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日銀の国債買い入れの意味とは

久保田博幸金融アナリスト

4月26日に開催された日銀の金融政策決定会合の議事要旨が27日に公表された。黒田日銀総裁の「量的・質的金融緩和と金融システム」という26日の講演内容も日銀のサイトにアップされたため、こちらを含めて特に国債や長期金利に関する部分を見てみたい。

「量的・質的金融緩和」導入後の債券市場では、直後にやや振れが大きくなる局面があったが、その要因を日銀の政策委員は次のように分析を行っていた。

「複数の委員は、当初、市場は、金利の押し下げにつながる大規模な国債の買入れと、金利の押し上げにつながる「物価安定の目標」の早期実現への強い姿勢とが相反するものと受け止めて動揺した可能性があると指摘した。」(4月26日に開催された日銀の金融政策決定会合の議事要旨より)  この説明は一見そうかな、と思えるものの需給要因とファンダメンタルズ要因、テクニカルの要因が混在しており、それは分けて見ておく必要があるのではなかろうか。

日銀の大規模な国債買い入れは、国債の需給面からは当然ながらプラス要因となるが、注意すべきはこれまでも国債は円滑に消化されてきたということである。日銀が購入額を増やさねばならないほど、国債の買い手がなくなっていたわけではない。日銀の購入額は年間発行額の7割とはいえ、700兆円という発行残高からみればそれほど大きくはない。ただし、債券の流通市場では主に新規に発行される国債を中心に売買される。売買市場で本来流通するはずの国債が日銀に吸い上げられてしまい、こちらも円滑に売買されていた債券市場の機能低下が懸念された。

ファンダメンタルズの側面から見てみると、金利の押し上げにつながる「物価安定の目標」の早期実現については、エコノミストなどの今後のCPI予想等を見ても明らかなように、それが可能とみている金利関係の市場参加者は少ない。ただし、2年後に2%の消費者物価指数の上昇を本気で日銀が考えているのであれば、今後もかなり無理な金融政策を打ってくる懸念がある。その手段がさらなる国債の買い入れであったり、リスク資産であったりすれば、それは財政ファイナンスとの見方が強まり、また日銀への信認そのものへの揺らぎも予想される。むしろ、こちらの不安が大きかったのではないかとも思われる。

4月5日に10年債利回りが過去最低の0.315%まで低下したことによる利益確定売り、しかも期初でありある程度の益固めの売りを、将来への不安もあって行ってきた投資家がいたとみられる。メガバンクなどの売りも入ったとみられ、その規模も大きく5日に相場が乱高下し、ボラティリティの増加がさらなる売りを誘うようなテクニカルな要因も加わって悪循環も起きた。それはいったん収まったかに見えたが、5月10日以降再び急落し、長期金利は一時1%に上昇した。この国債の下落については、ドル円の100円突破がひとつのきっかけになった。債券先物の出来高や建玉が5月10日以降、大きく膨らんでおり、市場参加者の不安心理が残るなか、海外のヘッジファンドなどによる仕掛け的な売りが、結果としてチャートも意識した相場急落の要因になったと思われる。

「何人かの委員は、「量的・質的金融緩和」が効果を十分発揮するためには、政策意図の丁寧な説明や適切な金融市場調節などにより、市場の安定を確保する必要があるとの認識を示した。」

政策意図の丁寧な説明と言っても、イールドカーブ全体の低下を促しての物価上昇シナリオは、この長期金利の上昇により説明が困難になりつつある。それに対して円安・株高を強調しての物価上昇の説明となれば、あれだけの巨額の国債買い入れの必要性が疑問視される。もしマネタリーベースを増加させれば物価が上がるのであれば、長い期間の国債を無理に買わなくても当座預金残高の増加は可能であったはずである。ちなみに28日に日銀の当座預金残高は初の70兆円台になる見込み。

黒田総裁は講演で、波及経路について「長期国債やETF、J-REITの買入れによって、「イールドカーブ全体の金利の低下を促し、資産価格のプレミアムに働きかける効果」、「ポートフォリオ・リバランス効果」、「物価安定の目標の早期実現を明確に約束し、これを裏打ちする大規模な資産買入れを継続することで市場や経済主体の期待を抜本的に転換する効果」を指摘した。

最初の経路はすでに絶たれつつあり、2番目もそのような動きはあまり見えていない。つまりは三番目の期待に期待する政策については、円安・株高というひとつの結果を招き、効果ありとの見方もできるかもしれない。円安・株高を促進させた面は認めるが、そもそもそれを仕掛けやすい地合に転じていたことも忘れてはならない。実質的な効果というよりも、アナウンスメント効果を意識して期待に働きかけるとすれば、国債の巨額買い入れの必要性があったのか。アナウンスメント効果であれば、その効果がそれほど長くは持続するとは思えない。ここにきての株価の乱高下により、異次元緩和からの円安・株高、それによる物価・景気の上向きへのパスにも疑問符が付きはじめている。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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