「借金の帳消し」はなぜ現実になったのか? 日本とアメリカの奨学金問題を探る

(写真:ideyuu1244/イメージマート)

 4月に入り奨学金を借り始めた学生、または、返済をし始めた社会人も多いことだろう。奨学金を借りたり、返済をはじめた社会人は多くの不安を抱えている。

 というのも、日本の「奨学金」のほぼすべてを占めている日本学生支援機構の「奨学金」は、教育ローンであり「借金」だからだ。確かに2018年度から「給付型奨学金」が発足したが、その給付対象者は低所得者層のみが対象で、人数も2万人と全学生の3%にも満たない限定的なものとなっている。

参考:「給付型奨学金」の利用方法と注意点

参考:奨学金の返済に困ったらどうすればいいのか?

 日本の「奨学金」=「借金」というイメージはここ数年で以前よりも定着し、その問題点も知られるようになった。それでも、学生全体の約4割が奨学金を借りて進学している。この背景には、親の賃金低下に伴う家計状況の悪化による仕送りの減少と学費の高騰がある。

参考:奨学金は借りるべきか? 知っておくべき「保証人」のリスクと対処法

 しかも、その多くが有利子の奨学金を借りているのだ。学ぶ意欲がある学生をサポートするための「奨学金」にもかかわらず有利子であるがゆえに、雪だるま式に返済額が増え、最悪の場合、家族を巻き込んだ自己破産の連鎖へと繋がることもある(なお、直近では奨学金の利用は減少しており、進学を断念する学生の増加が懸念される)。

 学費の高騰や教育ローンの返済は、海外でも問題化しており、特にアメリカが深刻だ。実は、バイデン政権の国内政策の重大な論点ともなっているのだ。

 本記事では日本の奨学金問題を解説しつつ、アメリカのローン「帳消し」政策について紹介していきたい。

日本学生支援機構による過酷な取り立て

 私が代表を務めるNPO法人POSSEには、「奨学金」返済の相談が数多く寄せられている。そのほとんどが、返済する意思があるにもかかわらず、そのためのお金がない人からの相談だ。

 具体的には、学校を卒業後「ブラック企業」に入ってしまったり、そもそも就職難で安定した仕事に就けず非正規で働いているためお金がないというものだ。つまり、日本の労働市場の劣悪さが、「奨学金」を抱えた若者をより苦しめているのだ。

 しかし、「奨学金」という言葉に対する穏当なイメージとは違い、返すことができない場合の、日本学生支援機構による取り立ては厳しく、法的処理の実施状況は下記の通りだ。

出典:独立行政法人日本学生支援機構「業務に関する情報」(各年度版)
出典:独立行政法人日本学生支援機構「業務に関する情報」(各年度版)

出典:独立行政法人日本学生支援機構出典:独立行政法人日本学生支援機構「業務に関する情報」(各年度版)「業務に関する情報」(各年度版)

 特に、給料や財産などを差し押さえる「強制執行」の実施件数は、2008年度の13件から2015年度には498件へと増加している。その後はピーク時より減少したとはいえ、毎年300件以上も「奨学金」を利用した人々に対して「強制執行」が行われているのだ。

 さらに、「奨学金」に関する自己破産件数は2016年度までの5年間で延べ1万5338人にも上る。

参考:奨学金破産、過去5年で延べ1万5千人 親子連鎖広がる(朝日新聞)

 このような自己破産件数について、日本学生支援機構はホームページで「奨学金返還者における自己破産の割合は、日本全体における自己破産の発生割合とほぼ同水準であり、特別高いわけではありません」と述べている。

参考:奨学金返還者の自己破産に関する報道について

 しかし、そもそも「奨学金」とは学びたい学生のための支援策である。それにもかかわらず、日本全体における自己破産の発生割合とほぼ同水準でよいのだろうか。

アメリカの教育ローン債務帳消し運動

 冒頭で述べたように、海外では教育ローンに対し積極的な政策が議論されている。その背景には、借金の帳消しを求める当事者たちの運動がある。

 例えば、アメリカでは教育ローンは住宅ローンの総額に次いで二番目に大きな借金であり年々増加傾向だ。その総額は、1.7兆ドルを超え、約4,500万人が債務者である。このような状況に対して闘っているのが The Debt Collective という運動だ。

 この運動には、2008年のリーマンショックを契機に、2011年に起こったOccupy Wall Street運動に関わった人々も多く関わっている。教育ローンの債務に苦しむ多くの当事者がこの運動に参加し、教育ローンの債務帳消しと高等教育の無償化を求めて債務ストライキ(=返済拒否運動)を展開している。

