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赤字でもリストラができないプラチナ鉱山会社 ~南アフリカの夜は明けない~

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

プラチナ生産最大手のアングロ・アメリカン・プラチナ(アムプラッツ)は5月10日、6,000人の人員削減を柱とするリストラ策を発表した。こうしたリストラ計画の発表そのものは特に珍しいものではないが、今回の発表はプラチナ市場にとって極めて大きな意味を持つものと考えている。

プラチナ生産の7~8割をカバーする南アフリカ共和国では、昨年に多数の死者を出す大規模な労働争議が発生したことで、プラチナ鉱山会社が大規模な減産と同時に人件費コストの大幅な高騰を受け入れざるを得ない状況に追い込まれた。新興労組である鉱山労働者・建設組合(AMCU)主導で暴力行為が多発する中、最終的に11~22%の大幅な賃上げをプラチナ会社が受け入れることで、ストライキは一応の終結に至っている。

しかし、元々プラチナ鉱山業界にはこのような大規模な賃上げを受け入れるような経営体力は存在しなかったこともあり、アムプラッツは昨年に赤字決算を計上せざるを得ない状況に追い込まれた。昨年のプラチナ先物相場は、1オンス(=31.1グラム)=1,387.50~1,739.00ドルのレンジで推移したが、このような価格水準ではもはや十分な利益を確保できないまでに、プラチナ生産コストは高騰しているのだ。

このため、昨年の大規模な賃上げ対応が鉱山会社にリストラ策を強いるのは当然の帰結であり、その先陣を切ったのが、アムプラッツが1月に発表したリストラ計画であった。そこでは、高コストのシャフト4本で操業を停止することで40万オンスの減産を行うと同時に、1万4,000人の人員削減策が発表されていた。

当初は、こうしたリストラ計画で生産調整を進めれば、プラチナ需給の逼迫化がプラチナ価格を押し上げることで、プラチナ生産環境は徐々に回復に向かうと見られていた。しかし、南アフリカでは政府が来年の選挙を前に雇用拡大キャンペーンを展開中ということもあって、直ちに鉱物資源省がリストラ策の見直しを求める動きを見せた。加えて、各種労働組合も人員削減策に強く反発し、実際にリストラ策を実行することは極めて困難な状況に陥っている。

1月下旬にはリストラ策実行の前に2ヶ月の協議期間設定を求められ、そこでの協議も難航したことで4月末まで協議期間が延長され、更に5月6日に最終リストラ案を発表するとこの問題は先送りされ続け、漸く結論が出たのが冒頭で紹介した10日のリストラ策発表という訳である。

■リストラ策見送りは労働者にとっても悲劇に

赤字決算を迫られた会社がリストラ策に踏み切るのは何ら不思議なことではないが、南アフリカでは政治要因から鉱山会社にそのような自由・権利は存在しないことが露呈した形になっている。

人員削減幅は当初計画の1万4,000人から半分以下の6,000人まで大幅に圧縮されている。加えて、閉鎖予定のシャフトでの操業継続も求められ、年間生産基準(base line)は1月発表の210万~230万オンスから220万~240万オンスまで引き上げを求められている。

プラチナ鉱山業界では、アムプラッツのリストラ計画が実行に移せるか否かを、業界全体がリストラを進めることが可能か否かの「試金石」として見る向きが多かった。経営環境の悪化はアムプラッツに限定されたものではないため、アムプラッツのリストラ実行を突破口に、コストと(労使)リスクの高まった南アフリカの鉱山事業を縮小する動きが加速するシナリオが描かれていた。しかし、アムプラッツでさえも政・官・労組からのリストラ阻止圧力を払拭できないことが露呈する中、今後も現行の厳しい生産水準・環境を維持せざるを得ない状況が続くことになる。

すなわち、今回のアムプラッツの小規模なリストラ策発表を受けて、もはやプラチナ鉱山会社が自力による経営環境の改善を促す力が無いことを露呈した形になっている。今後も鉱山各社は、プラチナ相場の低迷と生産コストの高騰に苦しみ続ける可能性が高い。この問題の解決にはプラチナ価格の上昇が必要不可欠であるが、「生産調整→需給引き締まり→価格上昇」という需給理論が機能できない状況となっている。

これは、短期的には南アフリカにおける減産リスクが低下するという意味で、プラチナ生産にはポジティブ、プラチナ相場にはネガティブな動きになる。しかし、このような強引なリストラ策を阻止するような動きは、今後の新規鉱区開発余力などを著しく低下させることになるため、中長期的には深刻な需給の歪みを生み出すことになるだろう。短期のプラチナ生産、雇用維持を求める動きが、中長期的な生産の伸び悩み、雇用喪失の動きを促すとみている。

そして、AMCUはこのようなリストラ策の大幅縮小にさえも強い不満を示しており、「受け入れることはできない」、「次のステップに移行するかもしれない」として、ストライキも含めた強硬姿勢でリストラ策そのものを完全に潰す方針を示している。

南アフリカの鉱山労働者は、昨年に発生した一連のストライキによって、強硬姿勢を打ち出せば鉱山会社から容易に「果実」を得られることを学んでしまった。このため、短期的な生産高・雇用維持に関心が過度に集中しており、プラチナ生産の収益環境改善という本来の生産・雇用確保に最も必要な目標が無視された状態になっている。この人為的に作られた歪みは、いずれかの時点で需要に見合った供給量を確保できなくなる事態を招く可能性が高いと考えている。

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マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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