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横行する「強制帰国」 Z世代の若者たちが「実習生廃止」の訴えも

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

相次ぐ技能実習生の人権侵害と「強制帰国」

 技能実習生に対する人権侵害の報道が後を絶たない。今年だけでも、岡山県の建設会社で働くベトナム人技能実習生が、殴る蹴るなどの暴力を振るわれる映像が日本中で大きな注目を集めた。また、子どもを「孤立出産」して死産したベトナム人技能実習生が、「死体遺棄」の罪に問われて福岡高裁で有罪判決を受けた事件も話題になった。

 しかし、このように大きく報道された事例は、技能実習生の過酷な実態の、ほんの一部に過ぎない。

 筆者が代表を務めるNPO法人POSSEにも技能実習生の労働相談が頻繁に寄せられるが、多くの事例に共通する象徴的な人権侵害が「強制帰国」である。実習先の受け入れ企業やその監理団体が、労働条件などについて疑問を呈した技能実習生を、暴力や威圧などによって強制的に空港まで連行し、そのまま帰国させてしまうという行為だ。前述の「死体遺棄」事件でも、当事者が妊娠を理由とした強制帰国を恐れていたことがわかっている。

参考:技能実習生による新生児の「死体遺棄」事件 背景に「強制帰国」の恐怖

 この「強制帰国」について、実際に被害を受けたと訴えるカンボジア人技能実習生たちの事件が画期的な和解解決となっていたことが今回わかった。本記事では、この事件の経緯と背景を確認しながら、技能実習生制度に対する根本的な解決策を考えてみたい。

当事者たちが語る「強制帰国」の経緯とは

 このカンボジア人技能実習生が加入している労働組合「総合サポートユニオン」 によれば、経緯は次の通りだ。

 カンボジアから来た技能実習生たちが、日清製粉グループの子会社「トオカツフーズ株式会社」に勤務し、スターバックスのサンドイッチや、ファミリーマートのおにぎりなどの食品を製造する工場で働いていた。

 働き始めて半年後の2016年春、彼女たちが夜勤明けの早朝に寮にいたところ、監理団体の「全国中小事業協同組合」や送り出し機関の職員が押しかけてきた。あまりに突然のことだったため、下着もつけていない女性の技能実習生もいるような状況だったという。

 職員は彼女らのパスポートと在留カードを取り上げ、帰国するように命じた。そして、両腕をとられて車に押し込められ、そのまま、成田空港へと「連行」されたというのだ。こうして同時期に合計8名が「強制帰国」させられた。帰国の同意書にはサインをしていない実習生もおり、サインしている実習生も、同意書の内容を理解していなかったという。

 実習生の両腕を掴み車に「連行」する様子は録画されており、動画が残っている。

使用者側や取引先はすべて、「強制帰国」を認めず

 一方、報道によれば、受け入れ企業、監理団体、取引先などのサプライチェーンは、いずれも「強制帰国」の事実や、人権侵害、違法性を認めていなかった。

 (なお筆者は、今回の経緯と和解について、監理団体や受け入れ先にコメントを求めたが、期限内に回答を得ることができなかった。このため以下は、過去のハフィントンポストや週刊東洋経済の記事を参照している)。

 まず、受け入れ企業であるトオカツフーズは、実習生たちを帰国させた理由について、母国語であるクメール語の読み書きができないことが実習中に判明したためであり、監理団体に相談した結果、「実習生の合意を得て実習を中止し帰国するとの提案があり了承した」「本人の意に反して強制帰国させた事実はない」と主張している。

 総合サポートユニオンによれば、監理団体の全国中小事業協同組合も、当初の団体交渉では、技能実習生本人の意に反してパスポートや在留カードを取り上げ、帰国させたことを一旦認めていたという。しかし、現在の主張は打って変わり、書面や口頭で実習生たちから帰国の同意を得ていたと主張し、「強制ではなかった」と否定していた。

 さらにトオカツフーズの親会社の日清製粉グループも「きちんと(口頭で)説明して同意をいただいた」と主張し、「外部の弁護士による調査でも人権侵害や違法行為はなかったと報告を受けた」と公表している。

 取引先も同様だ。スターバックスは、独自の弁護士による調査を踏まえて「法的な問題は確認されなかった」としている。ファミリーマートもトオカツフーズを監査し、大きな問題はなかったという主張だ。ただしユニオンによれば、実習生らはどちらの取引先からも調査の問い合わせを受けておらず、「被害者」に調査しないままの結論となっている。

