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過労よりも「パワハラ」で自殺増加 なぜ遺族の9割以上が労災申請しないのか

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

最新の「過労死白書」から見えた過労死の傾向とは

 毎年11月は、厚労省が定める過労死等防止月間だ。岸田政権の「分配」政策の陰であまり話題に上らないが、全国の都道府県では厚労省主催の過労死シンポジウムが順次開催されている。

 この月間に先立って、10月末に「過労死等防止対策白書」(以下、過労死白書)が公開された。過労死白書は、2014年に成立した過労死等防止対策推進法に基づいて、過労死の現状や、実施された対策について厚労省が毎年公表する報告書である。

 この過労死白書は、厚労省による統計だけでなく、警察庁が把握する自殺者全体の人数についてもまとめている(これらの数字は警察庁の自殺者統計を基にしている)。ここから、厚労省の統計だけでは見えない過労死の実態が浮かび上がってくる。

 今回の記事では、最新版の過労死白書から、この自殺者数の統計に着目してみよう。そこから最近の過労死問題の注目すべきポイントとして、(1)パワハラやいじめによる過労自死の増加の背景と、(2)いじめにあった場合の労災申請の方法について解説していく。

「職場の人間関係」による自殺の割合が「過去最高」に

 警察庁がまとめている自殺者の総計では、「勤務問題」「男女問題」「学校問題」「家庭問題」「経済・生活問題」「健康問題」などを自殺の原因・動機として分類している。このうち「勤務問題」は、さらに「仕事疲れ」「職場の人間関係」「仕事の失敗「職場環境の変化」などの項目に分類されている。

 この「勤務問題」の分類のうち、自死者の割合が最も高かったのは、長らく「仕事疲れ」だった。2020年においても26.5%を占めている。曖昧な分類ではあるが、長時間労働はここにカウントされると考えられよう。仕事が原因の自殺のうち、これまで長時間労働が自死の理由として最大であったわけだ。

 ところが、2020年に「勤務問題」の死因のうち1位だったのは「職場の人間関係」(27.2%)だった。今年になって「仕事疲れ」を初めて抜いたのである。同時に、27.2%は「職場の人間関係」において過去最も高い割合でもあった。この「職場の人間関係」には、職場での対人トラブル、そしてハラスメントやいじめなどが当てはまると考えられる。

 筆者は先日、厚労省による2020年度の過労死統計を用いて、長時間労働によるものだけでなく、パワハラやいじめを理由として精神疾患になる「ハラスメント自死」の数が増加していると指摘したところだ。

参考:「分配」の陰で激増する「いじめ自殺」 「使い潰し型」資本主義が日本を滅ぼす

 ただ、今回の過労死白書及び警察庁の統計は、さらに説得力がある。というのも、上記の記事で参考にした厚労省の統計の数字は、あくまで労災保険給付が申請され、そのうえ認定にまで至った事例によるものであり、実際の「発生件数」そのものではない。

 昨年パワハラ防止法が施行されたこともあって、被害者自身や被害者遺族にとってパワハラによる精神疾患が注目され、労災の申請件数が増えた影響、さらに労災が認定されやすくなった影響はあると考えられる。このため、単純に事例が増えたとは言い切れない点は留意が必要であった。

 その点において、今回の過労死白書で参照された自殺統計は、警察庁の把握している自死者数に対応したものであり、分類項目に疑問は残るとはいえ、より「発生件数」に近いと考えられる。

 この数字から、実際に職場において労働者を自死に追い込むほど過酷なパワハラ・いじめが、長時間労働を上回るまでに増加している実態が裏付けられているのだ。

なぜ「職場の人間関係」による自死が増えているのか?

 では、いまなぜ「職場の人間関係」による自死が増えているのだろうか。

 この点について、先日発売された坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書) は、膨大な労働相談の事例を基に、こうしたハラスメントの構造を分析している。

 長時間労働の激化に伴って、理不尽な業務命令や指導によるパワハラが増えることはわかりやすいだろう。しかし、著者によれば、それだけではない。ハラスメントが長時間労働などの過酷な職場環境に労働者を従わせる効果をもたらすため、ハラスメントが起きやすく、企業側もあえてそれらを黙認しているというのだ。

 職場のストレスを発散させるためにハラスメントが行われれば、その職場の「不満」の矛先が、経営者から労働者にそらされることになる。また、職場の働き方についていけない、あるいは些細なことでも疑問を差し挟もうとする労働者に対して嫌がらせをすることで、恭順の意を示させたり、職場から淘汰したり、他の労働者の「反面教師」にすることができる。このようにして、ハラスメントを通じて、労働者が経営の論理に従順になるよう「規律化」させているというのだ。

 さらに、経営者や上司だけでなく、同僚が加害者になって、こうしたハラスメントが起きることすら多い。こうして、本来は労働問題の一部であったはずのハラスメントが、ますます単なる「人間関係」の問題に矮小化させられてしまう。こうした「効果」を持つハラスメントを、著者は「経営服従型」のハラスメントと名付けている。

 ハラスメントが労務管理の「一部」になってしまうという事態。すべての企業に完全には当てはまらなくとも、多かれ少なかれ、いじめや人間関係が「空気を読む」といった文脈で職場を緊張させていることは事実ではないだろうか。そして、そうした「空気を読むといった職場関係こそ、日本社会に独特の文化であることは否定できない。

