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カジノ誘致の賛否を問う大阪の住民投票は府議会で否決。運動実施団体は「私たちの活動は止まらない」と表明

幸田泉ジャーナリスト、作家
住民投票を否決した大阪府議会(起立している議員が賛成)=大阪コミュニティ通信提供

 大阪府市が誘致を進めるIR(カジノを含む統合型リゾート)を巡り、カジノの賛否を問う住民投票を求める大阪府民の「直接請求」は7月29日、臨時府議会で「大阪維新の会」と公明党の反対で否決され、住民投票は行われないこととなった。

 臨時府議会で即日、採決したことに、直接請求に取り組んだ市民団体「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」(山川義保・事務局長)は「約20万の署名に込められた府民の願いを、わずか半日で門前払い同然に退けた。反対した議員の姿勢は府民の声に背を向け、民主主義と住民自治を踏みにじるものだ」と抗議する声明を発表した。

 地方自治法上の直接請求の手続きは府議会の「否決」で終了したが、「もとめる会」は今後も活動を続ける方針。大阪IRの区域整備計画(どのようなIRを作るのか具体的な計画)を審査する国や審査委員会に計画の問題点を情報提供していくほか、東京に繰り出してデモや座り込みなどの行動も検討している。

吉村知事は「住民投票必要なし」の意見

大阪府議会で意見陳述する「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」の山川義保・事務局長。右側前列が吉村洋文・府知事=2022年7月29日、大阪コミュニティ通信提供
大阪府議会で意見陳述する「カジノの是非は府民が決める 住民投票をもとめる会」の山川義保・事務局長。右側前列が吉村洋文・府知事=2022年7月29日、大阪コミュニティ通信提供

 昨年末、大阪市がIRの建設場所である大阪湾の人工島「夢洲」に公金を投入して地盤改良すると公表して以降、「地元住民の声を聞け」という世論が高まり、カジノ誘致に反対する運動をしてきた市民の一部が「カジノの賛否を問う住民投票を求める直接請求しかない」と決起して、「もとめる会」が結成された。地方自治法74条の住民による「直接請求制度」は有権者の50分の1(大阪府は14万6509筆)の署名が必要。「もとめる会」は3月25日~5月25日の2カ月間で約21万筆の署名を集め、府内の各選挙管理委員会が選挙人名簿と照合する審査を行った結果、法定数を超える19万2773筆が有効と判断された。

 「もとめる会」は7月21日、吉村洋文・府知事に対し住民投票を実施する条例案の制定を「直接請求」し、吉村知事には府議会を招集して住民投票実施の条例案を提出する法的義務が発生。7月29日の臨時府議会招集に至った。

 直接請求制度において、請求を受理した自治体の首長は「意見書」を付して議会に議案を提出する。臨時府議会で吉村知事は住民投票を実施する条例議案について「大阪府及び大阪市はIR整備法に基づき、必要な手続きを実施してきた。(大阪IRの計画は)選挙で選ばれた議会での議論を経て、議決されている。改めて住民投票を実施することには意義を見出し難い」と説明した。つまり「住民投票をする必要はない」が吉村知事の意見だった。

自民党会派は「住民投票するべき」

自民党会派を代表して質疑した原田亮府議は「住民投票を実施してIRに対する府民理解を深めるべき」と、IR誘致を進める立場から住民投票に賛成する意見を表明=2022年7月29日、大阪コミュニティ通信提供
自民党会派を代表して質疑した原田亮府議は「住民投票を実施してIRに対する府民理解を深めるべき」と、IR誘致を進める立場から住民投票に賛成する意見を表明=2022年7月29日、大阪コミュニティ通信提供

 大阪府議会は吉村知事が代表を務める「大阪維新の会」の府議が過半数を占め、吉村知事と維新会派の意向に公明党会派が追随している。「もとめる会」の山川事務局長は臨時府議会終了後の記者会見で「維新府政で府議会が形骸化し、知事の出す議案を通しているだけで、(大阪IR計画についても)問題が明らかにされない。私たちが直接請求しなくてはならなかったのも、議会制民主主義が劣化しているからだ」と批判した。

 臨時府議会で注目すべきは自民党会派の対応だった。直接請求による住民投票実施の条例案は投票資格者を「大阪府内に住所を有する満18歳以上の者」として外国籍の人も投票できる内容であるため、外国人参政権に反対する立場から自民党会派は投票資格者を「大阪府の選挙権を有する者」とする修正案を提出した。しかし、住民投票の実施には明確に「賛成」の意思表明をした。

 自民党会派を代表して質疑をした原田亮府議は「19万2773筆もの署名が集まったのは大変なこと。ここで立ち止まって府民の皆さんの声を聞く方が、IRの成功につながる」と賛成理由を述べた。IR整備法ではIR誘致にあたって「地元住民の合意」が必要とされているが、原田府議は「このような直接請求がされる状態では、地域における合意形成ができているとは言えない」と指摘した。

 現在、国の審査を受ける段階にある大阪IRの「区域整備計画」は、今年3月の府議会で自民党会派も賛成して賛成多数で承認された。原田府議は「IR推進」の立場から、吉村知事に対し「大阪IRの意義が府民に十分伝わっていないから、このような直接請求が行われる。住民投票をすることになれば府民は能動的にIRについて調べるので、IRへの認識が深まる。正々堂々と住民投票を行って、我々は賛成運動に全力を尽くし、賛成多数の結果を持って、しっかりと地元で合意形成ができていると国に示せばいい」と迫った。

 吉村知事は「大阪IRは選挙で選ばれた首長と議会が、決められた手続きを踏んで進めているので住民投票の必要はない」との見解を崩さず、原田府議から「間接民主制は完全な制度ではなく、補完するために直接請求制度がある。間接民主制の代表である知事、我々議員は、常に民意を反映できているか、奢らず謙虚に問い続ける姿勢が重要だ」と政治家の在り方について説かれる始末だった。

直接請求制度の抱える矛盾

臨時府議会を傍聴するため整理券を求めて列をなす人々=2022年7月29日、大阪コミュニティ通信提供
臨時府議会を傍聴するため整理券を求めて列をなす人々=2022年7月29日、大阪コミュニティ通信提供

 二元代表制や議会制民主主義という「間接民主主義」の欠陥を補強して住民自治の徹底を期するため住民による「直接請求制度」が存在しているのに、請求を実行するかどうかを議会が決定するというのは、直接請求制度が抱える矛盾だ。

 長年にわたり国内外の住民投票を取材しているジャーナリストの今井一さんは「私も直接請求署名運動をした経験があり、約20万筆の署名集めがいかに大変で、それを半日で否決された悔しさは良く分かる」とし、吉村知事が選挙で当選した首長と議員による政策決定を絶対視することに「選挙だけでは住民自治は深まらない。選挙という間接民主制と住民投票という直接民主制を組み合わせる必要がある」と話す。

 今井さんは直接請求制度の限界を乗り越える活動を20年以上続けており、住民投票を求める住民からの直接請求が行われれば、議会に拒否権がない「実施必至型」の住民投票条例の制定を訴える。「既に広島市など70以上の自治体がこの条例を制定しており、大阪府内では岸和田市、豊中市、阪南市がある。今回の直接請求をきっかけに、大阪府も住民投票条例を考えてはどうか」と提案する。

 大阪府内全域を対象に直接請求署名運動が行われたのは45年ぶり。法定数を超える署名を集め住民投票の直接請求をやり切った市民運動は、大阪府に「住民投票条例の制定」という新たな課題を生み出したのかもしれない。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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