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ヘリコプターマネーの危険性

久保田博幸金融アナリスト
(写真:アフロ)

6月7日の日経新聞の経済教室は「ヘリコプターマネーの是非」として、ヘリコプターマネー推進派のアデア・ターナー元英金融サービス機構(FSA)長官による論説が掲載された。

ターナー氏は、日本では公的債務の一部の「マネタイゼーション(財政ファイナンス)」がもはや避けられない状況だと指摘している。日本の政策当局は、長年の物価低迷と公的債務の増加に対して万策尽きたようにみえるが、政府と中央銀行が弾切れになることはないと指摘した。それは、米国の経済学者、ミルトン・フリードマンの名高い「ヘリコプターマネー」作戦はいつでも可能だからだそうである。

そのヘリコプターマネー作戦は2つあるそうで、「第1は、中央銀行が紙幣を増発して将来拡大する財政赤字を直接ファイナンスする方法だ。第2は、中央銀行が既発債を買い入れ、バランスシート上に無利子永久債として計上し事実上消却する方法だ。」

日銀はすでに国債発行残高の3割を保有している。実質的に財政ファイナンスに近い状況と言えなくはない。ただし、財政法第5条では「すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。」とある。もし本当に第1のヘリマネをするには、この財政法を修正するなりする必要がある。

第2のヘリマネについては、日銀のバランスシート上の反対側にある負債の部を考慮するとかなり無理な話となる。つまり、日銀の資産となる国債の反対側にある負債が日銀券なり日銀の当座預金となる。国債を永久債として償却すると、決済などのために日銀の当座預金として積み上げてある民間金融機関の預金も消滅することになる。決済が機能しなくなるだけでなく、結果として我々の預貯金も消滅するということになる。

さらにターナー氏は下記のような指摘もしている。

「日本の公的債務残高から政府資産および準政府機関が保有する国債を差し引いた純債務は、国際通貨基金(IMF)の標準的な定義に従うとGDP比128%になる。このうち約半分(GDP比66%)は現在日銀が保有しており、日銀は政府の影響下にある。よって日銀を含む統合政府ベースではこの債務は存在しないので、本当の意味での純債務はGDP比62%となる。」

政府資産に関しては証券化等の手段を含めてもすべて売却が可能となるのかといった問題もあるが、そこの部分はさておき、準政府機関が保有する国債や政府の影響下にあるとする日銀が保有する政府債務は存在しないような見立てとなっている。しかし、日銀のバランスシートなどを考えるとこれもおかしいであろう。

日本では戦後に預金封鎖ということが起きた。新円切り替えと同時に国民の預金を封鎖しそれにより政府債務の削減を図った。ハイパーインフレも手伝ってあっさりと政府の巨額債務をなくしてしまった荒技である。

ターナー氏も指摘しているように巨額の財政赤字を無制限に引き受けたら大幅インフレは避けられない。だからインフレ率に応じて引き締めることをルール化する必要があるとしているが、そんなルールは通用しなくなる。だから財政法で日銀の国債引き受けが禁じられているのである。

ターナー氏は金融政策の手段としてヘリコプターマネーを持ってきたように思われるものの、日本の巨額の政府債務はヘリコプターマネーによりハイパーインフレを引き起こし、国民の預金を使って国民の負担により債務を返済すべしと暗に提示しているようにすら思えるのである。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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