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白川日銀の激動の5年間を振り返る

久保田博幸金融アナリスト

2008年3月19日に任期満了となる福井総裁の後任人事を巡っては、国会が「ねじれ状態」となっていたことで、政府が提出した総裁案は二度に渡り参院で否決され、戦後初めて日銀総裁が空席となるという異常事態が生じた。結局、副総裁として同意された白川方明氏が総裁に昇格する人事案が提出され、国会で同意された。

白川日銀の船出は当初からかなり厳しいものとなった。アメリカのサブプライムローン問題を契機に始まった金融混乱は、2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻をきっかけに、未曾有の世界的な金融経済危機へと発展していったのである。

金融危機に対処するため、米欧はじめ新興国も含めて、各国中央銀行は金融緩和策を進め、日銀も2008年10月31日に利下げに踏み切る。12月19日には無担保コール翌日物金利誘導目標値を0.1%に引き下げ、長期国債買い入れオペを現行の毎月1.2兆円から1.4兆円に2000億円増額した。2009年3月18日の日銀の金融政策決定会合では、長期国債の買い入れを月1.4兆円から1.8兆円に引き上げた。この際、新たに日銀当座預金のうち所要準備を超える超過準備に対し0.1%の利息を付す補完当座預金制度を導入した。

2010年1月に欧州委員会がギリシャの財政に関して統計上の不備を指摘し、ギリシャの財政状況の悪化が表面化した。ギリシャなど欧米諸国の財政不安にともなう市場の動揺に対し、いろいろな対応策が講じられたのである。

日銀は2010年10月4日から5日にかけて開催された金融政策決定会合において、実質的なゼロ金利政策、時間軸の明確化、さらに国債を含めた資産買入等の基金創立を検討するという包括的な金融緩和策の実施が発表された(包括緩和政策)。政策金利である無担保コールレート翌日物金利をこれまでの0.1%から0~0.1%前後に促すこととし、実質的なゼロ金利政策を再開した。「中期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していくとし、時間軸を明確化。さらに国債、CP、社債、ETF、J-REITなど多様な金融資産の買入と固定金利方式・共通担保資金供給オペを行うため、臨時の措置として、バランスシート上に基金を創設。この基金による長期国債の買入は、いわゆる銀行券ルールには縛られないかたちでの国債買入となった。

2011年3月11日の東日本大震災を受けて、週明けの14日の朝から日銀は動いた。資金の出し手が資金放出を控える動きが広がり、コール市場での取引が成立しない状況がみられたことから、金融機関などの決済の安定性を確保するため、日銀は大量の資金供給を実施。3月14日から15日にかけて開催予定の日銀の金融政策決定会合は、14日のみの開催とした。これはできるだけ早く結論を出すための措置であり、この決定会合で日銀は追加緩和を決定し、資産買い入れ基金を総額5兆円から10兆円に拡充した。

ギリシャの債務問題が深刻化や欧州の債務危機がイタリアにも波及するのではとの懸念などから世界的なリスク回避の動きが強まり円高が進行。日銀は2011年8月4日の午後から予定していた金融政策決定会合を午前11時15分から前倒しで開催し、それも1日だけに短縮し、追加緩和策を決定。資産買入等の基金を40兆円から50兆円と10兆円追加した。10月27日の日銀の金融政策決定会合では、資産買入れ等の基金を50兆円程度から55兆円程度に5兆円程度増額することを決定した。

2012年1月25日のFOMCでは、政策金利であるFF金利の誘導レンジを0~0.25%に据え置くことを決定したが、この際にFRBは事実上のゼロ金利政策を解除する時期を、これまで公表してきた来年の半ばから1年余り先延ばし、少なくとも2014年の遅い時期まで続ける方針を示すとともに、物価に対して特定の長期的な目標(ゴール)を置くこととし、それをPCEの物価指数(PCEデフレーター)の2%とした。

2月14日の金融政策決定会合では、1月のFOMCでの決定を意識してか、中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として「中長期的な物価安定の目途」を示すことを決定した。当面は1%を目途(Goal)として、金融政策運営において目指す物価上昇率を明確にしたのである。資産買入等の基金をこれまでの55兆円程度から65兆円程度に10兆円の増額も決定した。

4月27日の金融政策決定会合では、資産買入等の基金を65兆円程度から70兆円程度に5兆円程度増額。この際、買入対象となる長期国債の残存期間をこれまでの「1年以上2年以下」から「1年以上3年以下」に延長することも決定した。

9月6日のECB政策理事会では償還期間1~3年の国債を「無制限」で買い入れることを決定した。ユーロ圏の危機回避のためドラギ総裁がユーロ安定のために「あらゆる手段を取る」と表明し、アナウンスメント効果が遺憾なく発揮され、実際には国債の購入が実施されずとも、これを受けイタリアやスペイン、ポルトガルの国債が買われ、ドイツ国債や米国債は下落した。

