「見えない失業」146万人! シフトを悪用した「脱法」の実態とは?
「見えない失業」がますます深刻な社会問題になっている。
「見えない失業」とは、統計上「失業」として現れないものの、実質的に失業に近い状態にあることを表し、「実質的失業」や「隠れ休業」とも呼ばれている。
実質的に失業に近いというのは、雇用関係は維持されているものの、ほとんど仕事をさせてもらえず、収入が激減しているような状態だ。契約上の労働時間や勤務日数が曖昧なシフト制勤務の非正規労働者がこうした「実質的失業」状態に陥りやすい。
私たちのもとに寄せられた相談事例を紹介しよう。
このように、シフト制勤務の場合、いとも簡単に労働時間を削減されてしまい、家計に大きな影響が出てしまう。それにもかかわらず、このような状態は、統計上、「失業者」にも「休業者」にもカウントされず、課題として認識されにくい。
2月時点でパート・アルバイトの「実質的失業者」は、女性 103 万人、男性 43 万人
このような「見えない失業」の実態を浮かび上がらせたのが、野村総合研究所によるアンケート調査だ。この調査は、今年2月8日から2月12日の間に、全国20〜59歳のパート・アルバイト就業者64,943人を対象に実施された。昨年12月に引き続いて行われた「最新」のデータだ。
3月1日に公表された調査結果によれば、パート・アルバイト女性のうち約3割(29.0%)が「コロナ以前と比べてシフトが減少している」と回答し、そのうち「シフトが5割以上減少している」人の割合は45.2%(パート・アルバイト女性の13.1%) である。
そして、新型コロナの影響によりシフトが減少しているパート・アルバイト女性のうち、7割強(74.7%)が「休業手当を受け取っていない」と回答しているという。
こうした状況は、パート・アルバイト男性の場合もほとんど変わらない。「コロナ以前と比べてシフトが減少している」は33.9%、そのうち「シフトが5割以上減少している」人の割合は48.5%(パート・アルバイト男性の16.5%)。シフトが減少しているパート・アルバイト男性のうち、「休業手当を受け取っていない」と回答したのは約8割(79.0%)だ。
パート・アルバイトのうち、「シフトが5割以上減少」かつ「休業手当を受け取っていない」人を「実質的失業者」と定義すると、2021年2月時点で、全国の「実質的失業者」は、女性で103.1万人、男性で43.4万人にのぼるものと推計される。
昨年12月時点の調査では、「実質的失業者」となっているパート・アルバイト女性の推計数は90.0万人であったから、約2か月の間に1割強、「実質的失業者」が増加したということになる。
参考:「野村総合研究所、パート・アルバイトの中で「実質的失業者」は、女性で103万人、男性で43万人と推計」
なお、この調査はパート・アルバイトだけを対象としているが、他の雇用形態でも「実質的失業」の状態にある者は相当数存在すると思われ、実際の「実質的失業者」はさらに多いものと推測される。
「完全失業者」197万人、「休業者」244万人に匹敵する規模の「実質的失業」が存在しているのだ。現在、女性の完全失業率は2.6%だが、実質的失業者も含めると6%まで上がる。(データはいずれも労働力調査(基本集計)2021年1月分)
政策が機能しなかったことが露呈
冒頭で述べたとおり、こうした「実質的失業者」は既存の統計調査では補足できないものである。それゆえ、独自の調査によって大幅なシフトの削減に苦しんでいる労働者が多いこと、そして、その状況が改善されるどころかさらに悪化していることを明らかにしたことの意義は大きい。
状況が改善されないことについて、「国は何をやっているんだ」と思う方もいるかもしれないが、実は、政府はこの間相当な対策を講じている。
まず、企業が支払った休業手当を補填する雇用調整助成金について、緊急事態宣言下においては一定の場合に大企業に対する助成率が最大100%になるよう、特例措置をさらに拡充している。
参考:厚生労働省パンフレット「緊急事態宣言等対応特例について」
