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「雇用シェア」のリスクとは? 「時給制」や「派遣」に転換される事例も

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 コロナ禍の雇用維持策として注目されている「雇用シェア」。「従業員シェア」とも呼ばれ、新型コロナの感染拡大により、需要の減少した飲食や航空関係等の業種から、スーパーや農業など、人手不足の業界に労働者を出向させ、雇用を維持する仕組みである。

 コロナの影響が長引くなか、労働者を失業させることなく「雇用を守る」という点では、一見、労働者・企業の双方にメリットがある策のように見える。だが、雇用シェアに関する労働相談では、「労働条件が下がるのではないか」、「全く関係のない仕事をすることになりそう」など、不安の声も寄せられている。

 こうした不安の背景には、雇用シェアにおいて用いられることの多い「出向」という法制度が関係している。以前にも指摘した通り、出向においては、その労働者の使用者責任が曖昧になりやすい。また、全く異なる業種で働くことになる場合、そのこと自体に不安を感じる労働者も多いだろう。

参考:「従業員シェアリング」は美談なのか? 「解雇」や「賃下げ」に利用されるリスクも

 本記事では、「雇用シェア」で想定されるトラブルや、会社から「雇用シェア」を提案された場合に気を付けるべき点について解説していきたい。

「雇用シェア」促進に56億円

 現在、コロナの影響で休業や事業の縮小を余儀なくされ、労働者を休ませる場合には、雇用調整助成金(以下、雇調金)の利用を通じて雇用を維持することが一般的である。他方、労働者を休ませるのではなく、別会社で働かせるかたちで雇用を維持するのが、「雇用シェア」だ。

 この場合、在籍型出向というかたちが採られることが多く、もともと所属していた企業(出向元)と雇用契約を結んだまま、新たに就労する企業(出向先)とも雇用契約を結ぶ。出向元としては、状況が回復した際に労働者を呼び戻し、すぐに働いてもらうことができ、出向先としては、現行の人手不足を解消するメリットがあると言われている。

 国としても、この在籍型出向を活用した雇用維持を促進するべく、1月28日に成立した2020年度第三次補正予算では、56億円の予算を計上した。雇調金を利用した雇用維持の予算である1兆4679億円には遠く及ばないものの、出向元・出向先それぞれにたいする新たな助成金が創設される。

 この産業雇用安定助成金(仮称)では、労働者を出向させた際の賃金や教育訓練等の費用の一部が助成される。上限額は1日あたり1万2000円で、雇調金の1万5000円よりは低いが、5月以降はこれを上回るように設定し、徐々に休業支援よりも手厚くしていくとも報道されている。

参考:厚生労働省「産業雇用安定助成金(仮称)のご案内」

空港勤務から店舗販売やコールセンターへ

 ここで、「雇用シェア」の具体例を見ておこう。日経新聞によれば、家電量販店のノジマは、航空会社やホテルから最大600人の労働者を受け入れるという。その際の条件は次の通りである。

 「JALからの出向の場合、会社側の指示に同意した空港勤務の職員が対象だ。月の給与は手当を含めて全額を保証する。原資はノジマと出向元の両方で分担する。ノジマの支払い分で足りなければJALが差額を補填する。契約期間は半年から1年を想定している」(日本経済新聞2020年11月30日「従業員シェアで雇用維持 ノジマやイオンが受け入れ」

 ここで重要であるのは、(1)労働者の同意、(2)給与、(3)契約期間である。記事にあるように、会社からの出向命令に同意した労働者が「雇用シェア」の対象となる点は重要だ。

 この事例では、空港に勤務していた労働者が、「約1週間の研修を経てノジマの販売部門やコールセンターの業務に従事する」とあり、仕事内容が大きく変わる可能性が高い。不慣れな仕事・職場への出向は、それ自体、労働者に大きな精神的・肉体的負荷をかけることになる。そのため、企業は安易に出向を命じることはできず、必ず個別に同意を得る必要があるのだ。

