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コロナで外国人技能実習生への違法行為が深刻化 国の支援機関も「加担」の現実

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
画像はイメージです。(写真:アフロ)

 群馬県内の農業法人で働くスリランカ人技能実習生の女性(以下、Aさん)が、実習先で日常的に暴力や暴言の被害に遭っていたことが、10月16日、彼女を支援する労働組合「総合サポートユニオン」 の群馬県庁内の記者クラブでの記者会見によって明らかになった。

 会見の場では、農業法人の社長の息子がAさんらスリランカ人実習生を「スリランカに帰れ!」「いらねえよ、てめえなんか!」などと長時間にわたり大声で怒鳴りつける音声テープが流された。雇用主の日本人男性が、実習生のスリランカ人女性を一方的に罵倒し、実習生が「やめて!」と恐怖のあまり泣き叫ぶやり取りには、会見の場に居合わせた誰しもが息を呑んだという。

 Aさんの勇気ある告発により、群馬県内の報道機関を通じて、人権侵害の事実が明るみに出た。これにより、実習先を監理・指導すべき立場にある監理団体や外国人技能実習機構(OTIT)によって、すぐに保護されて別の安全な実習先を紹介されるものと期待された。

参考:スリランカの技能実習生が前橋の農業法人告発 日常的に暴言や暴力(上毛新聞)

 だが、事態は予想外に推移する。Aさんの監理団体は、暴力・暴言の被害に遭った実習先でそのまま働くよう説得するために、アパートを突然訪問し、本人の意に反してAさんを「連行」するという 異常な行動に出たのである。

 本記事では、Aさんが勤務先の農業法人を告発するに至った経緯や、その後にAさんが監理団体から受けた違法な人権侵害の実態、本件への外国人技能実習機構の対応についてみていくことで、技能実習制度そのものに内在する問題点を浮き彫りにしていきたい。

実習先の農業法人で受けた人権侵害の数々

 スリランカ人技能実習生の女性Aさんが来日したのは、2019年1月のことだ。母国に病気がちの夫と子ども二人を残してきており、「出稼ぎ」労働者としての役割を期待されているという。Aさんに限らず、こうした背景をもつ技能実習生は非常に多い。

 Aさんの実習先=雇用主は、群馬県内にある家族経営の農業法人で、小松菜やキュウリの栽培をしている。Aさんに暴力・暴言等の加害行為をしていたのは、この法人の社長の息子(彼が実習の法律上の「責任者」である)だ。

 来日当初は、深刻な人手不足のために、Aさんら実習生は長時間働くことを求められ、2ヶ月以上の連続勤務や過労死ラインを超える月100時間近い残業を強いられることもあったという。

 ところが、今年4月以降は、コロナで職を失うなどした日本人労働者が多数採用されたことで、仕事量に対して人手が過剰な状態が生まれた。以前から社長の息子によるパワハラはあったものの、この頃からエスカレートしたという。Aさんら実習生は「要らない」「帰っていいよ」などと日常的に言われ、仕事中に気に入らないことがあると蹴ったり叩かれたりするようになった。

 人手が不足しがちな農業の貴重な担い手として連れてこられた実習生が、コロナの影響で日本人労働者を採用できるようになると、今度は邪魔者扱いされる現実。外国人技能実習生は、結局「雇用の調整弁」に過ぎなかったのである。

 そして、今年7月には、冒頭で紹介したとおり、社長の息子が技能実習生3人の住むアパート(会社の寮)に押しかけて、「スリランカに帰れ!」「いらねえよ、てめえなんか!」などと10分以上にわたって実習生を怒鳴りつける事件が発生した。

 キッカケは実習生たちが、自分たち3人の休みの日を合わせてほしいとお願いしたことのようだが、こんなささやかなお願いに激昂するのは異様である。また、女性3人の住むアパートに使用者の男性が勝手に上がり込むことも、許される行為ではない。

 別の日には、社長の息子が突然アパートに押しかけ、Aさんらにご飯を作らせたり酒をつがせたりした挙句に、そのまま酔いつぶれてアパートで寝るなどの行為に及んだこともあるという。これらは重大な人権侵害行為である。

