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次元の異なる金融政策の矛盾点、日銀当座預金の秘密に迫る?

久保田博幸金融アナリスト

アベノミクスの3つの矢のうちの中心の矢となるのが、大胆な金融政策であり、これは次元の違う金融政策とも呼ばれている。3月20日からは新たな日銀の船出となるわけだが、かなり期待先行の部分も大きい。今回はその期待を削ぐわけではないが、次元の異なる金融政策と呼ばれているものの矛盾点をなるべくわかりやすく解説してみたい。

大胆に違う金融政策と言うものの、新総裁候補の黒田氏や副総裁候補の岩田氏の発言を確認する限り、現在と次元はあまり違うものではなさそうである。あえていえば白川総裁がやや控え気味であったアナウンスメント効果を意識し、期待に働きかけようとしている点が大きく異なる程度とみられる。

金融政策についてはすでに日銀は2%の物価目標を導入しており、それを達成するための手段が求められる。その手段として、日銀が基金により買い入れている国債の年限長期化、通常の買入と基金による国債買入の統合、それに伴う銀行券ルールの廃止、買入資産のうちのリスク資産の購入増額、超過準備の付利撤廃、スワップなどのデリバティブの活用などが指摘されている。これらを個別に検討する必要もあるが、かなり専門的な部分もあり、今回はそれよりももっと基本的なところから大胆な金融政策なるものの矛盾点を導き出してみたい。

日銀は日本で唯一の発券銀行であり、日銀の当座預金口座を通じて民間の銀行と資金のやり取りをしており、銀行の銀行である。また政府も日銀に当座預金口座を設けており、いわばこの口座が政府の金庫の役割をしている。ちなみに、昔は大蔵省と呼ばれた財務省には政府のお金が詰まった蔵は存在しない。また地方公共団体は日銀に当座預金口座は設けられず、こちらは主に地方銀行などの口座を利用している。

日銀券を発行するというのはどういうことなのか。民間の銀行が日銀の当座預金口座にある預金を引き出すことによって、銀行券が発行される仕組みになっている。つまり日銀はいくら輪転機を回しても、直接国民に資金をばらまくようなことはできない仕組みになっている。何らかの手段で資金を配れるのは財政政策、つまり政府の仕事となる。

日銀としてできる手段としては、オペレーションを通じて民間金融機関に資金を供給することになる。日銀が民間金融機関の保有する国債を買い入れたり、民間の金融機関が日銀から資金を借りるかたちで、資金を供給する。その資金はいったん日銀の当座預金にプールされ、それを増加させることになる。民間の金融機関は必要となれば、その当座預金を引き出し運用に充てる。日銀当座預金を引き出した結果、日銀券が発行される。その「必要となれば」の前提が企業向けの貸出等であれば、企業の設備投資の増加等を促すことになり、景気に好影響を与えることになる。

ところが、2001年3月の量的緩和政策の際に目標としたのは、日銀の当座預金の残高であった。ここの残高を積み上げれば、デフレを脱却させられるとしたのである。その背景には、ベースマネーとかハイパワードマネーと呼ばれる資金が、マネー・サプライに影響を与えることで、物価の上げ下げが可能との考え方がある。ちなみにベースマネーやハイパワードマネーとは、現金と民間の金融機関が保有している日銀当座預金残高の合計である。

ベースマネーがどのように物価、さらに為替などに作用するのかについては、見方も分かれている。たとえば3月14日の日経経済教室で岩井教授は、貨幣成長率と物価上昇率の間に一義的な因果関係がないことは多くの実証研究が示しており、貨幣数量説は既に学説上の遺物となっている、と指摘している。日銀の当座預金残高を増やせば何とかなるというのは、量的緩和政策においても実証されてはいない。残高積み上げが足りなかったからとの指摘もあるが、それももちろん立証されているわけではない。当座預金残高を引き上げて物価をコントロールできる経緯についても不透明な部分も多い。

日銀当座預金残高をここからさらに積み上げることは技術的にみてもかなり困難な面もある。 日銀の当座預金残高は日銀が買い入れる国債の量を増やせば、そのまま増える、なんて単純なものではない。そもそもその資金供給に応えなくてはならないのも、日銀の当座預金に積む残高を決めるのも日銀ではないし、もちろん政府でもない。日銀に当座預金口座を持っている金融機関である。

日銀の金融政策については民間金融機関も取引上はある程度、協力せざるを得ない。もし日銀と取引停止にでもなろうなら、金融機関としての仕事はできなくなる。しかし、現在の日銀は昔のように強制的に資金を供給できるような立場にはない。金融調節とは、その名の通り日々の資金の調節として行われている。その結果として民間金融機関は一部の資金を日銀の当座預金に置いている。一定の割合で資金を置いておくのは、準備預金制度により義務づけられているが、問題はその準備預金の部分ではなく、それを超えた部分、つまり超過準備と呼ばれている部分である。

日銀はここにいまは0.1%という利子を付けている(超過準備の付利)。これが民間銀行にとり超過準備を置くことの大きなインセンティブとなっている。保有する国債を売却した資金も日銀の当座預金に置けば少なくとも0.1%で運用できる。日銀から0.1%で資金を借りても0.1%で運用できる。まあお付き合い程度ならば、置いておけなくもない。これからもわかるが、超過準備の付利を撤廃してしまうと、銀行が超過準備に一定残高を維持する大きなインセンティブが消滅してしまう。果たして付利の撤廃などできるのか。さらに日銀に必要以上の預金を積む理由がもうひとつ存在していた。

2001年3月の量的緩和政策の際にもみられたことだが、この際は国内の金融不安等により、銀行同士の資金のやり取りにも慎重となったことで、その資金を当時は利子の付かなかった日銀の当座預金に置いていたのである。その金額が大きくなっても、もしものためとして置いていた金融機関も多かった。つまりリスクが高まった際には、日本で最も安全な金庫として日銀の当座預金が利用できたのである。その後のリーマン・ショックや欧州の信用不安で再び世界的なリスクは高まったが、特に国内での金融システムには大きな影響はなかったばかりか、世界的なリスクも後退しつつあり、日銀の当座預金に資金を寝かせる必要性はむしろ前回の量的緩和の際よりもかなり後退している。

このような状況下、現在の日銀の当座預金残高約40兆円あるものを倍とかにすることは可能なのか。基金による国債買入等を増加させることについても、民間金融機関にある程度協力も仰ぐ必要もある。それにより、より長めの金利を低下させることも可能となろうが、長期金利をここからあと0.2%程度引き下げて何の意味があろうか。量的緩和政策は短期金融市場の市場機能を無くした。その説明も長くなりそうなので今回は控えるが、今度は国債市場の機能も低下させかねない。すでに5年債あたりまではほぼ現金と同様の扱いとなりつつある。そこまでして果たして日銀の当座預金残高を増加させて、何かしらの効果があるのかは甚だ疑問である。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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