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大阪市立の高校無償譲渡を巡る住民訴訟が原告敗訴。舞台は大阪高裁へ

幸田泉ジャーナリスト、作家
大阪地裁前で待機していた訴訟支援者に「不当判決」を知らせる原告側弁護士=筆者撮影

 大阪市立の高校22校(2021年度末時点は21校)が大阪府に移管され、市公有財産台帳価格で約1500億円の土地、建物が府に無償譲渡されるのを巡り、譲渡契約の差し止めを求めた住民訴訟は3月25日、大阪地裁で判決が言い渡された。森鍵一裁判長は「高校移管には公共性、公益性があり、土地、建物の無償譲渡には合理性がある」として、原告の請求を棄却した。原告側は控訴する方針。

 大阪市から大阪府への高校移管は2022年4月1日。土地、建物を無償譲渡する契約も同日、行われる。森鍵裁判長は譲渡契約が迫っていることからスピード審理を決断し、昨年10月7日の提訴から半年で判決を迎えた。私も原告団である「大阪市民の財産を守る会」のメンバーになっているが、2021年度内の判決言い渡しを裁判所が決めたことで、「差し止め」を認める判決に期待が高かっただけに、敗訴は予想外だった。

 原告代理人の豊永泰雄弁護士は「今回の高校の問題だけでなく、大阪市の財務規律が緩くなっており、IR(統合型リゾート)の誘致でも、大阪府の事業に大阪市が財布として使われている。この訴訟の判決が高校不動産の無償譲渡を止めなかったのは、今後の大阪市の行方を占ううえで大きな問題になるだろう」と話す。

無償譲渡を「市議会が議決した」という判断

 大阪市は市有財産の寄付について定めた市財産条例16条を適用し、簿価で約1500億円にのぼる市立の高校の不動産を大阪府に無償譲渡する方針だった。これは「市長の裁量」で巨額寄付を行うことを意味し、訴訟で原告側は「市長の裁量の範囲を超えており、高校不動産の無償譲渡に市財産条例16条は適用できない」と訴えていた。

 地方自治法では自治体が寄付をするには、条例で定めるか、議会の議決が必要と規定されている。大阪市議会は2020年12月に市学校設置条例を改正し、「市立の高校の廃止」を議決したが、土地、建物等を大阪府に無償譲渡する議案は市議会に上程すらされていない。「市財産条例16条を誤って適用し、市議会の議決を採っていない」というのが、原告の主張する違法性の柱の一つだった。

 これについて判決は、「高校22校の不動産は大規模で高額。条例による一般的取り扱いにはなじまず、無償譲渡には市議会の議決が必要」であるとし、市財産条例16条の適用は誤りだという原告側の主張に沿った判断をした。しかし一方で、大阪市議会は高校移管に際して不動産を無償譲渡する是非の議論もしているため、2020年12月に市議会が「市立の高校廃止」を議決したことを「土地、建物を無償譲渡することを認める趣旨の議決がされたと評価できる」とした。

 つまり、この巨額不動産の寄付には市財産条例16条が適用できないとしても、市議会で議決を採っているので手続き的に違法性はないということである。

 

高校移管に公共性、公益性はあるか

 大阪市立の高校22校を一気に府立高校にする「高校移管」について、原告側は「大阪市内の不動産の所有権を大阪府に移転させるのが目的であり、教育的効果がない」「大阪市を廃止する大阪都構想の中で浮上した高校移管を実行するのは、都構想を否決した住民投票の民意に反する」などと訴えてきた。

 しかし、判決は「高校移管には一定の公共性、公益性が認められる」とし、大阪府が大阪市から引き継いだ高校を安定的に運営するためには、土地、建物の無償譲渡に合理性があるという判断だった。高校移管に教育上のメリットがあるという立ち位置をとっているため、地方自治体間の「経費の負担区分」をみだすものではなく地方財政法違反にも当たらないと結論付けたと考えられる。

判決言い渡し後、大阪地裁前で支援者に判決内容を説明する原告弁護団=「大阪市民の財産を守る会」撮影
判決言い渡し後、大阪地裁前で支援者に判決内容を説明する原告弁護団=「大阪市民の財産を守る会」撮影

 判決後、支援者らを前に原告代理人の豊永弁護士は「高校不動産の無償譲渡に関して市議会の議決はない。判決は市議会の審議内容から、実質的に無償譲渡も含めて議決したと判断しているが、議会の議決を盗み取られたような思い」と怒りを吐いた。判決を総括して「法律に従ったというより、政策的な価値判断を当てはめて結論を導いている。我々は政治家の判断を求めていたのではなく、司法判断を求めていた」と述べ、支援者の間からは「そうだ」と同意の声が上がった。

大阪市の財産流出は続く?

 大阪市税で整備してきた伝統ある大阪市立の高校をそっくり大阪府に「ただであげる」ことに合理性があるとした今回の大阪地裁の判決は、高校無償譲渡は吉村洋文・府知事と松井一郎・大阪市長の間で取り決めた「公有財産の私物化」であるという本質を見抜いていない。市立の高校のうち3工業高校は統廃合されて、土地、建物は売却する方針まで決まっている。廃校、売却の計画ごと、大阪市は府に無償譲渡するのだ。これにどういう教育効果があるというのか。

 大阪では昨年末、IRの誘致を巡り、大阪市が約790億円の公金を投入してインフラ整備をすることが明らかになった。IRにはカジノがあるため市民の間に誘致反対の意見も強かったところ、吉村知事と松井市長の「IRに税金は使わない」という説明がひっくり返ったため、今年に入ってカジノへの反発はさらに強まっている。

 吉村知事と松井市長は「大阪維新の会」の政治家として親分、子分の関係だ。両首長の目的は、政令指定都市の大阪市の権限、財源を大阪府に移し替え、維新会派が過半数を持つ府議会で大阪市内における都市計画などの公共事業を意のままにすることである。

 1審は原告敗訴となった高校無償譲渡訴訟の控訴審では、こうした大阪の政治情勢についても明らかにし、大阪市の財産流出に歯止めをかける戦いをしていきたい。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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