本質を当時すでに見抜いていた人物でもあったとされる。

 だからMMTの理論も成立するだろうとの意見もあろうが、江戸幕府はそうは考えなかった。

 六代将軍となった徳川家宣は、新井白石からの建議を受け綱吉時代の財政金融政策を見直し事態の立て直しを図る。これが「正徳の治」である。金銀貨の質を徳川家康が作らせた慶長と同様なものに戻し、これによって小判貨幣量を減少させるために金銀貨の品位・量目の引き上げを行った。

 何故、このような政策を取らなければいけなかったのか。元禄文化に象徴される華美・贅沢な風潮を改め、幕府も徹底的な倹約に努めた。しかし、幕府による財政支出の減少や武士層の消費が大きく減退し、現在で言うところの公共投資と個人消費が減少しました。さらに金銀貨の流通量の減少傾向が強まり、物価は大きく下落し、日本経済は再び深刻なデフレ経済に陥ってしまった。

 宗家紀州徳川家から八代将軍に就任した徳川吉宗は、新井白石を解任するなど人事の一新を図る。そして享保の改革を通じて、危機的状況にあった幕府財政の建て直しのため、倹約による財政緊縮を重視しデフレ政策を実施した。これにより物価はさらに下落し、特に米の価格下落が激しくなった。このため、吉宗は米価対策を打ち出したものの、商人による米の買い上げなどの政策も功を奏さず、その結果、インフレ策として金銀貨の改鋳による通貨供給量の拡大を計る。

 ただし、改鋳に当たってこれまでのように出目といわれる改鋳による差益獲得の狙いはせず(いわゆるシニョリッジ)、新貨幣の流通を主眼に置いたの。すなわち、元文小判の金の含有量は享保小判に比べて半分程度に引き下げられたが、新旧貨幣の交換に際しては旧小判1両=新小判1.65両というかたちで増歩交換を行った。しかも新古金銀は1対1の等価通用としたことで、この結果新金貨に交換したほうが有利となり、新金貨との交換が急速 に進み、貨幣流通量は改鋳前との比較において 約40%増大した。貨幣供給量の増加により物価は大きく上昇し、深刻なデフレ経済から脱却し適度のインフレ効果を生み出した。

 上記の事例は、政府に通貨発行権があれば、単純にそれで支出が賄えるわけではないことを示している。結果としてインフレがそれを阻害する事例ともいえるが、政府に通貨発行権があればインフレは避けられないとの事例であるともいえる。

 ここではインフレという言葉を使ってしまったが、江戸時代の事例はインフレだけが問題となったわけではない。通貨そのものへの信認が毀損したことも大きかった(だからインフレとなったわけだが)。

 これは日本だけではなく、西洋などでも同様であった。そこで生み出されたものが中央銀行という政府と別の組織が通貨を発行するというシステムである。現在の日本政府はコインは除いて通貨発行権は有していない。このため中央銀行は通貨価値を安定させるための金融政策を行っている。

 少なくとも現在の先進国の政府は通貨発行権は有していない。そして、自国通貨建ての債務ならば本当に問題はないのかという問題も残る。

 ここでは債権と債務の所在がはっきり区分けされていない。日本国民や日本企業の資産が政府の負債を上回っていれば問題はないとの見方ともとれなくもない。しかし、何かのきっかけで日本国の信用が毀損した場合、日本国民や日本企業の国内に有する金融資産が海外に逃げてしまうというようなリスクは想定されていないのであろうか。

 国債を財源として、国民全体への給付を継続的に行うことが日本経済の建て直しにつながるとの意見を耳にしたが、そもそも国民への給付をそれなりの費用もかけて行って、どれだけの効果があるというのか。

 その分は国債の残高をさらに膨らませることになる。日銀がそれを引き受ければ問題はないとの主張もみられるが、現在、これだけ日銀が国債を買い入れても国債市場がびくともしないのは、日銀が買い入れてコントロールしているからとの部分も否定はしないが、根幹にあるのは、かろうじて国債への信認が維持されているからである。

 この信認が日銀引き受けなどによって毀損された場合には、江戸時代のような事例が起きかねない。通貨への信認毀損の立て直しにはかなりの労力が求められるし、経済にも大きな打撃を与えうる。政府が通貨発行権を保有していようが、通貨そのものの信認を維持させなければならない。だから結局、のちに中央銀行制度ができたのであり、財政法で国債の引き受けを禁じるなどしているのである。これは歴史の教訓によるものである。

 仮に何かのきっかけに円や日本国債の信認が失墜すれば先進国の日本といえど、国債価格の急落は起こりうるし(本格的な国債暴落となれば、日銀は国債の価格低下を止められないし、止める行為そのものが売り方の標的にされうるし、それがさらにインフレを招きかねない)、その結果としてデフォルトが生じたとしても決しておかしくはないのである。

 財務省が意見書で先進国の自国通貨建て国債のデフォルトは考えられないとしているのは、あくまで財政法が遵守された上で、国債の信用が維持されているのであればという前提条件があると思われる。