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コロナ専門病院で働く「裏方」労働者の悲痛な訴え

幸田泉ジャーナリスト、作家
雨合羽を着て市役所に向け訴える十三市民病院で働く女性=大阪市北区で、筆者撮影

 新型コロナウイルス禍の4月半ば、大阪市の松井一郎市長は突如、大阪市立十三市民病院(大阪市淀川区)を「コロナ専門病院にする」と発表。入院患者や出産予定者は急きょ、別病院に転院しなくてはならず対応に追われた。コロナ専門病院になることは事前に病院関係者に周知されておらず、現場では戸惑いが広がった。専門病院の設置は専門家からも評価する声が出ているが、十三市民病院で働くスタッフの話からは、医療現場の抱える矛盾が浮かび上がる。

■病院を支える裏方に危険手当はない

コロナ専門病院となった大阪市の十三市民病院=大阪市淀川区、筆者撮影
コロナ専門病院となった大阪市の十三市民病院=大阪市淀川区、筆者撮影

 昨年5月から十三市民病院で働く50代の女性は「重要なことが事前に何の説明もなく、テレビニュースで知らされる」と嘆く。5月22日には松井市長は「ワクチンが開発されるまでは十三市民病院はコロナ専門病院にする」との方針を示したが、これも病院関係者の多くは寝耳に水の話だった。「病院で働く人間のことを全く考慮していない。中でも直接、患者の治療には携わらない裏方の私たちは本当にないがしろにされていると感じる」

 この女性は、手術で使用するハサミやホルダーなどの医療器具を洗浄して滅菌する仕事をしている。まず、患者の体内に置き忘れなどがないかを確認するため、手術前と同様の器具がそろっているかチェックする。手洗いするもの、機械に入れて洗浄するもの、超音波を使って汚れを取るものなど器具によって洗浄方法が違い、食器洗いのような単純な作業ではない。「ある程度の専門的知識と経験がなければできない仕事。病院を支える裏方として誇りを持ってやってきた」と話す。

 十三市民病院ではこうした医療器具の洗浄をはじめ、寝具などの洗濯、院内清掃、事務、警備など医療行為以外の仕事は「すべて業務委託で行われている」と女性は言う。松井市長は4月17日、新型コロナウイルス患者を受け入れている大阪市立総合医療センターや十三市民病院の医師や看護師ら医療従事者に1日当たり4000円の危険手当を支給すると発表した。しかし、病院の裏方業務に当たる大半のスタッフは手当支給の対象ではない。「どうして私たちに手当がつかないのか納得できない。トイレ、エレベーター、食堂、売店はみんな共有している。同じ病院の中で働いているのだから、誰にでも感染の危険はある」とし、さらに「看護師たちには研修が何度も行われているのに、裏方には何の研修もない。自分で考えて感染から身を守れということなのか」と憤る。

 4月後半、院内の警備員が体調が悪くなって保健所に相談し、検査で新型コロナウイルスに感染が判明したという話を聞き、不安は現実味を帯びた。寝具などの洗濯の仕事をしていた人は、「病室に入らなければならないのに、危険手当もないなんてやってられない」と辞めてしまったという。

■雨合羽を集めた松井市長は「ないよりまし」

 

 松井市長は4月半ば、医療現場でウイルス感染を予防する防護服が不足していることから、「使用していない雨合羽(レインコート)がある人は、大阪府、大阪市に提供を」と呼び掛けた。その結果、30万着もの雨合羽が集まり、マスメディアはこぞって美談として取り上げた。

 コロナウイルス禍を受けて結成された「コロナ生活補償を求める大阪座り込み行動」のメンバーは、「医療従事者を雨合羽で働かせるな」と訴える。雨合羽はウイルスが付着していると脱ぐ時に飛び散る危険があり、決して万全ではない。行政がやるべきことは雨合羽の提供を募るのではなく、一刻も早く感染防止用のアイソレーションガウン(防護服)をメーカーに発注するなどして医療機関に提供するべきだと主張してきた。

 5月11日、「コロナ生活補償を求める大阪座り込み行動」のメンバーが大阪市役所を訪れて医療現場の改善要望をしていたところ、5階の廊下で松井市長の記者会見に遭遇。「雨合羽で働かせないでください!」と訴えるメンバーに、松井市長は「ないよりましです」「仕事の邪魔をしないでください」と言い放ち、会見場からさっさと姿を消した。この対応に抗議したメンバーは怒り心頭だったところ、5月22日に吉村洋文・大阪府知事が記者会見で「大阪府市は雨合羽で治療しているというのはデマだ。医療物資は必要な供給量は確保できている」と述べたのが火に油を注いだ。アイソレーションガウンが入手できず、雨合羽で対応していた医療機関は実際に存在していた。それを「デマ」と言うなら、何のために雨合羽を集めたのか意味不明である。

 「コロナ生活補償を求める大阪座り込み行動」のメンバーは5月25日、大阪市健康局を訪れ、「大阪府市の首長は雨合羽を『ないよりまし』と言ったり、『医療現場では使ってない』と言ったり、ふざけるな」と怒りを吐露した。

大阪・梅田の繁華街で新型コロナウイルス禍の補償を訴える街宣行動=大阪市北区で、筆者撮影
大阪・梅田の繁華街で新型コロナウイルス禍の補償を訴える街宣行動=大阪市北区で、筆者撮影

 前述の十三市民病院で医療器具の洗浄をしている女性は「医療現場のことが分からない知事や市長の思い付きで現場は振り回されているし、同じ病院内でも医師、看護師らと私のような裏方とでは取り扱いが差別的だ」と話す。大阪府は4月末、「大阪府新型コロナウイルス助け合い基金」を創設し、5月25日時点で20億円を超える寄付が集まっている。吉村知事は5月12日、「新型コロナウイルスの感染者を受け入れた病院やホテルの従業員に、この基金から応援金としてクオカードを配る」と発表した。

 「新型コロナウイルス禍では、これまで業務委託で働く者はひどい扱いを受けてきたので、私たちは応援金の対象から外されるのではと思ってしまう。危険手当もなく、何の説明も受けられず、感染防止の研修すら受けさせてもらえない。これではクオカードだって『ないよりまし』と言いたい」

 この女性は10代後半から30年以上、ロンドンで生活してきたという。

 「ロンドンで今の大阪と同じことをやったら、絶対にストライキか暴動が起こっている」とコメントした。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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