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増えた1万円札の謎、第2次大戦前後との共通点

久保田博幸金融アナリスト
(写真:アフロ)

 日本銀行の内田眞一理事(担当:企画局、決済機構局、金融市場局)は、決済の未来フォーラム デジタル通貨分科会における挨拶(タイトル:ポストコロナの「お金」の姿)において、下記のような指摘をしていた。

 「わが国においては、対面でのリテール決済の主役は、ずっと現金でした。実際、現金の流通残高は100兆円を超え、GDPの2割にも上ります。これは諸外国と比べても突出していますし、歴史的にも高水準です。過去100年間遡ってみても、銀行券流通残高の対GDP比率は、ほぼすべての期間でおおむね8%程度であり、例外は、第2次大戦前後と90年代中盤~現在の2回だけです。」

ポストコロナの「お金」の姿 決済の未来フォーラム デジタル通貨分科会における挨拶

 日本における現金の流通残高が100兆円を超えているのは確認していたが、GDPの2割にも達していたのは、第2次大戦前後と1990年代中盤~現在の2回だけだったという事実は興味深い。

 第2次大戦前後というのはいうまでもなく太平洋戦争が大きく絡んでいたはずである。戦後のハイパーインフレも影響していた。そのような時期と現在の現金の流通量が同じであった。そういえば、政府債務のGDP比も同じような状況になっているのも偶然なのだろうか。

 現在の現金流通残高の大きさは何が原因しているのか。券種別では千円札、五千円札はそれほど増えておらず、一万円札だけが伸びている。内田理事はこの答えのひとつとして「低金利環境の中で、人々が手元の現金をこまめに預金しに行かないという現象」をあげている。

 「6月の銀行券流通高は前年比4.8%に上昇しました。ただ、興味深いことに、券種別では千円札、五千円札はそれほど増えておらず、一万円札だけが伸びています。また、ATMの受け入れ・払い出し件数も激減しています。おそらく、決済手段としての現金需要は減少した一方で、銀行やATMに足を運ぶ回数を減らすために、手元に多めの現金を置いた――つまり広い意味の価値保蔵手段としての現金需要が増えた――ということでしょう。コロナと低金利という2つの環境がもたらしたものですが、これは日本だけでなく、程度の差はあれ世界的にも見られる現象のようです。」

 ある程度のお金を持つ層の人たちは現金の保管リスクはありながらも、利子もつかない預金に振り向けていないということなのか。もちろん通帳に記載されては困るという資金もあるのかもしれないが。

 「現象のようです」とやや曖昧な表現となっているのは、1万円札を発行している日銀でも現金の特質である「匿名性」があるため、具体的な理由は示しにくいためのようである。現金は最も身近な決済手段でありながら、その振る舞いはいつも謎めいていると内田理事は指摘している。

 この謎を解き明かすものとして、中央銀行デジタル通貨(CBDC)があるのかもしれない。しかし、その謎がデジタル通貨の普及を妨げる障害になる可能性もあるのではなかろうか。

 とにかくも第2次大戦前後と現在の現金流通の状況が似ているという状況は注意すべきであり、どうしてそれが起きているのかの謎は調べてみる必要はあるのではなかろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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