FRBは9月13日のFOMC後に発表した声明で、雇用の伸びは緩慢で、失業率は依然として高止まりしているとして追加の緩和策を発表。MBSを毎月400億ドル追加購入することを表明した。6月に発表した通り保有証券の平均残存期間を長期化するプログラムは「今年末」まで継続し、政府機関債とMBSの元本償還資金をMBSに再投資する政策を維持することにより、長期証券保有は今年末まで毎月約850億ドル増加。今回のMBSの買入はオープンエンド型となる(無期限)。さらに超低金利政策を据え置く時期を、2015年半ばまでとして時間軸を延長させた。

日銀は9月18・19日の金融政策決定会合において追加の金融緩和策を決定。資産買入等の基金を70兆円程度から80兆円程度に10兆円程度増額した。長期国債の買入を確実に行うため、買入における下限金利(現在、年0.1%)を撤廃する。社債の買入についても同様とした。

10月9日にIMF・世銀の年次総会が都内で開幕した。IMF世界銀行年次総会は、国際通貨基金(IMF)と世界銀行、それぞれの最高意思決定機関である総務会が、毎年秋に合同で開催する会議であり、総会では世界中の財務大臣・中央銀行総裁等が集う。主要会議のほか数多くの二国間会談や通例、G7、G20、G24、G10、コモンウェルス大臣会合等の会議、各種イベントが開催された。

10月17日にムーディーズはスペインの格付けを据え置くと発表し、これが好感されてスペインの10年債利回りは今年4月以来の水準に低下した。

10月30日の日銀の金融政策決定会合では、資産買入等基金の規模の11兆円増額を決定した。決定会合後に公表文とともに日銀総裁と財務相・経済財政相の連名による「デフレ脱却に向けた取組について」という共同文書が公表された。

11月14日の党首討論で野田首相は16日に衆院を解散する方針を表明し、解散総選挙の日程が具体化した。安倍自民党総裁は11月17日に熊本市内で講演し「建設国債をできれば日銀に全部買ってもらう」と述べ、日銀が建設国債を全額引き受けるのが望ましいとの考えを表明した。

12月12日の米FOMCでは年末に終了するツイストオペの代わりに毎月450億ドル規模の米国債購入を決定した。これまでのツイストオペでは、450億ドルの短期債を売って長期債を購入していたが、短期債を売却しない分、FRBのバランスシートは拡大する。MBS含めると月額850億ドルを買い入れることになる。また、国債の償還分の買入も行う。そして、少なくとも2015年半ばまで低金利を維持するとの文面が声明文から削除され、その代わりに、米失業率が6.5%を上回り、向こう1~2年のインフレ率が2.5%以下にとどまると予想される限り、政策金利を低水準にとどめる、という数値のガイダンスに変更された。いわゆるデュアル・マンデート(最大限の雇用と物価安定)のそれぞれに、期間を限定せずに目標が課せられた。

12月16日の衆院総選挙において、自民・公明両党は、衆議院のすべての議席の三分の二を上回る325議席を獲得した。これにより、自民党が政権に返り咲き、安倍政権が発足する。 これを受け円安の流れが加速し、大型補正予算編成への思惑等から日経平均は19日に1万円台を回復した。

12月20日の金融政策決定会合で日銀は資産買入等基金の10兆円増額等を決定した。日銀は20日の金融政策決定会合で追加緩和策を決定した。「資産買入等の基金」を91兆円程度から101兆円程度に10兆円程度増額する(全員一致)。

2013年1月22日の金融政策決定会合で、日銀は政府からの要請のあった「物価安定の目標」を導入することを決定し、同時にあらたな追加緩和策として、「期限を定めない資産買入方式」を導入することを決めた。物価安定の目標については昨年2月に決めた物価安定の目途を修正し、目途(Goal)を目標(Target)とした上で、その目標を消費者物価指数の前年比上昇率で2%とした。日銀は物価目標とともに、あらたな追加緩和策として「期限を定めない資産買入方式」を導入することも決定した(全員一致)。これは2014年初から期限を定めず毎月一定額の金融資産を買入れる方式を導入し、当分の間、毎月、長期国債2兆円程度を含む13兆円程度の金融資産の買入を行う。これにより基金の残高は2014年中に10兆円程度の増加し、それ以降、残高が維持される格好になる。

日銀の白川総裁は4月8日の任期満了を待たずに3月19日に辞任すると発表した。

3月15日の参議本会議で、日銀総裁に黒田東彦氏、副総裁に岩田規久男氏、中曽宏氏を充てる人事案を与党などの賛成多数で可決。衆議院では14日に同意されており、日銀の正副総裁候補が正式に承認された。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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