 さらに、今年9月には、社長の息子が勤務中に怒り出し、Aさんに「クビ」と言って帰らせ、監理団体を通じて、翌日以降の出勤を禁じる旨を伝えて、事実上Aさんを解雇してしまった。

労働組合で不当解雇を撤回

 Aさんはその後、知人を通じて、外国人労働者を組織する労働組合「総合サポートユニオン」 に相談・加入した。そして、9月28日に、雇用主である農業法人に対して、不当解雇の撤回、暴力・パワハラの謝罪と再発防止、最低週1日の休日の付与、賃金・残業代の全額支払いを求めて団体交渉を申し入れた。

 2時間程度の交渉の末、Aさんの解雇撤回と、暴力・パワハラの謝罪と再発防止について合意し、社長の息子とは離れてAさんが就労できるようにすると約束した。

 また、総合サポートユニオンは、監理団体の東葉ワークス事業協同組合(千葉県柏市) にも話し合いを申し込み、別の実習先を早急に探すとともに、新たな実習先が見つかるまでの間は、安全に働けるよう監理団体として責任を持って農業法人を指導することで合意した。

 もちろん、本来ならば、暴力行為の被害にあった職場に早期に戻ることは、安全面からみて望ましくないだろう。だが、Aさんとしては、次の実習先が決まらないまま退職すると、収入が絶たれてしまうばかりか、技能実習ビザの更新も不確かなものになってしまうため、この時点で退職の決断をすることはできなかったという。そのため、警察に職場・アパート周辺のパトロールの要請をかけたうえで、農業法人での就労を継続するという判断となった。

監理団体による人権侵害という許されざる二次被害

 この後の話を理解しやすくするために、一旦ここで、監理団体の位置づけと役割について説明しておこう。

 外国人技能実習制度において監理事業を行うには、外国人技能実習機構(OTIT)による審査を受けて法務大臣から 監理団体として許可される必要がある。そして、監理団体は技能実習の適正な実施のための指導・監査や技能実習生の保護について役割を果たすものとされている。

 実習先企業の指導や実習生の保護を監理団体が担い、監理団体の許可やその取り消しの審査実務を外国人技能実習機構が担うという制度設計によって、技能実習の適切な実施や技能実習生の人権を担保されるという「建前」になっているのだ。

 だが、Aさんの監理団体である東葉ワークス事業協同組合は、こうした「建前」とは真っ向から反する行動をとっていたのだ。

 復職して1週間ほどすると、実習先の農業法人がAさんに敢えて一人ぼっちで仕事をさせたり大変な仕事をさせたりして、それを断ると「帰れ」と言ったりするなど陰湿ないじめを始めた。

 このことについて、労働組合が東葉ワークス事業協同組合に相談しても、「Aさんに責任がある」という主張を繰り返すばかりか、ついには労働組合との連絡さえも絶つようになった。

 そして、10月17日には、東葉ワークス事業協同組合の代表理事が男性二人とともに、Aさんのアパートに突然押しかけてAさんを本人の意に反して「連行」したのだ。

 Aさんは驚きのあまり一旦は車に乗せられてしまったが、代表理事らから「(実習先の)会社は反省している」「労働組合はあなたの利益に反している」「このことは労働組合には言うな」などと言われ、労働組合を辞めるよう勧奨されたため、このままではまずいと感じて車から逃げ出した。最終的には、労働組合が警察に通報し、Aさんは一時的に警察署に保護されるなど“警察沙汰”にまでなった。

 言うまでもないが、憲法28条は労働者が労働組合に加入する権利などを労働三権(労働基本権)として保障している。また、実習生も労働組合法上の労働者であることについては争いがない。労働組合を辞めるよう勧奨することは、実習生の権利である労働三権を侵害する行為であり、実習生の権利を擁護すべき監理団体の役割に真っ向から反する行為である。

 それにもかかわらず、労働組合が東葉ワークス事業協同組合の事務所へ抗議に行った際にも、代表理事は「(私は)労働組合を辞めろと言っているよ」「(理由を問われると)当たり前でしょ。私は監理団体だから」と明言している。

