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人民元切り下げ、中国が国際批判を浴びても実現したいこと

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

今年は、5年に1回行われる国際通貨基金(IMF)の特別引出権(SDR)バスケットの構成見直しが行われているが、今回の中国人民銀行(中央銀行)による人民元切り下げは、SDR採用を働き掛ける切り札だったのではないかとの見方が浮上している。

誰もが予測していない中で突然に行われた人民元切り下げは国際金融市場に大きな混乱をもたらし、マーケットでは7月貿易収支が余りに酷い内容になったことで、通貨切り下げによる輸出拡大支援を狙った実質的な介入ではないかとの懸念が広がっている。もちろん、こうした通貨安のプラス効果を人民元銀行が全く想定していないとは考えられないが、人民元切り下げの真意としては、寧ろIMFに対して人民元の自由化をアピールした動きである可能性が高い。

下地になったのは、8月4日にIMFが8月4日に公表した「IMF Work Progresses on 2015 SDR Basket Review」との文書だった。そこでは、人民元が「国際取引での支払いに広く使われ、かつ主要な取引市場で広く売買されている」通貨との基準では、新たにSDRバスケットに採用基準を満たした唯一の通貨であることが確認されている。しかし、もう一つの基準である「自由利用可能通貨」であるかは議論があるとして、本来は年末までに結論を出すこの問題の協議期間を、来年9月30日まで9ヶ月延長する方針が示されている。

中国政府にとっては、このSDRバスケットに米ドル、ユーロ、円、英ポンドに続いて人民元が採用されることは、人民元の国際化を象徴するイベントとして、極めて優先度の高い国策とされていた。しかし、今なおIMF内で「自由利用可能通貨」なのか疑問の声が上がっていることが確認される中、市場環境に合わせて人民元相場を変動させる意志と能力を有することを、IMFに対してアピールした可能性がある。

今回の人民元切り下げは国際金融市場に大きな混乱をもたらしたとして、市場関係者のみならず主要国の政治家からも批判の声が聞かれる状況にある。しかし、IMFは8月14日に発表した中国に関する年次審査報告(China’s Transition to Slower But Better Growth)において、こうした人民元を巡る最近の中国の動きについて、歓迎すべき一歩とのポジティブな評価を下している。すなわち、「米ドルに連動してしっかりと管理された体制」から「開放的かつ弾力的であり、市場環境にもっとも敏感に反応する体制」へ漸進的に移行する大きな一歩と、一連の動きを好意的に捉えている。

これによって直ちにSDRバスケット通貨に対する人民元の採用議論が進展する訳ではなく、IMFも今回の人民銀行の政策変更が「直接影響することはない」としている。ただ、人民元が「自由利用可能通貨」の基準を満たしていないとの批判は後退せざるを得ず、中国は国際金融市場に大きな混乱をもたらす一方で、SDRバスケット採用には一歩近づいたと言えよう。

問題となるのは、今回の人民元切り下げはIMF当局者から好意的な反応を引き出す一方で、SDRバスケットの見直しに際して事実上の拒否権を有する米議会で強い反発を招いていることである。米議会では、中国が巨額の介入で人民元を人為的に低く抑えることで有利な輸出環境を享受しているとの批判の声が強く、今回の人民元切り下げに関しては「挑発的」といった厳しい批判も聞かれる状況にある。

今回の人民元切り下げの真意がSDRバスケット採用の働き掛けにあるとすれば、米議会の批判の高まりが確実視される中で、大きな勝負に出たと言えそうだ。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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