安倍首相発言に出てきた高橋是清
6月19日にロンドンのギルドホールにおける安倍総理大臣の経済政策に関する講演が首相官邸のサイトにアップされている。ここで安倍首相は高橋是清に関する発言をしていた。
「ワンス・アポン・ア・タイム。日本に、高橋是清という、財政家がおりました。帝政ロシアの軍事的脅威に、日本が、立ち向かおうとしていた時代です。なんとしても、日本政府の国債を、ロンドンの銀行団に、引き受けてもらう必要がありました。そのためたった一人、高橋は、シティにやって来ました。そのとき、助けてくれたのは、誰だったでしょう。」
「たった一人」との表現は正確ではない。正確には「たった二人」である。高橋是清が日露戦争の戦費調達のために英国を訪れていた際には、ある有名な秘書役を同行させている。その秘書役とは深井英五であり、のちの日銀総裁となる人物である。深井は金融恐慌時に活躍するとともに、高橋財政時には日銀副総裁として高橋財政を支えた人物でもある。そのような人物が秘書役でいた以上、「たった一人」との表現はどうかと思う。ドラマ「坂の上の雲」でもロンドンで高橋是清(西田敏行)に付き添っていた深井英五が描かれていた。
それはさておき、そのとき助けてくれたのは、「香港上海銀行ロンドン支店長、サー・ユーウェン・キャメロン」である。幸田真音さんの「天佑なり」にも解説があったが、現在のデイビッド・キャメロン首相の、高祖父に当たる。
「(高橋是清は)ジョン・メイナード・ケインズが、「一般理論」を発表する5年前、高橋は1931年に、ケインズを先取りする政策を打ち、深刻なデフレから、日本を、世界に先駆けて救い出すことに成功したのです。」
確かに高橋財政により世界恐慌後、世界に先駆けて、世界最速で日本はデフレからの脱却に成功した。
「高橋は、私を勇気づけてやまない先人です。」
この表現からもアベノミクスは高橋財政を模範としていたことは確かなようである。
「1931年、大蔵大臣に返り咲くと、「その日のうちに」、金の輸出を停止します。「その日のうちに」、というところが大事です。こびりついたデフレ心理は、一気に吹き払わない限り、取れないからです。」
スピード感という意味では、昨年11月の衆院解散後の街頭演説で、大胆な金融緩和、輪転機ぐるぐる発言をして政権奪取後はリフレ政策を行うことを明確にし、それにより市場に影響を与え、いわゆるアベノミクスを生み出した。それは高橋是清のスピード感も意識していたということか。その高橋是清が金輸出停止をする直前に会って相談していた人物こそ、深井英五日銀副総裁であったのだが。細かいことはさておき、
「私は、まさに、それを、試みました。人々の期待を上向きに変えるため、あらゆる政策を、一気呵成に、打ち込むべき、と、そう考えました。」(安倍首相)
あらゆる政策を一気呵成というよりも、異次元緩和への前向き姿勢に市場は驚いた面があり、それをいち早く察したヘッジファンド含む海外投資家が円売り・日本株買いを加速させて、アベノミクスが生まれた。
ジム・ロジャーズ氏は週刊誌のインタビューで、2012年11月、安倍晋三首相が無制限の金融緩和政策を行うと発表した直後に日本株を買った理由として、一般的に、紙幣が多く出回るようになると、株価は必ず上がるだから、その前のタイミングを見計らって買ったとしている。ジョージ・ソロス氏も自らのファンドでアベノミクスに賭けて、円売りや日本株買いを仕掛け、短期間で巨額の利益を上げたとされている。
「強い、政治的意思がなかったせいで、デフレは退治できなかった。私が持ち込んだのは、それです。強い、政治的意思でした。きょう、皆さんに、覚えて帰って欲しいことも、ここに尽きます。私の経済政策とは、私の政治的意思に、裏打ちされています。」
極端なリフレ政策がこれまで取られてこなかったのは、国債の大胆な買入やマネタリーベースの大幅な増加で物価上昇を起こせるのかどうか不透明な部分があったことに加えて、財政ファイナンスを意識したような政策はのちのち円や国債への信認低下にも繋がりかねないとの不安もあったからではなかろうか。強い意志がなかったというより、効果が見えないのに危険な政策はとれないとの判断が働いていたと思われる。
それをやると言った安倍総裁の発言と、実際に日銀がそれを実行に移したことに驚いて、急激な円安・株高を招いたことは確かである。景気もここにきて回復基調となっており、消費者物価もプラスに転じるのは時間の問題となっている。これのどこまでがアベノミクスの影響によるものなのかの判断は難しいが、円安・株高が影響していたことも確かである。しかし、これからは異次元緩和によるところのリスクが顕在化してくることも想定される。ECBのドラギ総裁が26日に「金融政策で実体経済を成長させることはできない」と述べていたように、アベノミクスの成否は三番目の矢である成長戦略にかかっている。政治的意思が試されるのは、むしろこれからではないかと思われる。