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震災とコロナ禍の「二重苦」 長引く貧困を生み出す「貸付主義」の害悪

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真は災害時の仮設住宅のイメージです。(写真:イメージマート)

 2011年3月11日に発生した東日本大震災では、多くの人々が命を失った。また、津波や地震によって家や仕事を失い、生活を大きく破壊されてしまった世帯も多い。

 当時都市部でいち早く進んだ産業や道路・建物などのインフラの復興とは対称的に、仮設住宅でも孤立死が問題となるなど、一般の人々の生活再建が簡単にはすすまなかった。

 私が代表を務めるNPO法人POSSEでは、震災直後から仮設住宅に住む被災者向けに、送迎や就労支援などの事業を8年間にわたって行ったが、その中でも生活再建の難しさを痛感した。

 今年で震災から11年が経過したが、現場では、震災を経験した世帯にもコロナ禍が襲い掛かり、貧困がより深まる事態となっている。

 今回は仙台市を中心に困窮者への無償の食料支援活動を行うフードバンク仙台に寄せられる相談内容から東日本大震災の影響を引きずるケースを紹介し、その原因や改善のための方向性を考えてみたい。

震災の後遺症とコロナ禍の「二重苦」に苦しむ被災地

 フードバンク仙台は、コロナ禍によって仙台でも急速に増加する困窮者を支援するため、2020年5月に結成された団体だ。個人、団体、企業から食料の寄付を集め、結成から昨年10月末までに累計のべ一万人以上に計21万食以上を無料で提供している。

参考:「貧困」が意識されるようになった日本  延べ「一万人」を支援したフードバンクの取り組みとは?

 同団体には、震災時に崩れた生活状況を立て直すことができず、長期にわたって困窮する世帯からの支援依頼がたびたび寄せられている。相談事例から見えてくるのは、震災時にも貸付を受けて耐えしのぎ、その返済が終わらないまま、新たに「貸付制度」を活用しなければならないという現実だ。

 例えば、子どもと二人暮らしの50代女性は、震災貸付の返済が100万円ほどあり、奨学金も返せていない。

 そんな中で、コロナの影響で2021年3月末に勤めていた事務派遣を雇止めにあってしまった。しばらくは失業手当で生活してきたが、12月で受給期間が終了し収入がなくなってしまい、今は所持金も全くないという。

 これまでダブルワークやときにはトリプルワークもしてきたが、月16~17万円程度の収入にしかならない。ここ2~3年で複数回の派遣切りに遭っており、家賃をひと月滞納。これまでライフラインを止められることもしばしばあったという。

 新型コロナ禍以前に所持金1500円の状態で役所の生活保護課に行ったこともあったが、初回は貸付制度を案内され、次に行った際には「まず家族から借りるのが当然」と言われてしまった。もう一度訪れた際には申請できると言われたが、ちょうどそのとき仕事が見つかったため申請にはいたらなかったという。

 また、40代夫婦二人暮らしの世帯も、東日本大震災で被災した際に社会福祉協議会から生活福祉資金を借りたことがあり、被災して以降、失業と就労を繰返しギリギリで生活を続けていたため返済が滞っていた。

 そのため、今回コロナ特例の貸付制度を利用する気持ちにはなれず、逆に、震災時の生活福祉資金の未返済分を払うように請求が来てしまっている状態だという。

 現在、夫は2020年に失業し、妻は体調が悪く働けない。やっと仕事が見つかったと思った矢先にコロナの感染拡大で収入が大きく減少してしまった。収入を増やすために夫は2021年6月から昼と夜に飲食店で働くダブルワークをしているが、新しく始めた仕事もコロナの影響でシフトが減らされ、給与は合計でも月5万円未満。

 食べ物を買う余裕がなく、一日一個の具無しおにぎりで生活している。現金が無いため車にガソリンも入れられない。ライフラインもガス代が未納で止まりそうになっている。

 さらに、別の40代の夫婦も、東日本大震災時に家財道具が流されたとき、宮城県内のある社会福祉協議会から生活復興支援資金を30万借りたことがある。その後も生活が安定せずに中々返済できなかったところ、差し押さえするという連絡が来て、勤め先の会社からお金を借りて貸し付けをなんとか返済できた。

 ところが、正社員として働いていた建設・土木関係の仕事も、昨年2月から失ってしまった。失業手当も切れてしまったため、食料支援をフードバンク仙台に依頼。こうした経験があるため、二人は今回のコロナで貸付制度を使うことにためらいがあるという。

 一方、生活保護は軽自動車と携帯電話は処分しないと利用できないと聞いたことがあり、利用できないと考えていた(なお、生活保護の利用に携帯電話の処分は必要ない。またコロナ以後、自動車の保有についても条件を満たせば認められる余地が拡大している)。

貸付では貧困から抜け出せなかった

 3つの事例では、食べ物が不足したり、ライフラインが止まる危機に脅かされる生活が震災後現在に至るまで継続している。これらの事例では社会福祉協議会の生活復興支援資金という震災時の貸付制度を利用しているが、それでも生活困窮から長く抜け出せていない。

 低賃金の不安定な雇用で失業と再就職を繰り返すなかで、返済が滞ってしまっているのである。こうした人々を今度は新型コロナが直撃し、もともとぎりぎりだった生活が危機的な水準まで脅かされている。

 コロナ禍においても、ワーキングプア世帯に対する国の支援政策は、コロナ特例貸付(緊急小口資金・総合支援資金)という貸付が大きな比重を占めるのは震災時と同じだ。

 しかし事例のように、震災時の貸付の返済ができなかっために今後の返済の約束ができず、今回のコロナ禍では貸付の利用をためらってしまう世帯もいる。また、生活福祉資金には非課税世帯で償還を免除される制度もあるが、この水準は非常に低いため、不安定でも何とか働いている「ワーキングプア」の場合、該当しないことが多い。

