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日銀のマイナス金利導入の理由

久保田博幸金融アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

日銀は1月29日の金融政策決定会合で「マイナス金利付き量的・質的緩和の導入」を決定した。決定会合後に発表された公表文によると、今後は「量」・「質」・「金利」の3つの次元で緩和手段を駆使して金融緩和を進めていくそうである。

マイナス金利の導入については賛成5反対4のぎりぎりの賛成多数で決定した。反対したのは白井、石田、佐藤、木内委員の4人となったが、反対理由について公表文では下記のように説明されている

「白井委員は「量的・質的金融緩和」の補完措置導入直後のマイナス金利の導入は資産買入れの限界と誤解される惧れがあるほか、複雑な仕組みが混乱を招く惧れがあるとして、石田委員は、これ以上の国債のイールドカーブの低下が実体経済に大きな効果をもたらすとは判断されないとして、佐藤委員は、マイナス金利の導入はマネタリーベースの増加ペースの縮小とあわせて実施すべきであるとして、木内委員は、マイナス金利の導入は長期国債買入れの安定性を低下させることから危機時の対応策としてのみ妥当であるとして反対した」(29日の日銀金融政策決定会合の公表文より)

今回の日銀のマイナス金利の導入の意味についてはなかなか理解しづらい面があり、上記の反対理由の説明も加えながら、今回の日銀のマイナス金利政策導入の意味を考えてみたい。

まず注意すべきことは、今回の日銀のマイナス金利政策は、たとえば民間金融機関への私たちの預貯金の金利がマイナスになるわけではない。このため我々の生活に直接影響するわけではない。あくまでも今回、マイナスにするのは日銀の当座預金の超過準備に付けられた利子である。

日銀は銀行としての預金業務を行っており、金融機関、国、そして海外の中央銀行、国際機関などからの当座預金を受入れている。日銀の当座預金は決済手段として、現金通貨の支払準備として、さらに準備預金制度における準備預金として機能している。

金融機関に対して受け入れている預金等の一定比率(預金準備率、法定準備率、準備率)以上の金額を無利子で日銀に預け入れることを義務づけている準備預金制度でも日銀の当座預金が使われている。

金融機関は預金者保護の立場から常に一定の余裕金を保有し、顧客からの預金引出しに備える必要がある。こうした余裕金のことを「準備預金」と呼んでいる。この金融機関が日銀に預け入れなければいけない最低金額を法定準備預金額あるいは所要準備額と呼ぶ。2008年11月からは当座預金のうち、準備預金制度に基づく所要準備を超える金額(超過準備)に利子(付利)をつけるようになった(補完当座預金制度)。その利子がプラス0.1%となっていた。

日銀の金融政策は、公定歩合から無担保コール翌日物の金利を政策金利として、公開市場操作(オペレーション)を使って上げ下げする政策へと移った。そして、政策金利が実質ゼロとなると、量的緩和政策や量的・質的緩和政策が打ち出され、金融政策の誘導目標が政策金利から当座預金やマネタリーベースという量に変更されたのである。しかし、その量についても限界が見えつつあるなか、金融政策手段として預金準備率ではなく、超過準備の付利を操作する手段が指摘されていた。

日銀の政策金利は無担保コール翌日物の金利ではあるが、厳密には政策金利は3つ存在している。基準貸し出し金利(ロンバート・レート)、政策金利である無担保コール翌日物の金利の誘導目標値、さらに超過準備に付利される金利である。つまり主要政策金利があって、その上限と下限を設定している。現在の日米欧の中央銀行では、このようなコリドー(corridor:回廊とか通路)と呼ばれる政策金利の上限と下限を設けている。

ECBもマイナス金利を導入している。これは主要政策金利であるリファイナンス金利や上限金利である限界貸出金利はプラスのままとし、下限金利であるところの中銀預金金利(預金ファシリティ金利)をマイナスとすることで、マイナス金利政策としているのである。

ただし、日銀が2013年4月に導入した量的・質的緩和政策はマネタリーベースを増加させれば、インフレ期待が強まり物価が上昇するという発想に基づいている。マネタリーベースというのは現金通貨と日銀の当座預金残高の合計であり、現金は操作できないため日銀の当座預金を増加させることになる。つまり大量に日銀が国債を買い入れるとその資金が日銀の当座預金に積み上がるという構図となっている。しかも、超過準備にはプラス0.1%という利子まで付くため、民間金融機関としては日銀の当座預金に現金を残すインセンティブが働く。

