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激動の5年間、白川日銀総裁退任会見より

久保田博幸金融アナリスト

日本銀行の白川方明総裁は2013年3月19日に4月8日の任期を待たず退任した。これは正副総裁が同時に3月20日から就任できるようにするためのものであった。3月19日に白川総裁退任記者会見が開かれその要旨が日銀のサイトにアップされた。今回はこの要旨を元に白川前総裁の本音の部分を引き出してみたいと思う。

白川前総裁は、「この5年間を一言で言うと、激動の5年間でした」とまず語っている。私の牛熊ブログに18日にアップしたタイトルも偶然(?)ながら「白川日銀の激動の5年間を振り返る」であった。まさに激動の5年間であったことは、このコラムでも解説させていただいた。

「わが国を含め欧米諸国が現在展開している非伝統的な政策の評価も、いわゆる「出口」から円滑に脱出できて初めて、全プロセスを通じた金融政策の評価が可能となる、そうした性格のものだと思っています。」

白川日銀の5年間の評価については、アベノミクスの登場もあり大きく分かれている。その結果は、まさに出口から出られ、普通の金融政策に戻れたときに、初めて評価が可能となる。

「物価が2%上がり、給料も同率上がるだけでは、国民の生活水準が向上するわけではありません。物価が上がり、円の為替レートが同率円安化しても、対外価格競争力が高まるわけではありません。物価上昇のもとでは、歳入も増えますが歳出も増えるので、財政バランスの改善効果も限定的です。私どもが実現したいのは、実質経済成長率が高まり、その結果として、物価上昇率も高まっていくという姿です。」

これは最後の最後にあらためてリフレ派に贈る強烈なパンチのひとつか。そもそもどのようにして物価を金融政策で上げるのか、という問題もあるが、物価だけが上がっても意味はない。成長率が高まり雇用も改善しその結果として物価が上がる必要がある。

「どのような経済活動も、全てお金を必要とするという意味では、全ての経済現象は「貨幣的現象」と言えます。しかし、だからと言って、全ての経済現象を貨幣だけで説明できるわけではありません。仮に、この命題を、「中央銀行の供給する通貨、いわゆるマネタリーベースを増加させれば物価が上がる」という意味に解釈すると、過去の日本の数字、あるいは近年の欧米の数字が示すように、マネタリーベースと物価との関係、リンクというのは断ち切れています。」

全ての経済現象は確かに貨幣的現象であるが、だからマネタリーベースを増加させれば物価が上がるなどという説を「断ち切れています」と完全否定している。ここは重要なポイントである。岩田規久男副総裁などいわゆるリフレ派の意見と真っ向対立している部分である。もし間違った理論で金融政策を突っ走ってしまうと、出口から出られず混乱をきたす懸念がある。

「デフレを克服する上で、中央銀行の強力な金融政策は必要ないのかというと、これはもちろん必要であり、金融政策の役割はあるのかというと、その答えはもちろんYESだと思います。ただ、同時に、現在の日本の置かれた状況を考えると、競争力・成長力の強化に向けた幅広い主体による取組みが不可欠です。金融政策は強力な手段ですが、その効果の本質は、非常に低い金利水準を実現する、あるいは流動性を潤沢に供給することによって、家計や企業が、明日ではなく今日支出するように動機付けていくことです。」

日銀が強力な緩和を行えば自動的に物価が上がるわけではない。ただし、物価が上昇できる下地作りに緩和策は欠かせない。このあたり新執行部も現場と向き合えば、次第に理解してくると思われる。たぶん、ではあるが。

「結局のところ、悪化した財政バランスを回復する方法は、財政再建に取り組むか、デフォルトか、あるいはインフレで債務を帳消しにするか、この 3 つしかないわけです。仮に、財政再建への取組みがなされないとすると、残り 2 つとなり、どちらにしても、通貨の信認、つまり物価の安定と金融システムの安定を維持できません。そういう意味で、通貨の信認を維持していく上で、財政の持続可能性が非常に大事であるということについて、もっと強調して書くべきであったのではないかと感じています。」

新体制があまり無茶なことをした際、出口に向けて問題を来すとすれば、この部分に係わってくると思われる。日銀がどういう手段であれ、国債をさらに大量に購入するとなれば、財政ファイナンスと意識される懸念がある。ここには政府による財政再建への取り組みも同時に行われなければ、通貨への信認、さらに財政の持続可能性が問題視される懸念が存在しよう。

「「期待に働き掛ける」という言葉が、「中央銀行が言葉によって、市場を思い通りに動かす」という意味であるとすれば、そうした市場観、政策観には、私は危うさを感じます。」

アベノミクスにより期待ばかりが先行し、またその円安株高という表面上の結果から、コミュニケーション・ポリシーの重要性も指摘されているが、新生日銀はいずれこのギャップに悩まされることも予想される。それは日銀ばかりでなく政府も同様かもしれない。ただ個人的には、それでも白川氏にはもう少しマーケットに向けて期待を働きかけることをしても良かったのではないかと思っている。特に2012年の物価安定の目途(コアCPIの1%)を示したバレンタイン緩和の効果を持続させると、市場のマインドは早めに変化していた可能性があったのではなかろうかと思っている。

「「市場のインフラをしっかりと作っていくということです。私は、そうした努力こそが「市場を大事にする」ことの最も本質的な意味だと思っています。」

日銀に課せられた仕事というか目的は、物価の安定以前に信用秩序の維持にある。このことも新執行部には肝に銘じていただきたい。日銀法改正の動きもいまだ見えるが、それには金融のインフラを日銀が管理していることも十分認識していただきたいと思う。

白川総裁、本当に激動の5年間、お疲れ様でした。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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