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物価低迷の原因は予想物価上昇率だったのか

久保田博幸金融アナリスト

7月23日の講演で、中曽日銀副総裁は物価に関して次のような発言をしていた。

「予想物価上昇率」というのは耳慣れない言葉かもしれませんが、人々が先行き、どの程度物価が上昇すると見込んでいるかという予想を意味するものです。」

ここで気になったのは、わざわざ「耳慣れない」という表現を使ったことである。予想物価上昇率という用語は一部の経済の専門家が利用するものであり、一般には馴染みがないもの、との認識の上での表現であったのであろうか。

予想物価上昇率や期待インフレと呼ばれているものはいったい何なのか。これについては私もこれまでも何度かコメントしてが、いまだに良くわからない。人々が次回のオリンピックで何個、金メダルが期待できるのか。それを数値化すれば、期待(予想)金メダル獲得数がわかり、金メダルの数はそこに収斂していく、といったものなのであろうか。

「わが国では、15年近くデフレが継続したことにより、「物価は上がらない」との予想が定着してしまいました。この状態から脱して、2%の物価安定目標を持続的に実現していくということは、企業や個人が2%程度の物価上昇が続くことを予想しながら経済活動を行うようになるということを意味します。」(中曽副総裁の講演より)

果たして失われた15年の間、人々は「物価」は上がらないと「予想」したのであろうか。こちらはむしろそのように「期待」していた可能性はあるまいか。

物価が上がらないから雇用は悪化し、景気も悪く、輸出は伸びず、株価も低迷していたのか。バブル崩壊後、人々の日本経済に対する見方は大きく変化した。右肩上がりの成長が止まったあと、こんどは右肩上がりの地価や株価が暴落した。銀行は不良債権の圧縮につとめ、それが企業活動にもマイナスの影響を与えた。その最たるものが雇用の変化であり、業績給といった名のもと、終身雇用・年功序列といった日本経済を支えていた雇用の仕組みが根幹から崩れ、結果として雇用は悪化し、景気も低迷、それが人々の先行き不安を強めることになり、物価低迷の要因となった。

ここに日銀が物価を上げようとすれば、それこそ大きな反対が起きた可能性すらある。物価を上げるのではなく、物価が上がる環境作りこそ重要であり、景気低迷で賃金も低下しているなか、物価の低迷は人々の暮らしにとってマイナス要因ではなく、むしろ助けられていたのではなかったか。物価は上がらないとの予想ではなく、上がってほしくないとの期待もあったのではなかろうか。

「今春はベアを実施した企業が増加したほか、これまで低価格を基本戦略にしてきた企業でも、従来以上に品質を重視しコストを反映した価格設定に切り替えるなど、企業行動には変化の兆しがみられます。」(中曽副総裁の講演より)

ベアについては政府の意向も反映されていたと思われるが、値上げができなかった環境から、やっと値上げが出来る環境に変わってきていることは確かである。しかし、それは日銀の異次元緩和で人々の物価上昇予想が強まったためなのか。アベノミクスのリフレ政策の掛け声での円安、株高、さらには世界的なリスク後退による世界経済の回復により、値上げができる環境ができつつあったということではなかったのか。

「個人や企業、エコノミストなどを対象としたアンケート調査や、金融市場関連のデータからも、予想物価上昇率は全体として上昇しているとみられます(図表6)。」

図表6をみてみると、いつものように債券市場参加者でも一部の参加者しか、それも金額はわずかな取引しかされていない物価連動国債のBEIのデータが使われている。これが期待インフレ率を適格に示すものなのか。仮にそうであってもグラフからはすでに2009年から期待インフレ率が上昇しており、異次元緩和による影響との判断はできかねる。

もうひとつエコノミストのインフレ予想も出ているが、こちらは足元のCPIが予想以上に上振れたことが影響しているはずである。足元の数値が何故、エコノミストの予想を上回ったのか、その分が異次元緩和による影響との指摘もあるかもしれない。仮にそうであったとすれば、中央銀行が市場の予想以上に国債を買うと物価が自動的に上がるという、なかなか興味深い研究成果が出たことになる。しかもその成果はタイムラグも必要としなかった。果たしてエコノミストはどう判断しているのであろうか。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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