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妊娠したら「強制帰国」 技能実習生に蔓延する「マタハラ」を国が初の調査

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はマタハラのイメージです。(提供:イメージマート)

 外国人技能実習生に対するマタニティーハラスメント(マタハラ)が蔓延している。今年10月には、福岡県の高齢者福祉施設で働いていたフィリピン人女性が妊娠を理由にシフトから外されたり、帰国するよう促され退職に追い込まれたとして、施設を運営する社会福祉法人と受け入れを仲介した監理団体を訴えた。

参考:実習生妊娠「強制退職」 比26歳、法人・監理団体提訴へ 福岡の特養 

 このように訴訟になるのは氷山の一角であり、背後には何千もの実習生が、妊娠や出産を理由に解雇され、帰国を余儀なくされているはずだ。「実習生だから仕方ない」という世論が日本には根強いようだが、マタハラは立派な人権侵害であるし、日本国内の法令にも反している。世界的には日本に対する厳しい見方が強まっている。

 おそらくそうした海外からの批判の高まりがあってのことだろう。今月23日、出入国在留管理庁は、技能実習生の妊娠や出産をきっかけとした不利益取り扱いについての調査結果を公表した。これは、繰り返される技能実習生のマタハラの問題について、日本政府が行った初めての調査である。

 すでに報道もされているが、この調査の内容を、外国人技能実習生が置かれた状況を具体的なケースを踏まえて解説していきたい。

4人に1人が「妊娠したら帰国」と告げられる

 技能実習生の妊娠や出産に関する問題が全国で浮かび上がり報道される中で、出入国管理庁は今年始めてこの問題についての調査を実施した。この調査は今年8月から11月にかけて行われ、技能実習生650人から回答を得ている。

 注目すべきは、やはり、妊娠や出産を理由にした解雇や帰国を告げられたかどうかであるが、「「あなたは、監理団体や会社(実習実施者)、送出機関から、「妊娠したら仕事を辞めてもらう(帰国してもらう)」という内容のことを、直接、言われたことはありますか?」への回答」に対して、「ある」と答えたのが全体の26.5パーセントとなっている。つまり、約4人に1人は、妊娠したら解雇される、もしくは解雇されるだけでなく契約期間が残っていたとしても帰国までさせられると、実際に会社側に言われたことがあると回答しているのだ。

 そして、そのような発言を誰から受けたのかという問いに対しては、現地ブローカーである送り出し機関が最多の73.8パーセント、日本のブローカーである監理団体が14.9パーセント、日本の勤務先企業が11.3パーセントとなっている。なお、書面で「妊娠したら解雇・帰国」という内容に合意した人も5.2パーセントいることがこの調査からわかっている。

資料:技能実習生の妊娠・出産に係る不適正な取扱いに関する実態調査について(結果の詳細)

 今回の調査で明らかになったのは、「妊娠したら解雇させられる」というのは技能実習生らが勝手に信じている「噂」などではなく、現に企業側がそのように行動しているという事実だ。

 当然だが、妊娠や出産を理由とした解雇や不利益変更は、男女雇用機会均等法によって禁止されており違法である。また労働基準法は、妊娠中の労働者が産前産後休業などを取得する権利を保障している。外国人技能実習生も労働者であるため、これらの法律は全て適用される。しかし実際の現場では、少なくとも4人に1人の職場では違法行為がまかり通っていることが今回の調査から明らかになった。

 また、たしかに大半のケースでこのような発言を行ったのは現地のブローカーであるが、日本国内の企業やブローカーが行うケースもあるということがこの調査からわかる。現地のブローカーに労働基準法など日本の国内法を適用するのは困難だが、少なくとも日本の勤務先の行為は明確に男女雇用機会均等法に違反する違法行為だと言えるため、一概に、送り出し国の問題ではないことも合わせて確認できる。

繰り返される技能実習生に対するマタハラ

 実はこれまでも、技能実習生に対するマタハラは何度も報じられている。例えば、ある技能実習生は来日直後に行う1ヶ月間の研修時に妊娠が発覚したところ、研修施設職員から中絶か帰国かを選べと言われ、中絶の薬を与えるとも言われたという。別の研修施設の元職員は「会社は実習生を効率よく働かせたい。妊娠したら生産能力が落ちる。実習生に産休をとらせる会社など聞いたことがない」と報道に対して答えている。

 要するに技能実習生を雇う企業からすれば、労働者の妊娠や出産は「コスト」でしかないことを、赤裸々に語っている。

参考:中絶か帰国か、迫られた実習生 専門家「モノとしか見ていない」 

 実際に妊娠を理由に「強制帰国」させられそうになるケースもある。2011年6月、富山市の食品会社「フルタフーズ」で働いていた中国人技能実習生は、妊娠を理由に職場を解雇され、本人の意志に反して富山空港まで連れて行かれて中国に帰国させられそうになった。そして実習生はそのショックで流産してしまった。この件は、会社と監理団体「食品循環協同組合」(東京都)を本人が訴え、会社側に責任があると裁判認められた。(2013年7月18日 毎日新聞「損賠訴訟:妊娠理由に解雇、会社側賠償命令 富山地裁「人権侵害」」)