 このような草の根の運動の力を受けて、2020年民主党予備選挙では、サンダース氏とワォーレン氏が教育ローンの債務帳消しと高等教育無償化を政策として掲げた。

 そして、サンダース氏が指名争いから撤退を表明し、バイデン氏が大統領選で民主党候補指名が確実になると、彼はトランプ氏との闘いに備え、サンダース支持層(多くは若者たち)を取り込むために、大統領に選出されたら、教育ローン債務のうち、一人当たり少なくとも1万ドル(約100万円)を帳消しにすると発表した。

 そして、2020年6月、バイデン氏は出演したテレビ番組で教育ローン問題について次のように述べた。

「教育ローンの返済が免除される人を増やさなくてはならないと考えている。大学に無償で進学できるチャンスを増やす必要があると思う。無償化だ」

 「返済拒否」の運動が政治を動かし、むしろ借金自体が減額される。これほどの動きを引き起こしたのは、そもそも高騰する学費と教育ローンがあまりにも若者に過酷な現実を作り出しており、「不正義だ」と社会が認知したからだろう(この点は後述)。

 しかし、この積極的な姿勢は、大統領に就任後変わってしまう。

 それが明らかになったのは、2021年2月のCNNでの討論会だった。バイデン氏は、同政権が提案した教育ローンの1万ドル「帳消し」の案を拡張し5万ドルまで拡張することはあるかと問われ、彼は「それはない」と答えたのだ。

 選挙期間中、あれだけ、教育ローンの問題を訴え、学生に寄り添う姿勢を見せたバイデン氏は、就任すると、消極的になったわけだ。

教育ローン問題は、社会正義の問題だ!

 奨学金ローンの当事者たちが、声をあげたのは、単に「借金が返せなくて苦しい」という個人的なレベルの話ではない。彼らは、「社会正義」のために教育ローンの帳消しを求めている。

 まず、人種間における差だ。白人よりも黒人の方が教育ローンを借りている人が多い。それは、黒人の親の所得が低いため、高等教育を受けるために黒人はより多くの教育ローンを借りる必要があるのだ。そして、卒業後、返済に困っているのも白人よりも黒人の方が多い。それは、黒人の方が低賃金で不安定な職種につかざるを得ないからだ。

 また、性別間の差も大きい。実は、男性よりも女性の方が教育ローンを借りている人が多いのだ。労働市場にて女性が男性並みの賃金を得るには、より高い学歴が必要となる。同じ学歴では、女性よりも男性の方が優遇される傾向にあるというのだ。その結果、高等教育における進学率は男性よりも女性の方が多く、それに伴い、女性の方が教育ローンに苦しんでいるとの指摘がされている。

 そして、人種差別と性差別の両方に大きく影響を受ける黒人女性が、様々なグループの中で最も多くの教育ローンを借りているという。このように、教育ローン問題は、性差別や人種差別とも関係しており、「社会正義」の問題なのである。

 先ほども述べたように、バイデン大統領は就任とともに政策を後退させようとしている。そこでThe Debt Collectiveは、BIDEN JUBILEE 100(=バイデン大統領就任100日記念祭)というストライキを組織している。バイデン大統領が教育ローンの全額帳消しにするまで教育ローンの返済を拒否するというものだ。

 日本においても、奨学金は格差を固定化させており「社会正義」の問題として理解され始めている。アメリカの今後の動きは日本社会にとっても大きく参考になるものだろう。

「脱商品化」を目指す世界

 最後に、今回紹介したアメリカのThe Debt Collectiveによる社会運動がなぜこれほど影響を与えたのかを考えておきたい。

 もっとも重要な点は、この取り組みが、単に「借金」を帳消しにするのではないということだ。借金の帳消しは、高等教育無償化とセットで要求されており、その目的は「教育の脱商品化」に置かれている。この点が非常に重要だ。

 教育にお金がかからないのであれば、そもそも「借金」をする必要はない。アメリカの運動が求めているのは、全ての人に開かれた普遍的権利としての教育なのである。

 また、彼らが重視するのが組織化である。The Debt CollectiveのHPでは、自分たちのことを「Debtor’s Union」(=債務者ユニオン)と呼び、労働者たちが労働条件のためにユニオンに集まり闘うように、債務者たちが集まり、集団的な力を行使して、債務帳消しと無償化のために、一緒に闘おうと呼びかけている。

 今日の日本でも、「奨学金」返済のために非正規や「ブラック企業」の労働に耐えている労働者は多い。しかし、そのために身体を壊したり、結局は生活が破綻してしまうことも後を絶たない。奨学金返済のために結婚や出産をあきらめていることもまったく珍しくはない。

 「奨学金」問題とは、社会問題であり、個人で解決することは難しい。その解決のためには、日本でも、集団的・運動的な取り組みが重要になってくるのではないだろうか。

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