 そして、その場から逃げ出すかのように車に乗り込むと、後ろに人がいるにもかかわらず、後方に急発進したうえ、のべ30秒近くクラクションを鳴らし続けたのだ。弁護士によれば、このような行為は「妨害運転」(あおり運転)や暴行罪などに該当する恐れがあるという。

 このようにAさんの監理団体である東葉ワークス事業協同組合は、監理団体としての資質を欠いていると言わざるをえないだろう。

行政機関も助けてくれない――重い腰を上げた外国人技能実習機構

 ここまで読まれると、さすがに国や自治体などの行政機関が助けてくれるのではないかと思われるかもしれない。だが、誰も助けてくれないのが現実だ。

 Aさんと総合サポートユニオンは、群馬県庁、群馬県警、前橋労働基準監督署、外国人技能実習機構、出入国管理局にそれぞれ相談・申し入れをしている。

 ところが、群馬県庁と出入国管理局は無回答、群馬県警は証拠が不十分で立件は難しいという説明に終始した。また、前橋労働基準監督署は、労基法違反は指導できるが暴力・パワハラの指導は管轄外という説明であった。

 監理団体の許可審査を司る外国人技能実習機構にしても、パワハラの音声データを渡しているにもかかわらず、東葉ワークス事業協同組合側の説明を真に受けて「Aさんにも悪いところがある」として、東葉ワークス事業協同組合に問題の解決を委ねるという見解を示していたそうだ。

 こうした対応に、Aさんも失望を隠せず「日本がこんな国だとは思わなかった」と支援者にこぼしていた。

 その後、総合サポートユニオンが何度か外国人技能実習機構に申入れを繰り返したところ、最初の申入れから1ヶ月以上経った11月8日に、農業法人とAさんら実習生への調査が行われた。

そして、外国人技能実習機構から総合サポートユニオンに対し、別の監理団体を通じて新しい実習先の候補が見つかったと連絡があり、数日前に面接を経て採用内定が出た。これは問題解決のための大きな一歩と言えるだろう。

外国人技能実習生に対する人権侵害と闘う必要性

 この間、外国人技能実習生の「失踪」「不法就労」のニュースが相次いでいる。外国人技能実習生の窮状と切り離しされた形でこうしたニュースが報じられると、まるで技能実習生が犯罪者のように聞こえてしまう。

参考:1日1食菓子パンで生活、コロナ禍の技能実習生の叫び「借金のまま帰れない」

 だが、こうした事件の多くは、外国人技能実習生の労働問題や貧困問題を原因としている。Aさんのように職場で暴力・パワハラ・賃金不払いの被害に遭う実習生は後を絶たない。

 Aさんのように労働組合などの支援団体と繋がれるケースは全体のごく一部だ。多くの場合、誰も助けてくれないのが現実だということは、今回のケースからも十分理解できるはずだ。

 さらに、技能実習生は、転職の自由に制限がかかり、生活保護などの福祉へのアクセス権(生存権)も保障されていない。多くの実習生にとって、「失踪」や「不法就労」以外には、無権利状態で「奴隷」のように働くか、貧困状態に陥るかしか選択肢がないのだ。

 すると、追い込まれた実習生の一部が「失踪」や「不法就労」に追い込まれることは想像に難くないだろう。

 今回は、総合サポートユニオンがAさんを支援し、実習先・監理団体と闘い、外国人技能実習機構との折衝を通じて、新しい監理団体・実習先への移籍を実現させることができたが、苦境に置かれている技能実習生は数千、数万人にも及ぶだろう。

 多くの技能実習生が直面する状況を改善していくためには、彼ら彼女らの権利行使を支える動きが広がっていく必要がある。

 私が代表を務めるNPO法人POSSEをはじめ、外国人技能実習生の権利行使を支える市民のボランティア活動の広がりは急務である。外国人の人権擁護に興味のある方は、支援活動に参加して欲しい。

NPO法人POSSE 外国人労働サポートセンター

メール:supportcenter@npoposse.jp

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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