 私が代表を務めるNPO・POSSEにも同様の相談が寄せられている。埼玉県の食品製造工場で働くスリランカ人技能実習生は、妊娠したことを監理団体に告げたところ「スリランカに帰るか、日本で子供を堕すか。この二択しかない」と告げられた。来日前にも「妊娠をすれば技能実習は終わりだ」と伝えられていた。

参考:技能実習生による新生児の「死体遺棄」事件 背景に「強制帰国」の恐怖 

 またここ数年間で、技能実習生が新生児の遺体を「遺棄」するケースが何件も報じられている。例えば、熊本の農園で働いていたベトナム人技能実習生のリンさんは、「妊娠がわかれば帰国させられる」と考えて会社や監理団体には相談できないまま、2020年11月、自宅で双子を死産している。そして、死産直後に遺体を包んで段ボール箱に入れたことで、死体遺棄罪で逮捕されてしまった。

参考:双子死産のベトナム人実習生、死体遺棄罪の有罪見直しか 最高裁 

 ここからわかるのは、技能実習生に対するマタハラが何度も報じられ、裁判にもなっていながら、それでも企業側の権利侵害は止まっていないという点だ。妊娠や出産を理由とした不利益変更が違法であることを認識していない企業はおそらくないため、まさに冒頭の研修施設職員が述べたように「妊娠したら生産能力が落ちる」と考えて、妊娠中の労働者を解雇し、新たに「効率よく働かせ」られる技能実習生を受け入れるということを繰り返しているのだ。

出産後に職場復帰した技能実習生はわずか2パーセント

 このように技能実習生の妊娠や出産に関して様々な形で問題提起がなされてきたことを踏まえて、今回、国は初めて調査を行ったと考えられる。NPO法人POSSEには年間数百件の相談を技能実習生から受けており、その中には妊娠や出産に関するものも少なくない。今回の調査で明らかになった4人に1人という数字は、現場の実感からすればむしろ本来はもっと多いのではないかとすら感じられる。

 これは過去の政府統計からも確認できる。厚生労働省によれば、2017年11月から2020年12月の3年2ヶ月間にかけて、妊娠、出産を理由に技能実習を中断した637人のうち、技能実習の再開が確認できたのはわずか11人だと回答している。妊娠、出産をして技能実習を再開できた(つまり職場復帰した)割合は2%にも満たないのである。

 なぜこれほどにまで技能実習生に対するマタハラは深刻なのであろうか。その背景には、技能実習生は制度上、転職が認められていないことがある。技能実習生は3年から5年間、同じ会社の同じ職場で働き続けることが制度上義務付けられており、転職は企業の倒産など限られたケースでしか認められていない。その結果、いくら就労先の職場で労働問題があったとしても、離職が帰国とほとんど直結しているため、声を上げづらい状況に追いやられているのだ。

 そのうえ、多くの技能実習生は借金をして来日費用を負担している。国の調査では、借金の総額の平均値は約55万円で、最も高額だったのはベトナム出身者で平均67万円であった。借金を返済しなければならない状況で、権利行使するのは最悪離職した場合は帰国のリスクが伴い非常にハードルが高い。ちなみにこのように借金を背負い、転職が認められていない労働者のことを世界的には「債務奴隷」と呼び、実際に日本のこの技能実習制度は「現代的奴隷制度」と海外から批判されている

参考:参考技能実習生の支払い費用に関する実態調査の結果について

 とはいえ、技能実習生の多くは自身の働く職場に不満を抱き、改善を求めていることも同時にわかる。「外国人技能実習機構」には昨年度、約2.4万件の相談が寄せられた。技能実習生の数が約32万人であるから、単純計算で13人から14人に一人が自身の労働環境について誰かに相談して助けを求めているのだ。

参考:外国人技能実習生からの相談2万件超

 いま必要なことは、このように困難を抱えている技能実習生の相談を受けつけて、実際に解決するための支援することだろう。産休や育休は、国籍問わず、日本で働く労働者に与えられた当然の権利である。しかし、一人で会社に権利を主張することは困難であり、そこには周囲の支援が不可欠だ。

 このような不正義がまかり通っている現状を変えるために、ご自身や周囲の技能実習生の働き方について気づいたことや相談したいことがある方は、ぜひ専門の窓口にご連絡いただきたい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 外国人労働サポートセンター

メール:supportcenter@npoposse.jp

※「外国人」労働者からの相談を、やさしい日本語、ベトナム語、英語、中国語、タガログ語などで受け付けています。

ボランティア希望者連絡先

volunteer@npoposse.jp

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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