キプロスの金準備売却を巡る議論を振り返る

「金準備の売却は最優先事項ではない」、「新たな調整プログラムを必要とすることなく、求められている資金を調達できると確認している」

以上は、4月23日にロイター通信が報じたキプロスのジョージアデス財務相の発言である。財政危機に陥ったキプロス再建計画の下で、同国の金準備が売却される可能性が指摘されていた。ところが以上の発言内容を聞く限りは、この計画は立ち消えになった可能性が高いようだ。少なくとも、当面は金売却以外の手法による資金調達が目指され、金準備売却の優先度は著しく低下していることが窺える。

キプロスの金準備売却問題を最初に報じたのはロイター通信(4月10日付け)であり、欧州委員会が準備した報告書の草案に、ライキ銀行の閉鎖やバンク・オブ・キプロスの大口預金に対する課税などと並んで、「超過(excess)の金準備売却」を通じて約4億ユーロを調達することが含まれている報道された。

「超過の金準備」が何を指すのかは意味不明だが、いずれにしても外部からの資金援助の条件となる自力での資金調達の一部に、金準備の売却案が含まれていたのは間違いなさそうだ。キプロス中央銀行は直ちにその可能性を否定する声明を発表したが、ジョージアデス財務相はこうした合意の存在を強く示唆しており、その上で今や「金売却は優先事項ではない」と発言したのが冒頭のインタビューである。

キプロスの金売却が最初に報じられた2日後となる12日にユーロ圏財務相会合で合意したキプロス支援策では、2016年1~3月期までの3年間にキプロス政府が必要とする財政資金不足額を230億ユーロ(約2兆9,800億円)と試算して、その内の100億ユーロをユーロ圏諸国と国際通貨基金(IMF)が融資し、残りの130億ユーロをキプロスが自力で調達する内容になっていた。

要するに、今回の議論はキプロスが自力で調達する必要のある130億ユーロのうち、10億ユーロについては金準備の売却でカバーすべきか否かとするものである。

■キプロスはモデル・ケースという恐怖

最初にこの問題が報じられた当時のユーロ建て金価格は、1オンス(約31.1035グラム)=1,200~1,250ユーロで取引されており、計算上は10トンの金準備を売却すれば、10億ユーロの資金調達が可能になる。キプロスの金準備保有高は13.9トンとなるため、その約72%相当を売却することを求められたと理解すると分かり易い。

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そして、これは12日以降のパニック的な金相場急落の一因ともされている。年間市場規模が4,500トン前後の金需給の世界において、この10トンという数値は特に材料視されるような規模にはない。実際、最近の金上場投資信託(ETF)市場では連日のように10トン、20トン単位の売却が行われており、「誤差」の範囲内と評価しても問題とならない数値である。

ただユーロ圏諸国の間では、今回のキプロス支援策を重債務国に対する「モデル・ケース」とする議論が活発化していることで、マーケットは再びいずれかの国で債務問題が蒸し返された場合(特に大規模な金準備保有国において)、キプロス同様に金準備の売却を迫られるリスクが警戒されたのだ。

支援国サイドであるドイツの3,391.3トン、フランスの2,435.4トン、オランダの612.5トンなどは大きな問題にはならないだろう。ただ、近年に債務問題が指摘されたイタリアは2,451.8トン、ポルトガルは382.5トン、スペインは281.6トン、ギリシャは111.9トンなど、欧州諸国は金本位制の名残りもあって依然として大量の金準備を保有している。このため、「キプロス支援スキーム」の踏襲で例えばイタリアなどが金売却を迫られるような事態になるリスクが警戒されたのは、ある程度までロジカルな反応と納得せざるを得ない。

現実問題としては、欧州の主要中央銀行は年間金売却量を400トンまでにおさえるいわゆる「ワシントン協定」を締結しているため、少なくともこの協定が失効する2014年8月までは、無制限に金売却が行える訳ではない。同協定では、「金は、世界的な準備資産として依然として重要である」ことを宣言しており、金準備の大量売却はその精神にも違反する。いくら財政問題解決のためとは言え、欧州諸国が1990年代の金価格急落を招いた金準備の大量売却を再開するとは考えづらい。

キプロス支援策の策定において金準備の売却という異例の措置が俎上に載ったのは、同国の金準備が僅か13.9トンしか存在しないことが影響したと考えている。仮にキプロスが100トンや200トンといった大量の金準備保有国だったら、ドイツやフランスといえども、安易に金準備売却を議論することはできなかっただろう。ドイツは米国について世界2位の金準備保有国でもあることを確認しておきたい。

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■金準備売却の意図せざる効果?

そもそも、キプロスに金準備を売却する必要が存在するのかも疑問視している。この問題は純粋な財政上の問題というよりも、ドイツなどの支援国側にとっては自国の国内世論を説得するための「嫌がらせ」・「懲罰」、キプロス側にとっては支援受け入れのための「誠意」・「謝罪」という、政治的な意味合いの方が大きいと考えている。10億ユーロという金額よりも、金準備でさえも売却するまでの血を流したということに大きな意味がある。

実際、その後の金価格急落の影響があるのかは分からないが、ここにきてあっさりと同計画が撤回されたことからも、金準備の売却は特に重大な関心事ではなかったことが窺える。最初から、資金調達計画において金準備売却を行う経済合理的な必要性など存在しなかった可能性が高い。ちなみに、現在のユーロ建て金価格は1オンス=1,100ユーロ前後であり、4億ユーロの調達には更に1.5トン程度の金準備売却が必要とされる。

一方、この問題を深読みすれば、金準備の大部分を売却すればもはやユーロ通貨体制からの離脱が不可能になるという効果も指摘されている。キプロスは準備資産全体の61.9%を金(Gold)で保有しているため、金準備の大部分を売却すれば準備資産の45%相当を失うことになる。この状況では、仮にユーロから離脱をしてキプロス・ポンドを復活させても、通貨としての信認を得るのは難しくなる。

銀行預金封鎖、強制課税という異例な強硬策を押し付けられたキプロス国内では、与野党を問わずにユーロ圏離脱を巡る議論が公然と行われている。こうした中、ユーロ諸国が意図したか否かは別としても、金準備という虎の子を手放させることで、結果的にはユーロに縛り付ける効果があることは認めざるを得ない。

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