これに対しECBが下限金利をマイナスにできたのは、政策目標を金利のまま維持させていたためである。国債の買い入れも行ってはいるが、マネタリーベースを増加させてインフレ期待を強めようとの発想ではなく、国債を買い入れることによって国債の利回り低下を図るとともに、中銀預金金利(預金ファシリティ金利)をマイナスとすることで資金を貸し出しや株式などの資産に移行させようとするいわゆるポートフォリオリバランスの効果を狙ったものである。

結果として景気や物価に働きかけようとしている日銀とECBの金融緩和策はこのように手段としては日銀の口座に資金を残させる日銀と、なるべく追い出そうとするECBでは真逆であった。日銀が超過準備の付利引き下げは難しいと考えられたのは、マネーを増やせば物価は上がるとの発想が根底にあっとみられたためである。

ところが日銀は2013年4月の量的・質的緩和と2014年10月の量的・質的緩和の拡大という二度の大規模な追加緩和により、ここからさらに大きな国債買入が困難となりつつあった。昨年12月に量的・質的緩和の補完措置をおこなったのは今後の国債買入をよりスムーズにするためのものであり、これも国債買入の限界を示すようなものとなった。

しかし、今年に入り原油価格の下落などを背景に欧米の株式市場は大きく下落し、中国経済への不安なども加わり、東京株式市場も年初から大幅安となった。原油安は当然ながら物価のさらなる下押し圧力ともなるため、ECBのドラギ総裁は21日のECB理事会後の会見で3月の理事会での追加緩和の検討を示唆した。

これに対して日銀への追加緩和期待も一部にはあったようだが、国債買入の大規模な増額はむずかしく、マイナス金利の導入は異次元緩和の発想そのものを否定しかねないため導入は無理ではないかと思われた。また、黒田総裁は国会などで付利のマイナス化は否定していた。

ところが29日の黒田総裁の記者会見によると、黒田総裁は1月20~23日のスイスで開かれたダボス会議の前に、帰国後仮に追加緩和を行うとしたらどういうオプションがあるか検討してくれと指示していたそうである。その結果が今回のマイナス金利導入となった。

日銀が今回決めたマイナス金利がこれまでの政策と矛盾しないようにする工夫が、スイスなどで採用されている階層構造方式にあった。日銀当座の基礎残高(既存残高)にはこれまで通りプラス0.1%、所要準備額はこれまで通りゼロ%、これらを上回る部分にマイナス0.1%を適用することになる。つまりこれまで積み上げてきたものは残してもらうことで、当座預金残高を維持させようとしたのである。

さらに0.1%の付利があったことで日銀の国債買入がスムーズにいっていた面もあり、これがなくなると民間金融機関が国債を売却するインセンティブがなくなってしまう。しかし、そこはマイナス金利分だけ買入れ価格が上昇(金利が低下)することで釣り合うので、買入れは可能と考えられると日銀は説明している。欧州中央銀行ではマイナス金利と長期国債の買入れを両立しているとの説明もあった。ただし、国債をマイナス金利でも落札し日銀の国債買入に対応するため一時的に保有できる業者(証券会社など)はさておき、日本の民間金融機関はマイナス金利の国債を保有目的で買い入れることはしないためマイナス金利での国債を売買できる主体が限られ、国債の流通市場がますますいびつなものとなる懸念があり、それを木内委員などは指摘していた。

さらに銀行経営にも負の影響をもたらす懸念がある。29日の日銀のマイナス金利導入を受けて残存7年半あたりまでの国債利回りがマイナスとなった。国内金融機関による中短期債での国債運用がマイナス金利では難しくなる。また貸出金利の低下による影響も出てくるものと予想される。

今回の日銀のマイナス金利導入の理由とその影響は上記のものが考えられるが、そもそもこれで物価上昇の要因となるのかという根本的な疑問も残る。ポートフォリオリバランスやイールドカーブの下方圧力といっても、そう簡単にリスク資産などに資金は振り向けられず、マイナス金利にどれだけの効果があるのかも未知数といえる。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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