 また、出向によって以前よりも給与が下がってしまうのであれば、労働者にとっては大きな不利益となる。出向にあたっては、出向先が賃金を支払うことが一般的であるが、不足する場合には、出向を命じた出向元も負担するべきであろう。先にみたように、出向する労働者の賃金については、新たな助成金が創設されていることから、企業はこれを活用し、労働者に不都合がないように配慮すべきである。

 そして、出向期間がいつまでかという点は、もっとも重要である。「コロナ禍が収束するまで」など曖昧にせず、出向期間および(出向元に)復帰する際の条件を、あらかじめ明確に定めておく必要がある。

「雇用シェア」で正社員から派遣社員に!?

 しかしながら、NPO法人POSSEに寄せられた労働相談事例では、「雇用シェア」によって労働者に不利益が生じる可能性が高いものが散見される。

 ある宿泊業で正社員として働く女性は、休業中の会社から「雇用シェア」を通じて、雇用を守り、業績回復を目指すと説明されたという。だが、その際の条件に納得できず、相談にいたった。その条件とは、「時給制に変更する」こと、そして「出向期間が設定されていない」ことであった。この女性は、現在、月給制で働いており、時給制に変わること、そしてそれがいつまで続くかわからないことに不安を感じたのだ。

 また、同じく宿泊業で働く別の正社員の女性も、コロナで売り上げが落ちたことを理由に、飲食や不動産の仕事をするよう言われたという。だがここで問題なのは、会社から「派遣」として別会社に行くよう指示されている点だ。

 この場合、これまで見てきた出向ではないかたちで「雇用シェア」を実施しようとしている可能性が高い。そもそもこの会社が労働者を派遣することのできる労働者供給事業を展開しているのか定かではなく、この女性との契約関係がどうなるのかという点も不明である。

 このように、実際の職場では、出向後の労働条件や雇用形態すら明らかにされない状態で、「雇用シェア」が実施される場合もあり、新たな労働問題の火種になることが強く懸念される。

「雇用シェア」を求められたらどう対応すべきか?

 長引くコロナ禍において、休業支援よりも今後利用が期待される「雇用シェア」だが、上記のように、多くのトラブルが発生することが懸念される。もし会社から出向を命じられた場合は、どう対応すべきだろうか。

 まず、出向先の労働条件(賃金、業務内容、労働時間、場所など)や出向期間について、十分な説明を求めるべきであろう。それらを確認したうえで、納得できない場合は安易に同意してはいけない(会社から「雇用シェア」の申し出があり、条件等に不安があるという方は、ぜひ末尾の相談窓口を利用してほしい)。

 次に、就労までのプロセスについても十分な説明をもとめるべきだ。現在進められている「雇用シェア」では、仕事内容が大幅に変更することも多いようだ。だが、本来そうした職種の転換にあたっては、職業訓練が必要となる。そうしたプロセスがはっきりしないまま見切り発車でおこなわれる場合には、労働問題を引き起こしやすい。

 一方で、国の役割についても改めて考えておく必要がある。そもそも、こうした「雇用シェア」というかたちを採らずとも、失業時の生活保障が十分に確保され、その間に転職にあたっての職業訓練を受けることができるのであれば、その方が望ましいとも考えられる。「雇用シェア」は、現行の失業保障の不備を補完するような役割を果たしているともいえるだろう。

 コロナ禍において、労働者への休業補償を始めたとした雇用維持が重要であることに違いないが、在籍型出向を通じた「雇用シェア」は、労働者にとって不利益となる要素が大きい。仮に適切に運用されたとしても、職種の変更など、労働者には少なからず負担がかかる。「雇用を守る」ためとはいえ、この点が軽視されてはならないはずだ。

 たんに人手不足の業種に人を移動させるかたちで雇用を維持するだけでなく、現行の失業保障の見直しや職業訓練の拡充についても議論していく必要があるだろう。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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