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中央銀行の市場を巡る新たな戦い

久保田博幸金融アナリスト

日米欧の中央銀行が為替動向などを睨みながら新たな戦いを始めている。欧州の信用リスクは後退し、ウクライナ情勢等の不安は残るものの、百年に一度とされるような金融危機は過ぎ去った。FRBは昨年12月にテーパリングを開始した。今年10月あたりにはテーパリングは終了し、それから少し時をおいた後、利上げを行い金融政策を正常化させようとしている。

イングランド銀行もすでに新たな量的緩和を決定するのではなく、利上げを睨んでの動きとなってきている。カーニー総裁は14日、英経済が金融政策の引き締めを必要とするポイントに近づきつつあるとの認識を示した。ただし、政策金利の引き上げは来年まで待つ意向も示唆した(ブルームバーグ)。

欧州の信用不安を象徴するかのようにイタリアやスペイン、アイルランドなどの国債の利回りは一時過去最低水準に低下した。さすがにこれは行き過ぎの感もあるものの、その背景にはECBの追加緩和期待がある。

ECBのメルシュ理事は14日に6月の次回会合で行動を起こすことに「やぶさかではない」とドラギ総裁が8日に述べたのは、トリシェ前総裁の手法を踏襲したものだと語った。2003年から11年までの在任中にトリシェ前総裁は利上げ実施の1か月前になると強い警戒という表現を用いていた。ただし、利下げの前にこの表現は使っていない。ドラギ総裁の次回理事会での金融政策の変更示唆は、トリシェ前総裁の手法を意識しながらも、追加緩和という意味では新たな手法と言える。

金融引き締めは事前に浸透させ、金融緩和はサプライズ感も意識させることが重要であり、トリシェ前総裁はその手法を意識したとみられる。それに対してドラギ総裁が追加緩和を事前に示唆するということは、ある程度手段が限られるなか、アナウンスメント効果を意識して特に為替に働きかけようとの意向であった可能性もある。

市場への働きかけと言えば、日本に良い事例があった。2012年11月のアベノミクスの登場である。安倍自民党総裁がリフレ政策を提唱し、それで外為市場では急激な円安が発生し、株高を招くとともに物価上昇の要因となった。ECBの追加緩和観測の背景には、ECBの目標ではないが目安としている物価の低迷がある。日本の事例を参考に、ユーロ安を通じて物価に働きかけようとしている可能性がある。

興味深いことに、このECBの追加緩和観測やイングランド銀行の早期利上げ観測の後退が、欧米の長期金利の低下圧力に繋がっていることである。英国やユーロ圏の国債の利回りが低下、つまり長期金利が低下するのはわかるものの、それにつられて米国の長期金利までもが低下し、一時節目の2.5%を割り込んだ。

外為市場を動かす要因としては、中央銀行の金融政策などとともに金利差も意識される。FRBはテーパリングを開始したことで、米長期金利は上昇するとの観測も強かったが、上昇するどころかむしろ低下している。これは見方によれば円高ドル安要因ともなる。

当然ながらECBの動きはユーロ売りの要因ともなる。追加緩和の期待でユーロを売って、実際の政策変更時に買い戻すようなトレードも入っている可能性がある。金融政策や金利差だけで為替は動くわけではないが、短期的に見ると円高圧力が強まることも予想される。

米国のダウ平均は一時過去最高値を更新したが、ここにきての東京株式市場は上値が重くなっている。消費増税による影響等が意識されているかもしれないが、それよりも日本株を買うという材料に乏しいことが要因となっているように思われる。アベノミクスにより円安・株高がもたらされたが、その勢いは後退した。株式市場や外為市場を中心に日銀の追加緩和期待も出ていたが、戦力の随時投入をしないと黒田日銀総裁は言い続けているが、物価の上昇や雇用の回復等を背景に、動かずとも物価目標は達成可能との見方により、動く必要はないとの姿勢を示しているように思われる。

中央銀行の金融政策はあくまで時間を稼ぐ政策とされているが、問題はその時間をどれだけ稼げるかにある。アベノミクスが登場し、昨年4月の異次元緩和でそれが実行に移された。物価は確かに上がった。しかし、すでに市場でのアベノミクスや日銀への期待は後退している。そんな最中にECBがユーロ安政策を打ち出そうとし、それに乗っかって欧米の長期金利が低下しており、日本の長期金利は下げ余地がほとんどない状態のなか、円高圧力が徐々に強まる可能性がある。

ここで円高圧力が強まり、仮にドル円が100円を割り込むようなことになれば、その対応が日銀に求められることも考えられる。日銀としてはその前に何らかの仕掛を講じる必要もあるが、戦力の随時投入はしないと言っている以上、小手先の手段は使えないし、使ったとたんに日銀には大胆な手段はもう取れないとの認識が強まるような事態となる可能性もある。

ECBのドラギ総裁のマジックが有効なのかと言えば、こちらも不安は隠せない。いわゆる見せ玉といった手段に終わる可能性もある。歴史的な金融リスクが過ぎ去ったあとでの非伝統的手段にどのような意味、効果があるというのか。このあたりすでにそこから抜けだそうとしているイングランド銀行やFRBのほうが適切な対応をしているように思われる。英国債や米国債の国債利回りが跳ね上がっては困るはずが、それを結果としてECBが押さえ込む格好となっているのは何とも皮肉である。

最後のババを抜くのは誰なのか。今後の日米欧の長期金利の行方、ドル、ユーロ、ポンドそして円の行方を左右してきそうなのが、中央銀行の動向となりそうであり、ここでの神経戦にうまく対応できなくなると、その中央銀行はかなり苦しい立場に追い込まれる懸念がある。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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