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日銀国際商品指数からみる商品市況のトレンド

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

日本銀行が9月1日に発表した8月の「日本銀行国際商品指数(OCI)」は104.6となった。7月の107.7からは2.9%、前年同月の115.1からは9.1%、それぞれ低下している。2012年1月以降は、全32ヶ月中で29ヶ月が前年同月比マイナスとなっており、2011年4月の141.8をピークに、緩やかなダウントレンドが形成されている。

国際商品市況には幾つかのタイプが存在するが、この「日本銀行国際商品指数」は貿易統計の輸入金額をベースに、日本経済に対する国際商品市況(ドル換算)の影響を数値化した所に特色がある。最新の商品ウエイトは「2010年貿易統計」を基礎とするため、11年の東日本大震災発生後の状況と一致しているとは言いがたいが、原油54.4%、一般炭12.2%、銅7.3%、鉄鉱石6.0%、アルミニウム2.9%など、エネルギーや工業用素材の比率が高い。食品分野だと、豚肉2.4%、トウモロコシ2.0%、牛肉1.2%、小麦0.8%、大豆0.9%などとなっている。

この統計を一見して言えるのは、世界経済動向と商品市況の動向は必ずしも連動していないという単純な事実である。2011~12年にかけての欧州債務危機で商品市況が軟化したのは当然ともいえるが、その後の景気回復局面でも商品市況はじり安傾向が維持されている。

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■需要:世界経済の牽引役の交代

その背景は二つあり、第一に新興国・途上国の成長鈍化が挙げられる。

2000年代の商品市況高騰は「商品の時代」とも言われたが、その原動力はこれまで先進国経済の補完役的な地位に甘んじていた新興国経済の急激な成長だった。これらの地域は高い経済成長率を基礎とした人口増と国民の所得水準向上を背景に、資源消費量を短期間で急速に拡大させた。

原油を例に具体的な数値をみてみると、過去10年で先進国の原油需要は7.5%減少したのに対して、新興国のそれは41.1%拡大している。要するに、2000年代にみられた商品価格高騰は、新興国経済に強く依存したものだったのである。ちなみに、「日本銀行国際商品指数」は2008年6月に153.6を記録しているが、これが1990年から統計の算出が始まって以降の最高値になっている。

国際通貨基金(IMF)によると、今年の新興国・途上国の経済成長率は+4.9%が見込まれている。昨年の+4.7%、12年の+5.1%などからはほぼ横ばい状態と言えるが、リーマン・ショック前の07年の+8.7%、06年の+8.2%などは大きく下回っている。そしてこのギャップが、商品需要環境にも大きな変化をもたらしている。

これは、需要が加速度的に拡大する時代が終わったことを意味し、供給不足が発生する最悪の事態に対する懸念後退に直結している。要するに、商品市況を押し上げて、需要を抑制したり、供給を抑制したりする必要性が低下している訳だ。

商品市況は世界経済の先行指標とも言われるが、実際には新興国経済との連動性が確認できるに過ぎない。その意味では、ここ数年の商品市況軟化から世界経済の減速・後退を過度に警戒する必要はない一方、2000年代のような新興国の急激な成長拡大も想定されていないと言えるだろう。

■供給:2000年代の商品市況高騰の余波

第二に、供給環境の変化が挙げられる。その象徴が「シェール革命」だが、2000年代の商品市況高騰は新たな供給を市場に呼び込むことに成功している。メキシコ湾の原油流出事故といったその弊害も見られたが、大きな流れとしては資源採掘の損益分岐点が切り上がったことで、従来は存在が確認・確実視されながらも、市場に供給されずに埋蔵されていた資源が供給構造に組み込まれる動きが活発化している。

食品分野でも、ブラジルの熱帯雨林などを農地として開発する動きが活発化する一方、遺伝子組み換え技術の進歩で安定的に高いイールドを実現できるようになり、気象環境次第ながらも大規模な食糧危機に晒されるリスクは低下している。まだ、食肉や乳製品分野を中心に需給の歪みも報告されているが、農産物に関しては需給ひっ迫リスクがかなり低下したと評価できる。

これは、新興国経済が2000年代の成長率を維持した場合への対応策として必要不可欠なものだったが、上述のようにその新興国の成長率が大幅に鈍化した結果、行き場を失った資源供給が市場に満ち溢れることになった。

すなわち、「需要拡大ペースの鈍化」と「供給拡大ペースの加速」と需要と供給の双方から商品需給に緩和圧力が働いており、それが国際商品市況の安定化に寄与していると見られる。

■シェール革命と穀物豊作でも下げきれない商品市況

ただ、それでも「日本銀行国際商品指数」の104.6という数値が極めて高いレベルであることには変化が無い。2008年のピークからは31.9%の値下がりになっているが、2007年の平均92.4などは依然として大きく上回った状態が維持されている。

新興国主導の急激な需要拡大にブレーキが掛かったとは言え、主要商品需要は毎年のように過去最高の更新を窺う展開になっている。一方、シェールガスやシェールオイルなどは高い商品市況を前提に開発が進められてきたもののため、需給緩和で商品市況が大きく落ち込むと、供給環境に大きなショックが発生する可能性もある。

こうした状況を考慮すると、商品需給は安定傾向を強めながらも、商品市況は歴史的高値圏に新たな均衡点を模索せざるを得ない状況と言えるだろう。今年は米国の穀物生産が記録的な豊作となる見通しだが、それを以ってしても商品市況の押し下げ効果は限定されていることは重く受け止めたい。

商品市況の急騰リスクが後退する一方、2007~08年当時はパニック的な反応をもたらした価格水準を、通常の商品市況として受け入れる必要性があるステージを迎えているとみている。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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