 貸付に重点が置かれた困窮者支援政策は、一時的な災害時が終了すれば、働いている限り生活を立て直し、貸付の返済も可能であるという認識を前提としている。つまり、ワーキングプアを想定していない。だが現実には「働いても食べていくことができない」劣悪な労働条件の仕事が広範に広がっているため、貸付では貧困状態からの根本的な脱却は難しいのである。そもそも、社会保障として貸付制度を中心に立てること自体、無理があるといえるだろう。

高まる「貸付」政策への批判

 こうした政府の「貸付」を中心とした対策の繰り返しに対しては、批判が高まっている。

 コロナ禍に対応した「生活福祉資金」の特例貸付は約300万件に上り、貸付額は1兆2800億円に達している一方で、貸付を満額まで借りても困窮から抜け出せないという実態が明らかになってきたからだ。

参考:NHKクローズアップ現代(2021年11月25日)“特例貸付1兆円”生活再建は進むのか

 NHKの「クローズアップ現代」(2021年11月25日放送)中で、角崎洋平氏は、そもそもこの貸付制度は本来は一時的な資金を貸し付けとセットで、困窮の背景を丁寧に聞き取り、相談支援を行うことが想定されていたと指摘する。

 しかし、全国の社会福祉協議会の職員に聞いたアンケートには、職員の76.1%が貸付の際に丁寧な相談支援ができていないと感じていると回答するなど、生活相談は機能していないのが現状だ。

 角崎氏は「相談者はもちろんお金のことで相談に来られるわけですが、お金の相談の背景にはさまざまな生活上の問題や困難が隠れていることも多いです。そうした問題を丁寧に解きほぐして支援につないでいくことができないのであれば、単にお金を貸し付けしても十分な問題解決にはつながらない」と指摘している。

 また同番組では堤未果氏も「返せる見通しがないのにちょこちょこ借り続けるというのはもちろん経済的な負担というのもありますけれども、それ以上に精神的な負担というのがどんどん出てくる、厚くなってくると思うんですね。コロナから生活を立て直そうと思ったころに、借金の返済が今度足を引っ張る、そういうループになってしまう」として、借入が困窮者の心身や、実際の生活の大きな負担になる可能性を指摘していた。

 本記事でもここまで見てきたように、貸付だけでは生活再建には十分ではない。むしろ借金が残っていることで、生活再建の足を引っ張ることにもつながりかねない。そうした状況では、コロナ禍のような一時の危機が過ぎた後も、根深く困窮状態が残ってしまうことになるだろう。

 こうした貸付中心の日本の支援策とは対称的に、諸外国では給付を増やす方向で支援策を充実させている。例えばドイツでは、既存の生活保護に相当する制度の要件を緩和している。資産要件を一時的に停止し、申請者がとりわけ大きな資産はないと述べればそれでよいことになっている。

 その他、諸外国の給付を充実させる政策動向については過去の記事でも一覧表にまとめているので、参考にして欲しい。

参考:分断に分断を重ねた給付議論で"分配"どうなった? 困窮者が「使える制度」解説

貧困の克服には何が必要なのか

 貧困を克服するためには、こうした場当たり的な貸付や劣悪な仕事に対する就労の圧力になるような政策からの転換が求められる。

 生活福祉資金の貸付を終了した世帯を対象に生活費を一定期間給付する「生活困窮者自立支援金」という制度も存在するが、先の事例にみたようにコロナ特例の貸付を利用しない世帯は事実上使うことができない。

 貸付ではなく給付であるという点では「一歩前進」ではあるが、支給額が単身世帯で月6万円と少なすぎること、受給できる期間も3か月と短いこと、コロナで仕事が減少しているのに、原則としてハローワークに求職の申し込みをし誠実かつ熱心に求職活動を行うことなどの求職要件が付されているなど課題も多い。

 政策的には、最低生活を保障する現行の唯一の制度である生活保護をより使いやすくするために資産要件を緩和したり、現行の生活保護の機能を生活ニーズ毎に切り分けて医療保険や年金や住宅制度などに最低生活保障を組みこむことも有効だろう。

参考:生活保護「利用者イメージ」の大転換か? 首相による「利用促進」の発言が波紋

 また、賃上げや劣悪な労働環境の改善など、労働条件を向上させるための権利行使も欠かせない。これを実現するのは第一には労働組合の役割だが、今回紹介したフードバンク仙台のような困窮者に直接接して支援を行う団体も、劣悪な労働条件で働く人々や生活保護から排除された人々と信頼関係を築きながら権利行使につなぐ重要な役割を果たすことができる。

 フードバンク仙台ではボランティアスタッフの大学生を中心に生活相談チームをつくり、食料支援だけではなく生活相談も合わせて行うことで、貧困を固定化させないための新しい食料支援のスタイルを確立している。

 震災から11年目。「危機」が連続する中で、日本の貧困対策のあり方に大きな転換が求められているのではないだろうか。

無料支援・相談窓口

フードバンク仙台  

080‐7331‐6380(事務・寄付・支援メンバー募集の問い合わせ専用)

(10:00~16:00 ※祝日休)

foodbanksendai@gmail.com

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*仙台市内の生活困窮世帯が対象です

NPO法人POSSE 

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人です。労働者の権利行使の支援を行っています。全国からの相談を受け付けています。

仙台けやきユニオン 

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏内の労働者の権利行使を行う労働組合です。一人でも加入できます。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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