日米の長期金利の謎
サンフランシスコ地区連銀のウィリアムズ総裁は22日、米株式市場が上昇しているのは、企業業績が良好なことなどが背景にあるが、米債利回りが低いのは「謎」との認識を示した(ロイター)。
2005年2月、当時のグリーンスパンFRB議長は、利上げが何度も行われ、政策金利であるFFレートが上昇したにもかかわらず、米国の長期金利が一向に上昇せず、むしろ低下傾向を示したことに対し、議会証言でこの現象を謎(conundrum)と表現した。ウィリアムズ総裁の謎発言はこれを意識したものではなかろうか。
日銀の黒田総裁は21日の記者会見で、この謎について「米国の長期金利が一時3%台に乗りましたが、今は2%台半ばくらいに落ち着いている背景については、色々なことがあると思います。FRBの金融政策の進め方について市場が十分消化して、金利が急速に上がっていくことがないということがよく理解されたこともあるのかな、と思います。」
FRBのテーパリングの開始については予行練習があった。昨年5月22日にバーナンキFRB議長による上下両院合同経済委員会で証言を行い、証言後の質疑応答で、景気指標の改善が続けば債券購入のペースを減速させる可能性があると指摘。この日は4月30日~5月1日に開催されたFOMC議事要旨も発表されたが、複数の議員が早ければ6月にも資産購入を減額したいとの意向を示していたことが明らかになったのである。これによりテーパリングの開始が市場で強く意識された。23日の東京株式市場は1000円以上の下落となっていた。
しかし、テーパリングを次第に市場は織り込んでいった。テーパリングをやるかどうかではなく、いつやるか、という見方となり、実際に昨年12月にテーパリングを決定しても、やっと始めたか、との認識の方が強かったように思われる。これにより米国債の需給が崩れ、米長期金利は大きく上昇するとの見方もあったが、米長期金利は3%近辺が天井となり、その後2.5%あたりまでむしろ低下している。
バーナンキ議長の後を継いだイエレン議長は就任後初のFOMC後の記者会見において、思わず利上げ時期について思っているところを述べてしまったが、これによる米国債への影響も限定的となった。市場はすでに米国の金融政策の出口を意識しているが、こちらもやるかどうかではなく、どのタイミングかとの問題となっている。
この見方からすれば、黒田総裁のFRBの金融政策の進め方について、市場が十分消化しているとの見方はある意味正しいかもしれない。しかし、長期金利の動向については、都合良く解釈しているようにも思われる。黒田総裁はまた会見で次のような発言もしている。
「金融政策は、金融資本市場、特に金利――短期金利、長期金利を含めた――に影響を与えるものです。金融政策を何も実施しないで市場で決まるだけのものが金利であれば、金融政策はいらないわけです。」
この発言と謎の回答については矛盾がありはしまいか。短期金利は確かに日銀の金融政策の影響を受けやすい。しかし、グリーンスパン元FRB議長やウィリアムズ総裁が謎という表現を用いたように、長期金利は金融政策のみで動いているわけではない。むろん影響は受けることは確かではあるが、長期金利は市場で決定されているものであり、日銀の金融政策で素直に動くものでもない。また、日銀がその相場を制御できるものではない。
実は米国の長期金利が低いことよりも、日本の長期金利が低すぎる状態が続いていることこそが、まさに「謎」であり、それを日銀による大量国債買入だけで説明して良いものではないはずである。テーパリングを開始しても米長期金利が低下している謎の事実は、中央銀行による金融政策だけで長期金利が決定されているわけではないことを示す証拠ではあるまいか。