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「ブラック企業」からの転職 知られざる「法制度」の活用法とは?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(提供:イメージマート)

 NPO法人POSSEに寄せられる労働相談の中で最も多い相談の一つが、「ブラック企業を辞められない」「会社を辞めたい」という相談だ。

 相談者が訴える辞められない理由は、「退職届を受け取ってもらえない」、「退職するなら損害賠償請求をすると脅された」、「代わりの人を見つけるまでは辞めさせないと言われた」など様々だが、そのほとんどは不当なものだ。結論から言えば、会社の言うことに従う必要はないし、法律上はすぐに退職してしまって問題ないことが大半を占める。

 だが、会社から強硬に退職を阻まれると、たとえ法律上は辞めることができるとしても、実際にはなかなか会社を辞められないというのも現実だろう。また、会社からの「嫌がらせ」として、最後の月の給料が払われなかったり、離職票を発行せず雇用保険の手続きを妨害されたりすることもある(もちろん、これらの行為は違法である)。こうした退職トラブルに巻き込まれると、退職後の生活や転職活動にも影響を与えるため、労働者にとっては深刻な問題だ。

 さらに、「ブラック企業」を辞められず困っているという労働者の中には、「低賃金で貯蓄が無いため次の仕事が見つかるまでは辞められない」という事情や、「長時間労働のため転職活動の時間もない」という事情を訴える人も多い。「ブラック企業」に拘束されてしまっているために、「ブラック企業」を辞められないというわけだ。実は、こうした状況に対しても法制度を活用することで退職をスムーズに進めることができる。

 今回の記事では、「退職妨害」に負けずに会社を辞める方法、「ブラック企業」をうまく辞めて転職する方法について解説していきたい。

法律は「強制労働」を禁止し「退職の自由」を保障している

 まず、労働者の退職に関連する法律を見ていこう。

 憲法第22条は「職業選択の自由」を保障しており、労働者は自由に仕事を選べるべきであるとしている。また、労働基準法第5条は「強制労働の禁止」を定めており、労働者が意に反して労働を強制されることがあってはならないとしている。法律は、労働者の「退職の自由」を強く保障しているのだ。

 そのうえで、民法第627・628条は労働者の退職に関する具体的な規定を設けている。

 期間の定めのない雇用契約(無期雇用)の場合、「いつでも解約の申入れをすることができ」、「雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する」とされている。要するに、2週間の予告期間をおけば、理由を問わず自由に退職することができるということだ。

 他方で、期間の定めのある雇用契約(有期雇用)の場合は、「やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる」が、「その事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負う」とされている。

 つまり、労働者にとって「やむを得ない事由」がある場合には、契約の期限を待たずに退職できる。たとえば、賃金未払いや長時間労働、パワハラ・セクハラなど違法な労働環境であれば、即日で退職して問題ないということだ。いわゆる「ブラック企業」であれば、多くの場合即日辞めて法律上問題ないということなのだ。

 また、労働基準法第137条は、1年を超える期間を定めて雇用した場合には「労働契約の期間の初日から1年を経過した日以後においては、その使用者に申し出ることにより、いつでも退職することができる」と定めており、1年を超える期間の雇用契約では、労働者は入社して1年を経過すると、理由を問わず自由に退職できるとされている。

 このように、法律は「退職の自由」を強く保障しており、ほとんどの場合、労働者には速やかに退職する権利がある。

退職届を提出し、退職予定日以降は出社しない

 労働者には「退職の自由」があるため、会社に退職の意思を伝えるだけで退職することができる。退職するにあたって会社の同意は原則として必要ない

 具体的には、退職日を明記した退職届を会社に提出すればよい。ここで気をつけてほしいことは、「退職願」ではなく「退職届」であるということだ。文字通り、退職願は、会社に対して退職を願い出るということだ。お願いは拒否できる。他方で、退職届は退職を届け出るものであり、労働者の一存で労働契約を解消することができる。

 また、冒頭に述べたように、退職届を出した際やその後に、会社から「代わりを見つけるまで退職を許さない」「退職したら損害賠償請求をする」「勝手に辞めたら賃金を支払わない」などと言われることがあるが、こうした退職妨害のほとんどは法的根拠がないため、退職の撤回に応じる必要はない。

 何を言われても、退職届に記した退職予定日以降、出社しないことが肝要だ。また。こうした退職妨害は、不当な「脅し」にあたるため、それ自体が違法行為にあたる場合もある。一人で悩んで屈してしまうのではなく、専門家に相談してほしい(末尾に無料相談窓口)。

「賃金を支払わない」は後から対応が可能

 労働相談の現場では、退職届を会社に提出するところまではできたとしても、退職時にトラブルに巻き込まれてしまったというケースが実に多い。

 もっとも典型的なトラブルが、退職後に最後の月の賃金を支払わないという嫌がらせを会社が行う場合だ。だが、賃金未払いは労働基準法違反であり、証拠さえあれば支払わせることができる。

 不払い賃金の請求に必要なものは、就労の記録(証拠)だ。タイムカードや勤怠管理の写真、パソコンのログデータ、業務日報など労働時間と仕事内容の記録があれば、未払い賃金の存在を証明できる。何もない場合には、自分でノートに日報を毎日つけていく形でも、有効な証拠となる。

