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テレワークの「導入」を会社にどう求めればいい? 実際の成功事例から学ぶ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:Anmitsu_hime01/イメージマート)

 テレワークにおける非正規差別の問題が引き続き大きな問題になっている。Twitter上では「#テレワーク差別に抗議します」のハッシュタグでテレワークの差別を受けた非正規労働者たちが怒りのツイートを繰り返し、NPO法人POSSEと総合サポートユニオンのもとには、この3日ほどの間にテレワークに関する相談がおよそ60件も寄せられている。

 医療崩壊も始まっているから、テレワークの差別は「命の危険」に直結する問題だと感じている労働者も多いだろう。また、一部の労働者や、非正規に対しテレワークの適用を差別することは、違法にあたる可能性もある(詳しくは下記の記事を参照)。

参考:「テレワークを求めたからクビ」 緊急事態の差別に“怒り”の声

参考:派遣は「出勤者7割」にカウントされない? 正社員の分まで働かされる理不尽さ

 しかし、テレワーク差別にあった労働者が実際に差別に対して声をあげることは、大変な勇気がいることだ。契約を切られてしまうのではないか、仕事の紹介を受けられなくなってしまうのではないか、という不安が大きいからだ。

 そこで本記事では、非正規労働者が実際にユニオンに加盟し、テレワークやコロナ対策を会社にさせた事例を紹介したいと思う。この記事が、1人でも多くの労働者が労働法上の権利を行使し、テレワークを求める一助になることを願っている。

たった一人の学生アルバイトの問題提起でテレワークを実現

 一つ目の事例は「英才個別学院」という個別指導塾の事例だ(この事例の経過については下記の記事に詳しい)。

参考:「海外では当たり前ですよ」 若者が個別指導塾で団体交渉、ストライキも

 この個別指導塾は、緊急事態宣言を受け、昨年5月初旬からZoomを用いて授業を行うことになった。しかし、講師は教室に出勤し、教室からオンラインで授業をおこなうよう命じられた。講師が書く報告書がデジタル化されておらず出勤して書く必要があること、教材を教室の外に持ち出すことは禁止であることの2つが出勤命令の理由とされた。

 ところが、労働者にとってこれは納得のいかない理由だった。報告書は簡単にオンラインでできるものだし、持ち出し禁止の教材は学生がすでに校外に持ち出しているものだからだったからだ。さらに、緊急事態宣言直後の休校の期間の休業補償は無しとされていたことも不満を増幅した。

 そこで、学生アルバイトの山田さん(仮名)はブラックバイトユニオンに加盟し、5月20日、休業補償に加え、在宅勤務と安全対策を求めて会社に申し入れた。

 すると数日後、会社は改善に動き出すことになる。マスクの配布や消毒液の配備に加え、希望者には在宅勤務を許可するというメッセージが講師のLineグループに流されたのである。講師が出勤してやるよう命じられていた報告書もデジタル化し、必要ならばタブレットなどの機器も貸し出すとした。

 こうして、たった一人のアルバイトの行動により、テレワークが実現した。

KDDIの事例

 もう1つ紹介したいのは、KDDIエボルバのコールセンターで働く契約社員(30代・女性)の事例だ。

 昨年4月の緊急事態宣言の際には、職場の”3密”が大きな問題となった。その際、とりわけ注目されたのがコールセンターの”3密”だ。1フロアに100人を超えるオペレーターが密集して勤務し、発声するため、各地でクラスターを発生させた。

 コールセンター大手のKDDIエボルバも例外ではなかった。高層階のため窓を開けての換気が不可能な環境の下、1フロアに100人近いオペレーターが密集し、オペレーター間の距離は1メートルほどしかなかった。向かいのオペレーターとの間に仕切りはなく、マスク着用やアルコール消毒は義務化されず、さらにヘッドセットは共有となっていたという。

 女性は、個人的に会社に対して改善を訴えたが、対応してもらえなかったため、個人加盟の労働組合・総合サポートユニオンに加入して、 「労使交渉」で“3密職場“の改善を訴えた。

 すると、すぐに多くの改善策が会社から提示されたという。具体的には、出勤者数を半減させて、オペレーター間の距離を2メートル以上確保し、席を仕切るアクリル板の衝立を設けて飛沫感染を防ぐ措置を講じた。

 また、会社は従業員にマスクを配布して着用を義務化したり、公共交通機関の利用を避けるために車やバイク・自転車の通勤を一時的に許可したりもしたという。

 このように、昨春の緊急事態宣言の際に大きな問題となったコールセンターの”3密”は、KDDIエボルバでも、労働組合で改善要求を訴えた一人の契約社員の行動によって大きく改善したのだ。

コロナ対策をさせた大手通信会社の派遣社員の時で

 さらに、大手通信会社に派遣されていたIT技術者の20代の男性の事例を紹介しよう。彼はIT派遣会社に勤務し、大手通信会社に派遣されていた。しかし、勤務場所の部屋は密室で、構造上の都合で窓を開けることができず、労働者同士の距離も近いうえ、マスクを外して近くで会話することも頻繁に行われていた。