そして、シフト制で働く非正規労働者にも政策効果が及ぶように、いわゆる短時間休業の場合にも雇用調整助成金の対象になることや、シフト制の場合にも直近月のシフト等に基づいて同助成金の申請ができることをアピールし、活用の促進を図っている。
参考:厚生労働省パンフレット「雇用調整助成金は短時間休業にもご活用いただけます!!」
こうした対応がなされたにもかかわらず、その効果がほとんど出ていないことが、上記の調査結果から明らかになってしまった。利用できるにもかかわらず、自社の労働者を守るための制度を活用しない企業に対しては批判の声も強まっている。
参考:「助成金使って! 厚労省が「悲壮」な訴えも、大企業は「黙殺」」
なぜ「シフト制」が問題になっているのか
「見えない失業」問題が深刻化している背景には、「シフト制」に関する法的問題がある。
会社に責任のある理由で労働者を休業させた場合、会社は、労働者の最低限の生活の保障を図るため、少なくとも平均賃金の6割以上の休業手当を支払わなければならない(労働基準法26条)。
非正規雇用であっても、労働契約書や労働条件通知書に週当たりの勤務日数や労働時間が定められているような場合には「休業」に当たることが明白であるため、休業手当の支払いを求めることができる。
一方で、シフト制のように、週当たりの労働時間が明確でない場合に休業手当の支払義務が生じるか否かについては、法律上、明確な決まりがない。シフトが確定した後に一方的にキャンセルされた場合には当然に「休業」に当たると考えられるが、シフトが決まる前の場合に休業手当の支払義務が生じるか否かは不明確だ。
実際、雇用調整助成金を利用できるにもかかわらず、シフトが確定していない期間については「休業」に当たらないとして休業手当の支払いを拒む企業は多い。このことが、コロナの影響を強く受けていながら補償を受けることができない「実質的失業者」が大規模に発生してしまった要因である。
「シフト制」への法的規制の強化を
労働基準法では、企業は労働者と労働契約を締結する際に、労働条件を明示した書面を交付しなければならないと定めている。どのくらいの時間働くのかというのは、労働条件のなかでも重要な事項であり、「シフト制」の場合であっても、可能な限り具体的に明示すべきだと考えられる。
しかし、実態としては、労働条件通知書には単に「シフト制による」などとだけ書かれ、企業の都合に合わせて一方的にシフトを変動させられることが少なくない。法的な規制が機能していない現実があるのだ。
首都圏青年ユニオンの栗原耕平さんは、支払い能力があるにもかかわらず休業手当を支払おうとしない企業の多くは、「柔軟なコスト調整」手段としてのシフト制労働に固執しているがゆえに、休業手当の支払いを頑なに拒んでいると指摘している。
参考:「なぜ大企業は非正規労働者への休業手当支払いを拒否するのか?」
シフト制は労働者に対する嫌がらせやハラスメントの手段となることもある。「シフト表を見たら、突然、自分だけがシフトから外されていて精神的なショックを受けた」という労働相談は少なくない。
このようなことが許されないよう、企業側に一方的に有利な運用がなされているシフト制について、法的規制を強化する必要がある。
例えば、会社に責任のある休業の際は、シフト制の場合であっても、労働契約の内容や過去の勤務実績に基づき休業手当を支払う義務があることを明確化すべきだ。あるいは、労働契約締結時に標準となる労働時間や最低限保障される労働時間を明記することを義務付けるというのも有効だ。
実は、シフト制についてはコロナ以前から問題視されており、特に若い世代が「シフトカット」の被害を受けることが多かった。そうした実態があるにもかかわらず、対策が講じられないままになっていたがために、今回、大問題を生み出すことになってしまった。
コロナ禍は、社会保障や医療体制をはじめ、私たちの社会の様々なあり方に課題があることを浮き彫りにした。今後、私たちが生きやすい社会を構築していくために、浮かび上がった課題に対して改善を図っていくことが重要だ。シフト制の問題はその一つであり、こうした法制度の改革こそ、国会で真剣に議論されるべきである。
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