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大阪都構想の「最悪のシナリオ」は隠蔽されている

幸田泉ジャーナリスト、作家
大阪都構想について話し合う法定協議会=11月5日、大阪府庁、川嶋広稔市議提供

 大阪市を廃止して四つの特別区に分割する「大阪都構想」の議論が大詰めを迎える中、特別区の運営が破綻する懸念が浮上してきた。大阪都構想を推し進める「大阪維新の会」は、人口約270万人の大阪市を人口70万人規模の特別区に分割することに「ニア・イズ・ベター」の理念を掲げるが、現実はその逆で、財政的に困窮した特別区は住民サービス削減に迫られ、市民生活はレベルダウンする可能性が高い。この「最悪のシナリオ」を、「大阪維新の会」だけでなく行政ぐるみで隠蔽したまま、大阪市廃止に向かう手続きを進めている。

■自治体運営の根幹が議論されていない

 特別区の財政問題は、大阪都構想について話し合う「大都市制度(特別区設置)協議会」(通称・法定協議会)の場で、大阪市議会の自民党会派副幹事長、川嶋広稔市議が追及して発覚した。政令指定都市の大阪市を廃止して設置される四つの特別区について、各特別区の運営に最低どれぐらいの費用が必要なのか、自治体運営の基本である「基準財政需要額」が計算されていないというのだ。

 大阪都構想に関しては、大阪府と大阪市の職員80人で構成する「副首都推進局」が事務局となり、4特別区の財政シミュレーションを行い「特別区素案」として公表している。2017年9月、法定協議会に提出された特別区素案では、大阪市を4分割することで発生する「分割コスト」は年41億~48億円と試算しているが、これはシステム運用経費の増大分や、特別区庁舎として新たに民間ビルに間借りする経費で、分割コストの一部に過ぎない。分割によって財政コストがどれぐらい増大するのか、全体像を知る手掛かりとなる「基準財政需要額」について、副首都推進局は計算するのを避けてきた。

 「基準財政需要額」とは、人口、面積などから算出された「これぐらいの規模の自治体であれば、最低これぐらいの費用は必要だ」というナショナルミニマムの金額であり、教育費、厚生費、土木費など公共が支える生活インフラの費用である。日本の地方自治体は、地方交付税法に基づいて「基準財政需要額」を算出し、税収がそれに足りなければ、国が地方交付税を払って補うという形で運営されている。

■基準財政需要額を計算しない官僚

 大阪都構想は「大都市制度改革」とされているが、行政改革ならば、大阪市を廃止して設置する4特別区の基準財政需要額を算出したうえで、現在の大阪市の基準財政需要額と比較をし、「特別区になった方がいいのか、政令指定都市の大阪市のままの方がいいのか」を検討するのは当然のことである。特別区は政令市のような権限もなく財源も乏しい。大阪府から財源を融通してもらって運営するという危なっかしい構造の基礎自治体なのだから、「特別区の財政がどうなるのか」は、はっきりさせておかなくてはならない。

 しかし、2013年2月から始まった大阪都構想の法定協議会では、一度たりとも具体的な基準財政需要額が議論の俎上に上ったことはない。法定協議会は大阪府知事、大阪市長ほか、大阪府議、大阪市議で構成されるが、府市両首長をはじめとする「大阪維新の会」の委員らは、新しく作る特別区という基礎自治体が運営していけるか否かの根本的な部分を議論の対象から外し、「特別区長は選挙で選ばれるのだからしっかり運営するはずだ」などと特別区長に責任を集約する主張をしてきた。

 川嶋市議は「基準財政需要額は非常に複雑な仕組みで、正確な計算は財政のプロしかできない。副首都推進局には何度も計算を頼んだが応じてもらえなかった。計算をしてしまうと、大阪市よりも4特別区になった方が財政コストがかかるとはっきりし、特別区素案の財政シミュレーションが成り立たないのを明らかにしてしまうからだ」と話す。つまり、与党である「大阪維新の会」の政策方針に逆風となるため、官僚としてはやりたくないわけである。

■自民党会派の独自試算では200億円のコストアップ

法定協議会でパネルを掲示しながら基準財政需要額の試算の必要性を訴える川嶋市議=11月5日、大阪府庁、川嶋市議提供
法定協議会でパネルを掲示しながら基準財政需要額の試算の必要性を訴える川嶋市議=11月5日、大阪府庁、川嶋市議提供

 そこで、自民党大阪市議団は独自で試算を実行。9月12日の法定協議会で川嶋市議は「大阪市を廃止して4特別区になれば、行政運営コストは200億円ぐらい増大する」と独自試算の結果を公表した。「大阪維新の会」は、大阪都構想によって大阪府と大阪市の二重行政が解消されて無駄が無くなるかのようにアピールしているが、現実の行政業務では、大阪市を廃止しても行政経費は減るどころかますます膨らむのだ。家計に置き換えれば、4人家族が一緒に暮らしていたところ、4人バラバラに分かれれば生活費は高くつくということになるだろう。

 この「200億円」という数字は、面積、人口などに基づき算出される基準財政需要額のうち、計算しやすい人口部分だけを取り出しており、厳密な試算ではないが、川嶋市議は「少なくとも法的根拠に基づき試算したもので、副首都推進局の作成した特別区素案のような机上の空論ではない。これまで基準財政需要額がどうなるかという議論をしてこなかったのは、非常に恐ろしいことだ」と言う。11月5日の法定協議会でも改めて基準財政需要額の算出を求めたが、法定協議会で過半数を持つ「大阪維新の会」の委員らは、「今さら基準財政需要額を出せとはちゃぶ台返しの議論だ」などと反論した。

 基準財政需要額の増大が深刻な問題なのは、増大分が国の地方交付税で補填されないことだ。国の方針で進められた市町村合併と違い、「大阪市の廃止・分割」は大阪府市独自の自治体再編なので、行政コストが増大しようが、特別区庁舎の建設が必要になろうが、その費用にはいっさい国の援助はない。財源の乏しい特別区が自らの責任で何とかするしかなく、住民生活にそのしわ寄せが行くのは明白だ。

■果たして大阪都構想は「行政改革」なのか?

 大阪都構想は最初、大阪市を五つの特別区に分割する計画だった。2015年5月、大阪市民の住民投票で否決された後、「五つがダメなら四つだ」と安直な練り直しが行われ、来年秋に2度目の住民投票が行われる見通しだ。「大阪維新の会」によって大阪都構想が政策の表舞台に出てからまもなく10年になろうとしているが、特別区は東京にしかないので「どんな基礎自治体なのか」が大阪の住民は未だに実感がない。一般市民が分かりにくい状況に乗じて、「特別区の闇」を隠蔽したまま2度目の住民投票に突き進むのでは、大阪都構想は「大都市制度改革」と呼べるようなものではない。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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