 このままではコロナに感染すると考えた彼は、派遣会社と派遣先の上司に改善を求めたが、改善される様子はなかった。派遣会社は立場が弱いため、派遣先に強く迫れないようだった。

 そこで彼は総合サポートユニオンに相談し、感染対策を求めて派遣先に団体交渉を申し入れた。職場の安全配慮義務の責任は、派遣先にあるからだ。すると、申し入れ直後に派遣先は彼の勤務場所を会社の建物の別の広い換気のできる部屋に移動させ、労働者間の距離もかなり離すことのできる空間で業務をできるように配慮した。マスク着用も徹底された。

なぜ会社がすぐに動いたか

 三つの「成功事例」を見てきたが、なぜこれほどスムーズに問題が解決したのだろうか。その背景には、労働法で認められた特別な「権利」の存在がある。それは、労働組合に認められた「労働三権」(団結権、団体交渉間、争議権)である。

 中でも決め手となるのは、争議権。これは非常に特殊な権利だ。争議権は、組合が自らの要求を通すために、会社に対して一定の圧力をかけることを労働者に認めている。

 例えば、会社が組合の要求にもかかわらず、テレワークを認めない場合、組合は記者会見を開いたり、SNSを使ったりして、社会的に会社を批判することができる。通常の個人で同じようなことをやれば、名誉毀損に問われる可能性もあるが、組合は要求実現のための「正当な行為」としてこれをすることができる。

 またより直接的なストライキという手段もある。ストライキとは会社の業務命令にもかかわらず働くことを拒否することである。働かなければ損害が会社には生じるが、組合の正当な行為の場合、会社は損害賠償を請求できないのだ。つまり会社は組合の要求を断れば、自らも痛手を受けることになるのだ。

 そして何よりも、コロナ禍でテレワークを求める労働者・労働組合の側には社会的な正当性がある。テレワークを求める抗議やストライキは多くの一般市民に支持されるだろう。逆にいえば、不合理なテレワークの拒否は、会社の社会的な信用の失墜につながってしまうことになるのだ。

 このような背景があるからこそ、会社は組合の要求を受け入れたと考えることができる。

労働組合の権利行使が差別をなくす

 労働組合使って会社に改善を申し入れることで雇用を打ち切られる心配がある人も多いかもしれない。しかし、実際には組合に入ることで、逆に雇用が継続される事例が多くある。

 組合に入った直後に会社がその人を雇い止めにすれば、法的には団結権の侵害と判断されかねない。また、仮に会社が雇い止めにしたとき、組合は黙ってはいない。声を大にして、会社の雇い止めが不当な権利侵害と宣伝する。そのことが社会的にも明るみになれば、その会社は「ブラック企業」だとして流されて批判されることになる。だから会社が組合に入って改善を求める労働者を丁寧に扱うようになる事例は非常に多い。

 このことは、そもそもなぜ非正規の労働者が差別されるのか、という本質的な問題ともかかわっている。非正規雇用の多くは社内の労働組合に組織されておらず、組織されていたとしてもないがしろにされがちである。そのため立場が弱く、会社の違法行為や差別がまかり通ってしまいがちになっている。

 社外の労働組合への加入は、この状況を変えることができる。不安定な雇用を克服するのも労働組合の力なら可能なのである。なお、労働組合法では、社内の労組と社外の労組を差別しておらず、社外労組でも社内労組と同等の権利が保障される。

テレワーク差別にあっている人は専門機関に相談を

 テレワークについて差別を受けている方はぜひ専門機関に連絡してもらいたい。専門機関の相談員の人たちは、この記事よりも詳しく、あなたに合わせてテレワークの実施のために何ができるのか、どのように物事が進んでいくのか、説明してくれるはずだ。

 特に、下記の窓口は緊急事態宣言に対応し、急遽設けられている。相談はいずれも無料で、秘密も厳守であるから、まずは話を聞いてみてもらいたい。

オンラインイベントの紹介

 今週末には下記のオンラインイベントで弁護士や労働問題の専門家がテレワーク問題と労働法について解説する。イベントも予定されている。こちらもぜひご参加いただきたい。

「私たちは #テレワーク差別に抗議します 〜 非正規差別に立ち向かう方法を考える 〜」

日時:1月16日(土)14時〜16時

主催:総合サポートユニオン

講師:市橋耕太(弁護士)、今野晴貴(NPO法人POSSE)、竹信三恵子(ジャーナリスト)

参加方法:ZOOM(オンライン)

参加費:無料

対象:「#テレワーク差別に抗議します」に賛同いただける方、非正規差別・テレワーク差別に立ち向かう方法を知りたい方

セミナーの詳細や参加申し込みは、下記のURLを参照のこと。

常設の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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