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日銀に問われる異次元緩和の説明責任

久保田博幸金融アナリスト

10月28日の参議院財政金融委員会で、日銀の岩田規久男副総裁は、日銀が目指す「2年程度で2%の物価上昇」の目標について「人間の行動に働きかけるのが金融政策なので、電車の時刻表のようにはできない。どうしても不確実性が大きい」と述べたそうである(日経QUICKニュース)。

また、岩田副総裁は、昨春の就任前の国会における所信表明で、2年で2%の物価目標が達成できない場合は辞職する考えを表明したことに関し、「(達成できなければ)自動的に辞めると理解されてしまったことを、今は深く反省している」と語り、「まずは説明責任を果たすことが先決というのが真意だった」と説明した(ロイター)。

この岩田副総裁の発言であるが、すでに言い訳にしか聞こえない。そもそも人間の行動に働きかけるのが金融政策というが、過去の日銀の金融政策にあれほど批判をしておいて、異次元とかバズーカとか呼ばれた大量の国債の買入れをすることで、人間の行動に変化を起こしていたのであろうか。

リフレ派の主張関してデフレ脱却との目的は良いとして、その手段については、財政政策の拡大、その財源確保と金融緩和の二つの効果を狙った高橋是清の行った日銀の国債引き受けに近い政策となる。いわばマネタイゼーションによる物価と景気の上昇である。量的・質的緩和は財政法で禁止されている日銀の国債引き受けとは違うとしているが、結果とすれば同じことである。新発債を市場を通さずに購入するか、市場を通して購入するかの違いである。

ただし、日銀がマネタイゼーションに近いことを行うことは非常にリスクが伴う。むろん財政法で禁じられた要因ともなった国債への信認失墜への懸念がある。ハイパーインフレを起こしたという過去の歴史の教訓も生きている。いまはデフレで長期金利も超定位安定しているのにハイパーインフレなど起きるはずはないとの主張もあるが、市場のことを少しでも理解していれば、突如、地合いが急変するテールリスクと呼ばれるものは常に存在していることもわかるはずである。

そのマネタイゼーションのような日銀の行動に対する歯止めとして、政府の財政政策があった。フリーランチを求めるリフレ派が反対する消費増税を決断したのも、政府が財政規律を守る姿勢を示すことで、国債の信認を維持させようとしたものであろう。消費増税で国債の信認を守れるのかはさておき、政府としては国債市場に動揺を与えるようなことはしたくなかったはずである。

このようにアベノミクスと呼ばれたリフレ政策を中心とした政策は大きなリスクを伴っている。しかし、その効果については、岩田副総裁の今回の発言にあったように、「人間の行動に働きかける」という非常に曖昧なものであった。

日銀が大量に国債を買えば、人間の行動に変化を与えられると言えるのか。たしかにアベノミクスの登場は円安と株高を引き起こした。しかし、これはヘッジファンドが儲けるチャンスを与えただけである。円安もリフレ政策の一貫となりうるが、アベノミクスが成功したかに見えたのは、その多くがこの円安や株高の影響で説明できる。為替市場や株式市場はかなり不安定でもあり、操作することもできない以上、岩田副総裁の言うところの不確実性が大きいのはある意味当然か。

円安とかに頼らずとも日銀が大胆に国債を買えば、インフレ期待でデフレが解消されるというのが、リフレ派の考え方であった。自分たちが思い切った政策を実行すれば、2年もあれば物価目標などクリアできると信じての異次元緩和政策であったかに思われる。

しかし、日銀が国債を2倍買ったところで人々が何に期待し、どう行動を変えるというのか。しかし、やってみなければわからないという壮大な実験を本当に行ってしまったことも事実であり、その効果についてここにきて疑問符が付き始めた。

人々は別に物価が上がることを求めてはいない。景気が回復し賃金が上がり、それに応じて物価が上がるのは致し方ない程度の思いのはずである。しかし、物価の上昇を引き起こせば、景気回復と賃金上昇もついてくるというのはおかしな考え方と言わざるを得ない。それでもその実験を行ってしまい、その結果、毎月大量の国債を中央銀行が買い上げるという状況だけが続くという結果になりかねない。

いまのところ国債市場はほとんど動揺は見せていない。しかし、短期市場あたりから徐々に機能不全となりつつある。マイナス金利はそのひとつの現れともいえる。過度に中央銀行の金融政策に頼るのは日本ばかりではないが、日本ほどこれほど大量に国債を発行している国もない。世界最大規模の日本の国債市場を侮ってはいけない。

金融政策は電車の時刻表のようにはできないそうであるが、異次元緩和をすれば物価が上がるというレールそのものが存在しているかすら怪しい。異次元緩和が本当に異次元世界のものであると明らかになってしまうとそこで何か起きるのか。これからの日銀には岩田副総裁の言うところの説明責任が問われるところでもある。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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