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ゴールドはやはり安全資産だった ~キプロス・ショックで確認されたこと~

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

今週前半のグローバル・マーケットはキプロス情勢に一喜一憂する展開になった。先週末のユーロ圏財務相会合でキプロスに対する100億ユーロ(約1兆2,370億円)の緊急支援の条件に「銀行預金への課税」という誰もが予想し得なかった条項が盛り込まれていたことが判明すると、あらゆるリスク投資に慎重ムードが広がり、替わってドルや円、米独国債などの「安全資産」に対する資金シフトが活発化した。

このような「異例」としか言いようのない支援条件を導入すれば、キプロス同様に国外からの支援を必要とする重債務国で「預金封鎖→預金課税」の流れに対する警戒感から取り付け騒ぎに発展しかねないことは容易に想像ができそうなものである。ただ、いつ果てるともなく続くユーロ支援に対して国内世論を説得する材料が必要な中、キプロスという小国に対してユーロ諸国が一丸となって「懲罰」を課して、辛うじて支援実行に向けた合意を形成したというのが実情である。

もちろん、ユーロ当局者としてもキプロス支援の金額を50億ユーロ削減する代償として、欧州債務危機の再発を招くことは本意ではない。このため、マーケットの動揺を察知するといち早く課税対象を10万ユーロ以上の高額預金に限定する動きを見せるなど、本格的なパニック状態を回避する方向に動いている。現在は、こうしたユーロ当局者の誠意が、マーケットに素直に評価されるか否かが試される局面になっている。

■急騰しても急落しても安全資産である意味

さて、こうした「キプロス・ショック」の局面で、金相場はどのような値動きを見せたのだろうか?

近年、金市場では金(ゴールド)の安全性を疑問視する向きが増えている。実際、11~12年にかけての欧州債務危機、昨年末に「財政の崖」が警戒された米債務危機などの局面では、金相場は他のリスク資産と同様に急落しており、「安全資産」としての役割を果たしたとは言い難い状況にある。ドルや円、米独国債は「安全資産」として買われたが、金は寧ろ「リスク資産」として換金売り対象となったというのが一般的な解説になるだろう。

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しかし、今回の「キプロス・ショック」が伝わると、3月15日終値で1オンス=1,592.60ドルだったCOMEX金先物相場は、一気に1,600ドル台を回復する動きを見せ、間違いなくポジティブな反応を示している。少なくとも、現在の金相場は投資リスクに対して敏感であり、「安全資産」としての価値を有していることが再確認された。

同じ欧州債務危機に対してさえ、金相場が急落したり急騰したり、正反対の反応を示すのはなぜだろうか?

まず基本的な考え方を確認おくと、リスク資産が総売却対象となる中で、他商品相場と同様に金相場が急落することは、必ずしも金の持つ「安全資産」としての性格を否定したということにはならないということだ。つまり、「リスク環境において金が売られた」という事実と「安全性が否定された」という分析は、必ずしもリンクしないと考えている。

そもそも、金の「安全性」には様々な意味があり、その一つには「普遍的な購買力の保存」という役割がある。すなわち、政府発行の通貨の購買力はその時々の金融政策や経済環境によって変化するものの、金の購買力には「普遍的な価値」があるとの考え方である。

これこそが、金が「安全資産」とされるエネルギーの源泉な訳であるが、金の購買力は金価格が急落したからといって失われていないのだ。これは、ドル建て金価格とCRB商品指数の比価をみれば一目瞭然であり、むしろ他の商品市況が総崩れになるのであれば、「金の購買力」を一定に保とうとする力が金相場を押し下げている事実そのものが、金の「普遍的な価値」を担保しているのである。

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換言すれば、ギリシャ危機などのリスク投資環境悪化局面で金相場が売られたのは、金が「リスク資産」だからではなく、金価格が値下がりしても購買力を担保できる状況になったから、高値を維持する必要がなくなったからに過ぎない。

こうしてみると、キプロス情勢に対する先行き不透明感が浮上したとは言え、商品市況全体の値崩れが回避される中で、金相場が売られなかったのは当然と言える。同じ欧州債務危機といっても、今回は売却される理由が無かったのである。

逆に、米国の量的緩和が早期に縮小・停止を迫られる可能性が警戒されている現在の金相場環境においては、欧州リスクの蒸し返しが緩和政策継続の可能性を高めている相場環境そのものが素直に評価されている。特に、足元では量的緩和政策の早期見直しを巡る思惑を過度に織り込んでいたとの反省が広がり始めていたため、これをきっかけに2月の急落に対する修正を進める動きが活発化したと考えている。

現在、米連邦準備制度理事会は毎月850億ドル(約8兆1,000億円)のドル紙幣を刷っているが、この動きが止まるか否か、更には縮小が可能か否かは、ドルの通貨価値、そしてその裏側展開となる金の価値にとっても重大な関心事になっている。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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