 このように、使用者側や取引先などの関係団体は、いずれも実習生たちの訴える事実関係や責任を認めず、事件解決には大きな壁が立ち塞がってしまった。

国境、時効、雇用責任……さまざまな障壁を乗り越えられた理由とは

 ところが、今回の事件はうやむやには終わらなかった。さまざまな困難を乗り越えて、実習生たちは監理団体の全国中小事業協同組合と、納得のいく水準での和解をしたという。一体どのような経緯があったのだろうか。

 そもそも、強制帰国させられたカンボジア在住の技能実習生たちは、4年間「泣き寝入り」していた。これまでの実習生に対する強制帰国の事件でも、日本から無理やり追い出しさえさせてしまえば、実習生たちを「黙らせる」ことができた。今回の事件も途中までそのレールを辿っていた。

 鍵を握ったのは、労働組合だった。2020年になり、SNSを通じてつながったことで、実習生たちのうち7名が総合サポートユニオンへ加入することができたのだ。

 とはいえ、また日本に来て権利行使するような余裕はない。そこで、日本国内で行われた監理団体や受け入れ企業との団体交渉に、実習生たちはカンボジアからオンラインで毎回参加し、強制帰国の状況や、その後の生活苦の実態を訴え続けるという珍しい取り組みを行った。

 法的な難しさもあった。監理団体は実習生と雇用関係にはなく、労働法が直接的に適用される関係でない。また、法律上も「不法行為」(違法に他人に損害を与える行為)の時効は3年であり、4年前の強制帰国の問題について裁判を行うこと自体が困難な状況でもあった。

当事者を支える若者たちの「社会運動」

 交渉の進展をもたらしたのは、当事者たちを支える「社会運動」の存在だった。総合サポートユニオンに加盟する他の労働者たちや、NPO法人POSSEのボランティアの若者たちが参加し、今回の事件を含む技能実習生への人権侵害について、2020年11月に厚生労働省に対して抗議のデモを行なった。

 また、2021年3月には、サプライチェーンで起きた人権侵害に対して社会的責任を問うため、スターバックスに対して、本社へ申し入れに行ったり、「スタバアクション」と題し店舗前での抗議の写真をSNSで拡散するなどの社会キャンペーンも行なった。

 これらの技能実習生たちを支える若者の「社会的なアクション」が、現状の法制度の枠組みや、既存の権利行使を支援する発想では解決が難しい社会問題を解決へと導いたのだ。

スターバックスへの社会キャンペーンの様子
スターバックスへの社会キャンペーンの様子

強まる世界的な批判、権利行使を支える社会運動の必要

 今も多くの実習生が、「現代版奴隷制度」と言われる技能実習制度の下で多額の借金を背負い、転職の自由も十分に認められない中で、暴力・暴言、セクハラ、長時間労働、賃金未払いなどの問題を抱えて働いている。今回の事例は氷山の一角でしかない。

 日本の外国人労働者へは、国際的な批判も高まっている。米国務省の人身売買年次報告書で繰り返し批判され、国連自由権規約委員会などからも「強制労働」であるなどと毎年のように勧告をされている。また、国内においても、直近の厚生労働省の調査「技能実習生の実習実施者に対する監督指導、送検等の状況(令和2年)」において、受け入れ企業の実に7割で違法残業や低賃金などの労働基準法違反が明らかになっている。

 こうした実態を変えるべく、今回の事件で被害者たちを支援したZ世代の若者たちは、「技能実習制度廃止プロジェクト」を発足させた。3月25日には、カンボジア実習生の強制帰国事件の解決に加えて、プロジェクト発足の記者会見も厚生労働省で行なった。

 プロジェクトでは、「奴隷労働」を可能にしている技能実習制度を速やかに廃止し、実習生が労働者としての権利を行使できる新たな枠組みをつくる必要を求めている。主な活動としては、実習生の労働相談に取り組みながら、現場から具体的に見えてきた技能実習制度の実態を広く発信して、技能実習制度の廃止へとつなげていくという。

事件解決及び「技能実習制度廃止プロジェクト」発足記者会見の様子
事件解決及び「技能実習制度廃止プロジェクト」発足記者会見の様子

 さらに、同プロジェクトでは、本日3月27日の14時半から発足記念イベント「外国人技能実習生の相談現場から見えてきたこと〜“現代版奴隷制”とその背景、対抗としての社会運動〜」も開催する。

常設の無料労働相談窓口

外国人労働サポートセンター

*NPO法人POSSEで、外国人の労働相談に特化した窓口です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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