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アベノミクスを理解するための日銀入門

久保田博幸金融アナリスト

第一話 アベノミクスって何だ

猫 本日は「アベノミクスを理解するための日銀入門」というタイトルで、お二人の専門家の方にお話を伺いたいと思います。最初にご紹介するのは、鳩派大学の専任講師の熊さんです。

熊 鳩派大学の熊です。ひとつよろしく。

猫 そしてもうおひと方は、鷹派総合研究所特別顧問の牛さんです。

牛 鷹派総研の牛です。よろしくお願い致します。

猫 最初にまず、アベノミクスとは何かについて、伺いたいのですが。

熊 アベノミクスというのは、2012年12月の衆議院総選挙に向けて、政権奪還を目指す自民党の安倍晋三総裁が掲げたデフレ脱却に向けての政策全般のことを示す。これはのちに三本の矢と称され、大胆な金融政策、機動的な財政出動、民間の投資を引き出す成長戦略、という三つの柱により経済を成長させていくという政策だ。

猫 特に最初の矢である、大胆な金融政策には、市場がかなり驚いて円安の動きが加速されましたね。

牛 それは安倍さんが突拍子もないことを言い出して、市場が反応したからであり、もともと円安の流れが来ていたところに、ヘッジファンドなどが円売りを仕掛けて急速な円安を招いたと言えますね。

熊 牛君、突拍子もないこととは、どういうことかね。そもそも日本経済が低迷を続けていたのは、デフレが原因であり、日銀はデフレ脱却に対してはあまりに積極的でなかった。だから安倍自民党総裁が日本経済を回復させるには、次元の違う日銀の金融政策が必要との主張をして、そうだそうだと市場が反応したのだろう。

牛 熊さん、安倍さんが選挙前に言ったことを覚えていますか。11月17日に、熊本市内の講演で、衆院選後に政権を獲得した場合、金融緩和を強化するための日銀法改正を検討する考えを重ねて表明した上に、建設国債をできれば日銀に全部買ってもらう。新しいマネーが強制的に市場に出ていくと述べたのですよ。

熊 このまま日銀に任せていては、デフレ脱却などできやしない。大胆な金融緩和をするのに現行の日銀法が障害となるのであれば、その内容を変更してもデフレ脱却を早急に行わなければ、日本経済の回復などできやしない。当然のことだろう。

牛 11月17日の発言は日銀による国債引受を意識したもののようにも思われましたが、中央銀行に政府の意向を働かせよとすれば、それはすなわち財政ファイナンスをしろと言うことになるのではないでしょうか。

熊 だから安倍総裁は日銀による直接引受なんて言ってないだろう。あまり勝手なことは言うな。そもそも日銀による国債引受を禁じているのは日銀法ではなく財政法だ。財政法を改正するなんて一言も言っていない。それこそ言いがかりだ。

牛 11月17日の山口市での講演で、安倍総裁は、輪転機をぐるぐる回して、日本銀行に無制限にお札を刷ってもらう、と発言もしていましたが、これこそマネタイゼーションをしろと言っているようなものではないですか。

熊 それぐらいしないとデフレからの脱却なんて無理だということを、ひとつの例えで言いたかったのだろう。少なくとも2%の物価目標を設定して、政府とのアコードを結ぶことが重要と安倍総裁は主張し、実際に1月に日銀は2%の物価目標を導入した。つまり日銀もデフレ脱却にはそのぐらいの意気込みが必要だと認識したわけだ。

牛 それはどうでしょう。日銀法改正までちらつかせて導入するよう迫られ、しかたなく日銀も無理は承知で2%の物価目標導入を飲んだと言えるのではないですか。そもそもどうやったら2%の物価上昇を金融政策でできるのかもはっきりしないでしょう。

熊 デフレというのは貨幣的現象なので、これは日銀の金融政策に任せるしかない。だから手段は日銀に任せるとしており、日銀の独立性にも配慮している。それだけでなく、政府もデフレ脱却となれば、物価上昇に合わせた景気上昇も必要と、金融政策だけでなく別の2本の矢も出したわけだ。

牛 デフレが貨幣的現象って結果の話ですよね。そもそも日本でデフレが起きた原因は、日銀の金融政策が足りなかったからなのですか。金融政策とかの前に、日本の経済構造の変化とか、外的ショックとかの影響は無視ですか。

熊 原因はさておき結果が物価下落である以上、その処方箋を書くとすれば医者は金融政策という薬を処方するのではないかね。それとも何か、日銀法に書かれている物価の安定というのは、インフレの時のみの話というのかね。

牛 もちろんそうではないので、日銀もゼロ金利政策や量的緩和政策、さらに包括緩和政策等々、いろいろと金融緩和手段を取ってきたではないですか。

熊 それが効かないから、もっと積極的に、大胆にやれと安倍さんが主張して、それがデフレ脱却の期待に繋がって円安株高となった。この事実をどう見るんだ。内閣府の景気ウォッチャー調査や消費動向調査では、企業や消費者の景気に対する期待感が盛り上がっている。人々の意識が変われば物価も上がる。

牛 そんな期待感だけで物価は簡単に上がるものではないでしょう。円安による物価への影響も現実にはそれほど大きなものではないでしょう。そもそも今回の円安の原因はアベノミクスではなく、欧州のリスク後退が原因で、その流れにアベノミクスが乗っただけではないですか。

熊 君は為替のチャートを見たことがあるのかね。野田前首相が衆院を解散すると言ってからの円安の動きはそれまでとは明らかに異なる。これはどう見ても安倍政権への期待が円安を招いたということではないのかね。

牛 チャートというのでしたら、ぜひドル円とイタリアやスペインの長期金利の推移を重ね合わせてみてください、明らかに連動性が見られますから。円安の原因はアベノミクスではなく、欧州の信用不安が後退したからです。

熊 どうも君はアベノミクスを過小評価しているようだね。病は気からとも言うが、物価の上昇にはインフレへの期待が必要なのだよ。期待があれば株も上がるし、企業も設備投資をしようとする。人々が先行きに楽観的な見通しを立てるようになれば、消費も増加するだろう。

牛 円安や株高で人々が先行きに期待を膨らませているのは事実ですが、期待だけでは実際の設備投資や消費を増加させることは難しいのではないですか。実際、アベノミクスと言ったって、政府はまだ今年度の補正予算を成立させた程度で、現実には何もしていないでしょう。

熊 何もしなくてもマインドが変化すれば、市場も変化する。2012年のECBのドラギ総裁は周辺国の国債を無制限に買い入れると言っただけで、実際には何もせずとも市場の不安心理を後退させただろう。

牛 おっ、やっぱり熊さんも、欧州の信用不安の後退が今回の円安の要因だと認めましたね。

熊 そんな事は言っておらん。多少は影響はあったかもしれんが、急激な円安とそれによる株高は明らかにアベノミクスの結果だ。あくまでマインドが変われば、市場も変わるという一例を示したにすぎん。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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