アベノミクスは高橋是清を模倣

ブルームバーグによると、麻生財務相はNHKインタビュー番組で、日本でデフレ対策の経験者は政治家、役所や日本銀行にいないと述べ、その上で「一番直近は高橋是清大蔵大臣だと思う。我々はいろいろ工夫しながら対応を模倣している」と強調したそうである。数年以内に健全な日本経済に戻せるのかと問われ、麻生財務相は政策継続を前提に「必ずそうなると思う」とも語ったとか。

以前にこのコラムで、麻生財務相そのものの経歴が高橋是清氏と似ていることで、二代目平成の高橋是清ではないかと書いた。高橋是清と同様に異例ともいえる総理大臣の経験者が蔵相・財務相になったためである。ちなみに平成の高橋是清初代は宮澤喜一氏であった。

アベノミクスと呼ばれる安倍政権の掲げる政策は、デフレ脱却を達成したとされる高橋是清を模倣していた可能性がある。いわゆるケイジアンと呼ばれる首相経験者を財務相としたことだけでなく、高橋是清が行っていた日銀による国債引受を連想させるような発言も以前、安倍総裁から見られていたことも、高橋是清の政策が意識されていたのかもしれない。

ここであらためて高橋是清が何をしてきたのかを簡単に振り返ってみたい。

1929年7月に金輸出解禁の方針を掲げた浜口内閣が成立し、緊縮財政への転換と国民への倹約の呼びかけを行い、井上準之助蔵相が主導し1930年1月に旧平価により金輸出を解禁した。この金解禁により金本位制に復帰した日本は、旧平価に対し円がとくに弱かった時期に金本位制への復帰が発表されたため、物価と輸出が急速に低下し、大量の金が輸出解禁とともに海外に流出した。アメリカから始まった世界恐慌の影響も受けて国際収支も悪化し、日本の景気は急速に悪化し、昭和恐慌と呼ばれる深刻なデフレ不況に陥った。これに対して石橋湛山や高橋亀吉らの経済学者たちは、井上準之助蔵相の財政政策を批判し、インフレ誘導によるデフレ不況克服を訴えた。

1931年9月にイギリスが金本位制を離脱、同年12月の犬養内閣の成立にともなって高橋是清が蔵相に就任すると、直ちに事実上のリフレ政策を断行した。金輸出が再禁止され、1932年1月には「銀行券の金貨兌換停止に関する勅令」の公布施行により、金兌換が停止され、日本は金本位体制から離脱し、日本銀行券の兌換も原則として停止された。1941年の日華事変の拡大とともに増大する戦費調達のため、兌換銀行券条例臨時特例法が制定され、翌年に新たに制定された日本銀行法により法律上も兌換義務がなくなった。

高橋是清は首相や蔵相を歴任し、積極財政によって当時の日本の経済を立て直してきた。1931年再び81歳で蔵相となった高橋是清は、日銀引受の国債を発行する。それによって得た資金で政府が物資を買うことなどにより経済の状況が回復し、物価も少しずつ上昇した。政府は日銀が引受けた国債を市中に売却することで余剰な資金を回収するという巧みな政策を実施してきた。

この積極財政の仕組みは、成功するかに見えたが、軍部予算の急膨張によってバランスを失う。すでにインフレの兆候も出てきたこともあり、1936年の予算編成で高橋蔵相は公債漸減方針を強調した。健全財政を堅持しようとする大蔵省と軍部との対立が頂点に達したことにより、軍事費の膨張を抑制しようとした高橋是清は二・二六事件により凶弾に倒れたのである。

この高橋是清はこんな発言もしていたそうである。

「多額の公債が発行されたにもかかわらず、いまだ弊害が表れずかえって金利の低下や景気回復に資せるところが少ないので、世間の一部にはどしどし公債を発行すべしと論じるもがあるが、これは欧州大戦後の各国の高価なる経験を無視するものである」

いわゆるリフレ派と呼ばれる人達の意見の中には、こんなに国債が発行されても日本の長期金利は低位安定し、国内消化されている限りはいくらでも国債は発行できるので、それで経済対策を行ってデフレ脱却をおこなうべきとの主張もみられる。そのような意見に対して高橋是清は懸念を示していた。

「公債が一般金融機関等に消化されず日本銀行背負い込みとなるようなことがあれば、明らかに公債政策の行き詰まりであって悪性インフレーションの弊害が表れ、国民の生産力も消費力も共に減退し生活不安の状態を現出するであろう」

高橋是清が行ってきた日銀の国債引受については、当時の国債市場が未熟であったこともあり、いったん日銀が引き受けた国債を金融機関に売却するという手段をとり、インフレを避けるような仕組みを取り入れていた。ところが、高橋是清が指摘した公債が一般金融機関等に消化されず日本銀行背負い込みとなる事態はその死後に訪れることになる。戦争という特殊な状況下であったことで、このような事態が平時に起きることは想定しづらいとの見方もあろう。しかし、再び日銀による国債引受が始まってしまうと、後戻りが難しくなることを歴史が示したともいえる。

歴史を振り返ることも重要であり、デフレからの脱却に高橋是清を模倣するというのは、たしかにある意味必要かもしれない。高橋是清が行ったのは財政政策だけでなく、為替レート政策、金融政策も加わっていた。まさに現在のアベノミクスと同じような政策といえる。そしてこのアベノミクスは円安を加速させ、世界的な株高もあり東京株式市場も活況の中、上昇しつつある。ただし、結果として高橋是清の政策は、財政の規律を失わせることになった。アベノミクスはそのリスクもあることを、十分に認識しておく必要があろう。

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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