 こうした証拠があれば、労働基準監督署に申告したり、個人で加入できる労働組合(ユニオン)に加入して支払いの交渉をしたりすることで、未払い賃金を回収することができる。

余裕をもって転職するために制度を使って休むことも重要

 さらに、冒頭でも述べたように、「ブラック企業」で低賃金・長時間労働に駆り立てられている労働者は、資金面でも時間面でも転職活動をする余裕がない場合が多い。退職して収入がなくなり慌てて転職したら、また「ブラック企業」だったということもまったく珍しくはない。

 このような状況を乗り切るためにも、法律に定められた制度を効果的に活用することができる。すぐに退職するのではなく、有給休暇や休職制度を利用して転職活動のための時間とお金を確保することが有効なのである。

 有休休暇は、ご存知のとおり、仕事を休みながら給料は全額保証されるという制度だ。これを退職前に活用することで、生活費と転職の時間を両立させることができる。中には、「退職前の有休休暇を認めない」という会社もあるが、これは違法である。労働者は自由に有給休暇を使う権利があるからだ。

 たしかに、会社には「請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる」という権利が認められているが、会社がこの権利が行使できるのは他の時季に有給休暇を取らせることができる場合に限られている。そのため、退職日が決まっていて有給取得日を他に移せない場合、会社は労働者が希望する日に有給休暇を取らせなければならない。

 会社が頑として有給休暇を消化させないと言い張る場合には、有給休暇を主張して休暇を取り、休んだ日の給料が支払われなければ、後日、未払い賃金として請求することができる。

 有休付与日数はフルタイム就労の人なら半年間働くと10日、1年半働けば11日で、2年間で21日の有給休暇が発生する。勤続年数の長い人であれば最大40日間の有給休暇がある。これらをすべて消化した場合、かなり長い期間を有給で休むことができる。「ブラック企業」であれば、そもそもほとんど有給休暇を取得的でいない場合が多いだろうから、ぜひ転職に際しては有効に活用したい制度である。

参考:年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています - 厚生労働省

収入を得ながら仕事を休むことができる制度

 次に、過重労働やハラスメントでうつ病など精神障害を発症している場合には労災保険の給付を申請することができる。労災と認定されれば、病気が回復するまで治療費と休業補償(休んだ日に対し賃金の8割を給付)が受けられる。

 体調不良が業務外の理由による場合や、業務によるものだと立証することが難しい場合であっても、会社の休職制度を利用して休職し、健康保険から傷病手当金を受給するという方法もある。多くの会社では、就業規則において傷病を理由として休職を労働者が取得できることになっている(厚生労働省モデル就業規則)。また、健康保険の傷病手当は、休職している間、1年半にわたって平均賃金の6割程度が給付される。

 長時間労働で転職活動をする時間がないという人も、こうした制度を活用できる可能性が高い。長時間労働と精神疾患の関係性は一般的に認められているため、転職活動の時間がないほどの長時間労働であれば、心療内科を受診すれば、診断書(何らかの病名と「加療・療養」の必要の旨が書かれたもの)をもらえる可能性が高いからだ。

 以上のように、一定の収入を得ながら会社を休む方法はいくつもある。退職して困窮してしまう前に、たとえすぐにでも縁を切りたい「ブラック企業」であっても、これらの制度を活用し、体調を回復させることが重要だ。これによって焦らずに転職活動を行うこともでき、「ブラック企業」への転職を繰り返さないようにすることもできるだろう。

「ブラック企業からの転職」を支える専門家

 ここまで、「ブラック企業」の辞め方や退職前の「休職制度」の利用などの基本事項について解説してきた。

 だが、ブラック企業相手に一人で「休職制度」の利用、労災申請、退職届の提出などをやり遂げるのは、なかなか大変なことだろう。望まなくても大きなトラブルに巻き込まれてしまうこともある。

 そこで、お勧めしたいことは、早めに労働者側のNPOや個人加盟できる労働組合(ユニオン)に相談しておくことだ。こうした労働問題の専門機関であれば、「ブラック企業」の辞め方や対処法について有効なアドバイスを受けられる。

 最近では労働組合が退職者の支援に本格的に乗り出す事例もみられる。個人加盟労組の総合サポートユニオンでは、今年から就労支援事業を始めており、「ブラック企業からの転職」をサポートしている(財団の助成金をうけた事業のため、利用は無料)。

 7月31日(日)14時からは、「もうブラック企業では働きたくない! 労働組合による若者向け就活・転職セミナー」と題したオンラインセミナーを実施予定という。このセミナーの参加者で、希望する人は、継続的に転職活動の支援を受けられる。興味のある方はぜひ参加してみてほしい。

参考:「もうブラック企業では働きたくない! 労働組合による若者向け就活・転職セミナー」

日時: 7/31(日)14時~ @ZOOM

講師: 常見陽平(千葉商科大学国際教養学部准教授)

    青木耕太郎(総合サポートユニオン共同代表)

主催: 総合サポートユニオン

費用: 無料

常設の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 

03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン 

03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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