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「シフト制」労働が貧困の温床に 新たな「脱法」に高まる非難の声

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(提供:イメージマート)

 昨日、厚労記者クラブで記者会見が開かれ、「シフト制労働対策弁護団」の結成(代表:川口智也弁護士)が発表された。

 シフト制労働の問題は、非常に大きな問題であるにもかかわらず、あまり注目されていない。実はコロナ禍において膨大な人数のシフト制労働者が休業補償や国の給付金を得られず、困窮状態に陥った。

 これまで非正規雇用に対しては、パート・有期法の整備など、法整備が進められ、不安定雇用や格差に歯止めをかけようとしてきた。そこで現れた新たな「脱法」の方法がシフト制労働だと考えることもできる。

 労働組合の働き掛けを受けて、厚労省も「いわゆる「シフト制」により就業する労働者の適切な雇用管理を行うための留意事項」という通達を今年1月に出しているが、法的な拘束力はなく多くの人が問題を抱え続けており、いわば「貧困の温床」ともいえる働かせ方と言えるだろう。

 今、非正規雇用の働き方に何が起こっているのだろうか。

参考:「シフト制」休業手当未払い続く 厚労省紛争防止促すも、救済見えず 弁護団発足(東京新聞 2022年4月15日)

100万人を超えた非正規雇用の「実質失業者」の衝撃

 2021年3月、野村総合研究所が衝撃的な数字を発表した。コロナ禍でシフトが減少したパート・アルバイトのうち、同年2月時点で休業手当を受け取っていないのは女性で74.7%、男性で79.0%に上っていることがわかったのだ。

 また、同調査ではパート・アルバイトのうち、「シフトが5割以上減少」し、かつ「休業手当を受け取っていない」人を「実質的失業者」と定義したうえで、その数が2月時点において、女性で103.1万人、男性で43.4万人に上ると推計している。これは、非常に深刻な数値である。

総務省の労働力調査によれば、同年2月時点において、勤め先や事業の都合を理由として、非自発的な離職をした失業者は38万人とされている。一方、休業手当のないまま離職を踏みとどまっている「実質失業者」の数は、その4倍近くに及ぶことになる。国すら把握できていない不安定な非正規の実態が、コロナ禍によって明るみに出たといえよう。

シフト制を理由に休業補償を払わない大企業

 コロナ禍による労働者の休業については、国が一定の対策を講じている。

 企業が労働者に休業手当を支払った場合に、国から企業にその支払い分に対応した補助金を支給する「雇用調整助成金」と、コロナ休業の補償のない企業の労働者に対して直接給付がなされる「休業支援金」だ。

 しかし、そのいずれに関しても、労働者を休業させた事実を企業が認めることが条件となる。企業側が休業を認めないケースが非常に多いため、非正規労働者の多くが休業補償を受け取れないのが現実だ。その結果「実質失業者」が増えているのである。

 シフト制労働対策弁護団と連携する労働組合である首都圏青年ユニオンは2021年5月にコロナ禍で同組合に寄せられたシフト制労働の相談事例を集めた「シフト制労働黒書」を発表した。この「黒書」から具体的な事例を紹介しよう。

 なお、「黒書」には、数多くの事例をもとにシフト制労働の問題が詳細に書かれており、興味のある方には一読をお勧めしたい。

ラーメンチェーン「I社」 での事例

 神奈川県内の店舗で働く組合員らは4月と5月に完全休業となった。確定シフトが出ていた4月15日までの期間は、労基法26条の最低限である平均賃金6割の休業手当が支払われたが、それ以降は無補償。

 また、7月の営業再開後も深夜営業が無くなり、深夜帯にシフトに入っていた組合員らは大幅に労働時間が削減された。3月以前は16万円~18万円の月収があったが、7月以降は5-6万円に減っている。秋ごろに10万円ほどに収入が回復していたが、再度の緊急事態宣言下でシフトカットされ、またもシフトが確定していた分しか休業手当が支払われなかった。

 ユニオンは全社的な休業補償を要求しているが、会社は、「アルバイトなどのシフト労働者の場合、所定労働時間が観念されず、休業手当の法的な支払い義務はないため、支払うことはできない」として拒否している。

居酒屋「串家物語」での事例

 Wさんはフジオフードシステムが運営する居酒屋「串家物語」渋谷店でアルバイトとして働いていた。契約書上は就業時間が決まっており、週5日勤務の1日8時間労働となっていたが、「注:上記終業時間帯、休憩時間、休日は各職場の状況によりかわることがある」と留保がついていた。

 緊急事態宣言が4月に発令され、店舗は休業となり、Wさんも5月末まで休業となった。しかし休業手当の支払いはなかった。Wさんは休業手当未払いに関して労働基準監督署に申告した。シフト確定部分のみ支払い、シフト未確定部分については「支払い義務なし」として支払わない会社に対して、労基署は指導できないと判断した。

 その後、Wさんが務めていた渋谷店は7月末で閉店となってしまう。会社からは別店舗への異動を提案されたが、店舗異動をしても「これまでのようにシフトには入れない」とシフトが大幅に削減されることを示唆された。そのため就業継続を諦め退職した。