過労自死の「労災申請率」は5年ぶりに1割以下に

 さて、パワハラ・いじめによる自死の増加を述べるなかで、「発生件数」と「認定件数」の乖離について言及した。今回の過労死白書から筆者が指摘したい二つめのポイントは、この論点にかかわってくる。具体的には、過労自死の「労災申請率」の低さである。

 警察庁の自殺者統計によれば、「勤務問題」による自殺者数は、2020年に1918件となっている(ちなみに、「失業」「就職失敗」「生活苦」などの職場に起因しない問題は「経済・生活問題」に分類されている)。労災申請の対象から基本的に外れると考えられる自営業・家族従業者(141件)を除くと、1777件となる。

 一方、厚労省は年度ごとに、精神疾患によって自死(未遂も含む)の労災申請がなされた件数を公表している。2020年度はわずか155件だ。

 この二つの数字を用いて、実際に自死が起きた件数のうち、どれだけが申請にまで至ったかという割合をある程度つかむことができる。もちろん、単純な計算には限界があることには留意が必要だが(「年」と「年度」の違い、労災認定される時期と自死した時期との乖離、後者の件数には自殺「未遂」も含まれることなど)、この申請件数を自殺者数で割った数を、便宜的に「労災申請率」として計算してみよう。

 2020年(年度)の数字は8.7%となる。1割以下だ。過労自死が疑われる事件のうち、9割以上において遺族が労災申請を行なっていないということが言える。

 実は、この低さは必ずしも近年の傾向というわけではない。これまでもこの数字は1割前後で推移していた。2000年代後半には7%すら下回ったこともあった。とはいえ、ここ5年ほどは1割をかろうじて上回っていたところ、2020年(年度)は、2015年(年度)以来に1割を割り込んでしまったのだ。

過労自死の申請が難しい理由とは

 なぜ、9割もの過労自死の遺族が労災申請を行わず、その割合が増えてさえいるのだろうか。まず、遺族が労災の制度を知らないという問題があるだろう。会社も労災の利用を積極的に告げることはないし、わずかばかりの「見舞金」を支払う代わりに、労災申請をしないと遺族に約束をさせようとしてくることすらある。

 また、労働基準監督署の職員が労災申請をあきらめさせるような窓口対応をしているケースも見られる。特にタイムカードのような長時間労働の証拠がなかったり、ハラスメントの証拠がなかったりという場合に「労災を申請しても認定されるのは難しいですよ」と伝えて、申請者の意志を挫いてしまう。さらに、会社が労災の協力をしない場合にも、「まず会社の協力を取り付けてください」と繰り返す職員までいる。本当は会社の協力がなくても申請手続きは始められるのだが、丁寧に説明されないのだ。

 加えて、「働き方改革」や「ハラスメント対策」が進められる中で、長時間残業やハラスメントの証拠が残りにくいようにして、労災が認められないよう「対策」を進める企業も増えている。このことは、申請率の低下の一つの要因としてあげられよう。いずれにせよ、遺族だけでの労災申請は難しい場合が少なくない。

パワハラ・いじめの労災申請のポイント

 過労死・過労自死の申請率を上げるために、どのような対策が必要なのだろうか。残念ながら、企業側に遺族へ労災申請を推奨するよう期待するのは難しいだろう。そこで、まずは、最初の一歩目である労災保険制度の利用についての啓発が必要だろう。

 次に、証拠を集めるなどして労災を認定させるためのサポートが必要になる。そのためには、専門家や支援団体の存在が不可欠である。特に過労自死の原因の一つであるハラスメントについては、事前の証拠集めが非常に重要だ。会社が証拠を隠滅させてしまうケースは非常に多い。労基署に申請する前に、証拠を集めておくことを強く推奨したい。

 まずは、暴言や行為の証拠を集めることだ。もしまだ被害者が自死にまで至っておらず、職場で働き続けている場合は、ぜひ録音をとってほしい。難しければ、メモでも構わない。ただ、これ以上被害を受けることが厳しいという場合は、会社を休むなどして被害を回避する必要がある。

 もし被害者が亡くなってしまった場合は、遺族や同僚らが証拠を集めるしかない。もし業務で使っているパソコンや携帯電話が自宅にあったら、メール、SNSやチャット、カレンダー、電話の送受信記録などは、画面の写真を撮ったり、データそのものを保存するなどしておきたい。特にパソコンなどは、会社側から貸与されているケースが多く、返却要求に素直に応じてしまって後から後悔する遺族も非常に多い。

 同僚らへのヒアリングも大事だ。労災申請後に労基署が行うヒアリングに対しては、会社側が手を回して、長時間労働やハラスメントを否定すべく、社内関係者全員に口裏を合わせていることが非常に多い。労災申請前でもその可能性は否定できないが、会社からの「箝口令」が出される前であれば、遺族から亡くなった家族の生前の様子について聞きたいという連絡があれば、応じて正直に話してくれる同僚や上司もいる。

 しかし、このような方法があるとはいえ、具体的にどのように証拠を集めるかは、遺族だけでは考えることは困難だろう。ぜひ、早めに過労死・過労自死の専門家に相談してみてほしい。

 こうした支援活動のため、NPO法人POSSEでは、「過労死遺族の労災補償をサポートしたい!」と題したクラウドファンディングを11月末から実施している。インターネットを中心とした、過労死・過労自死に対するオンラインでの啓発活動や労働相談の拡充を目的としている。過労死・過労自死遺族の支援に関心のある方は、ぜひ支援してみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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