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ECBの量的緩和は実現可能か

久保田博幸金融アナリスト

ECBのメルシュ専務理事は9月10日に、ECBが4日に決定した主要政策金利の引き下げと資産担保証券(ABS)およびカバードボンドの購入策に関し、「これは広範な量的緩和策に相当するものではなく、それにつながるものでもない」 と語ったそうである(WSJ)。ちなみにメルシュ氏は元ルクセンブルク中銀総裁である。

メルシュ専務理事は6月の講演において、ECBは「シンプルで透明性の高い」資産担保証券(ABS)を買い入れる可能性があるとの見方を示していた。ただし、国債の買入れについては、昨年12月の講演で「ユーロ圏加盟国のどの国債を買うかを決め、実際に買い入れることは、ECBにとって、経済・法律・政治上、極めて大きな難題になる」と述べたようにかなりハードルが高いとの認識のようである。

これに対して、ECBのコンスタンシオ副総裁は、ECBは巨額の国債を買い入れる量的緩和(QE)の実施を余儀なくされる状況を望んでいないが、その可能性は排除できないとの考えを示した(独紙が報じたとロイター)。コンスタンシオ氏は元ポルトガル中銀総裁である。

コンスタンシオ副総裁は、9月4日のECBの追加緩和に関して、長期インフレ期待が固定できなくなるリスクは大幅に高まっており、ECBとして何の手も打たないわけにはいかなかったと指摘した。ECB理事会ではQEが議論されたものの、決定には至らなかったとしている。

ECBの定例理事会の議決権を持つメンバーは、ECBの役員6名(総裁、副総裁、理事4名)と域内の中央銀行総裁で構成されている。このうちECBの役員は、イタリア出身のドラギ総裁(前職はイタリア銀行総裁)、ポルトガル出身のコンスタンシオ副総裁(同ポルトガル銀行総裁)、専務理事としてベルギー出身のプラート氏(元IMFのエコノミスト)、ドイツ出身のラウテンシュレーガー氏(元ドイツ連銀副総裁)、フランス出身のクーレ氏(同財務省のチーフエコノミスト)、ルクセンブルク出身のメルシュ(元ルクセンブルク中銀総裁)。

9月4日のECBの追加緩和については、全員一致での決定ではなかったことが明らかにされた、反対者はドイツ連銀のバイトマン総裁であった。バイトマン総裁は、既に準備態勢が整った緩和策の効果を見極めるため、今しばらく待ちたいとの理由から反対したとされる(WSJ)。

これに対して、ドイツ出身のラウテンシュレーガー専務理事は、超低インフレのリスクを回避するためには必要だったとの見解を示していた。どうやら今回は賛成票を入れたとみられ、ドイツ出身者の票が割れた格好となった。

9月4日のECBの追加緩和は、市場では現状維持との予想が多かったことで、サプライズとされた。しかし、ABSの買入れの可能性を含めて、ECB関係者のこれまでのコメントからも予兆はあった。利下げだげてはインパクトは低いとの見方もできることで、ABSの買入れとの組み合わせとのパターンも、読もうと思えば読めたかもしれない。しかし、このタイミングで決定してくるのか、というのが市場参加者の正直な見方であったと思う。特に新LTROが9月に実施されることで、この効果を見極めたのち、追加緩和に踏み切るとの見方も多かった。それでも9月4日にQEではないが、追加緩和を実施したのは、予想以上に物価の上昇圧力が弱まっていることと、外為市場でのユーロの下落ピッチが弱いとの判断からであったろう。

個人的にはECBのQEの実現の可能性はかなり薄いとみているが、この一連の動きを整理すると、いずれ量的緩和に踏み切らざるを得なくなる可能性は否定できない。もちろん国債買入れとなれば、経済・法律・政治上の問題もクリアーさせる必要がある。ドイツは来年の新規国債の発行はゼロとなるそうだが、どこの国の国債をどういう比率で買い入れるかも問題となる。ちなみにドイツは財政赤字をカバーするための新規国債の発行額はゼロでも、残存額がゼロになるわけではないため、借換債などの発行は続けられる。

さらにマイナス金利と量的緩和は、中央銀行に資金を寝かせないようにするマイナス金利と、資金を寝かせようとさせるという量的緩和という相反する政策であり、このあたりの問題をどう解決するのかという技術上の問題もある。

ただし、ECBにとって、FRBのQEとともに、日銀というかアベノミクスの成功例をかなり参考にしている可能性がある。特にユーロ安に言及しているあたり、アベノミクスのリフレ政策宣言をきっかけとした急激な円高調整と、この円安の影響を受けての物価上昇は良い事例とみているのではなかろうか。円安による物価への影響について、岩田日銀副総裁は関連性を否定しているようではあるが。

いずれにしても、このままユーロ圏の物価や景気が低迷するとなれば、あらたな追加手段がECBに求められ、その行動も起こすときは素早いものとなろう。ドラギマジックと称される所以である。あらたなマジックはいつどのタイミングで出てくるか。そのマジックの選択肢に国債買入れ、量的緩和が含まれてきる可能性がある。今後のECBの理事などの発言は一つ一つチェックしておいたほうが良さそうである。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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