シフト制の「脱法」(1)労働条件の明示義務が曖昧

 シフト制労働の問題の一つ目は、正社員なら法的に義務付けられている労働時間や労働日数の明示義務が曖昧でも許されてしまうということだ。

労働基準法15条では、雇い入れ時に「労働条件」を明記した書面を労働者に渡すよう義務付けている。

 もし、労働条件を明示した書面に勤務場所、始業・終業時間、休日、賃金などのどれか一つでも記載されていなければ、それはただちに違法行為となる。正社員であれば、「就業時間:9時〜17時(休憩1時間)」「休日:土曜日、日曜日、祝日」のような記載がされているだろう。

 ところが、シフト制労働者の契約書には、「シフトによる」などと書かれていれば、法的にはクリアとされているのだ。先に紹介した今年1月の厚労省通達でもこの点は問題とされており、「単に「シフトによる」と記載するのでは足りず、労働日ごとの始業及び終業時刻を明記するか、原則的な始業及び終業時刻を記載した上で労働契約の締結と同時に定める一定期間分のシフト表等をあわせて労働者に交付するなどの対応が必要」としているが、まだほとんどの企業が守っていないのが実情だろう。

 こうしてシフト制労働者は、週何時間働くのか、そもそも勤務日がいつなのかもはっきりしてもらえないまま、会社に振り回されることになる。同時に、会社に「シフトを入れられなくなる」という恐怖から正当な権利すら主張しずらくなってしまうのである。

シフト制の「脱法」(2)休業手当の支払い義務はない?

 コロナ禍による長期間の休業は、さらに致命的な法的問題が露呈した。

 会社都合で業務がなくなった場合、経営者は労働者に休業手当を支払うことが労働基準法26条で定められている。正社員なら出勤日も労働時間も明らかなので、この義務はスムーズに認められやすい。

 しかし、シフト制労働者の場合は簡単でないのだ。シフトがすでに決まっていた直近の期間については休業が認められる。だがシフトが決まっていない期間について休業手当を払う義務があるとは、厚労省も認めていない。

 このため、コロナによる休業でも、シフトを決めていなかったことをいいことに、「休業補償の支払い義務はない」と主張する企業が相次いだ。

 こうした状況を受けて、厚労省は非正規労働者でも、シフトが明らかになっていない期間について、直近月のシフト等に基づいて、雇用調整助成金の申請ができるとアナウンスしている。しかし、法律による強制がない以上、企業は休業補償の手続きを惜しみ、非正規を差別することで乗り切ろうとするケースが後を絶たないのである。

シフト制労働の問題解決は、社会を味方に闘う労働組合

 このようなシフト制労働の法的に許されてしまっている「抜け穴」を解決する手段は個人で加入できる労働組合(ユニオン)をはじめとした社会運動である。

 上記のような法的な「抜け穴」を突く行為は、現状では国は罰していないものの、社会的に許容されるものではない(実際に国はそれを是正すべきだと事業主に啓発している)。そのため、労使交渉によって改善を実現していく余地が十分にある。

 シフト労働者であろうとも、週当たりの所定時間数を労働者に伝えないという論理は、あまりにも労働者側に不利であり、不公正な契約であると評価できる。ましてやコロナでシフトを減らされた労働者が、脱法を目的に「コロナによる休業でない」とされ、国の社会政策の対象から外れることは、著しく不合理である。

 社会運動は社会的宣伝によって企業の問題にある言動を社会に広げながら闘うことができる。首都圏青年ユニオンの「シフト制黒書」にはコロナによる休業に対する補償を企業に請求して解決した事案が複数件紹介されている。企業も社会から強い批判を受ける無理を押し通すことはできないのだ。

 冒頭で紹介した記者会見に参加した、株式会社フジオフードシステムが運営する飲食店、「デリス タルト&カフェ」の労働者は「会社の業績を支えてきたのも多くのパート・アルバイトあってのこと、『正社員ではないから』『シフト制労働者だから』というだけで、補償なしは理不尽。多くのシフト制労働者の理不尽な働き方の改善へのために諦めずに闘っていきたい」と語ったという。

 こうした労使交渉の取り組みがシフト制労働の問題を全社会的に変えていく原動力となるだろう。

 シフト制労働対策弁護団は、明日16日、シフト制労働に関する労働相談ホットラインを下記の通り、開催するという。ぜひ皆さんにもご活用いただきたい。

〜シフト制労働問題ホットラインの開催日時〜

【シフト制労働対策弁護団(東京)】

4月16日(土)11時~18時 ホットライン番号 03−5395−5359

【民主法律協会(大阪)】

4月16日(土)11時~18時 ホットライン番号 06−6361−8624

常設の無料労働相談窓口

首都圏青年ユニオン

03-5395-5359

火・金曜 17:00~21:00

union@seinen-u.org

*「シフト制黒書」を作成した労働組合です。傘下に「飲食店ユニオン」があり、シフト制労働者の問題に取り組んでいます。

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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