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コロナでも「親を頼れ」 仕事が見つからず、餓死、病死者が蔓延の恐れも

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 コロナウイルス感染拡大の影響で、生活苦に陥る人が急増している。

 私が代表を務めるNPO法人POSSEの生活相談窓口には、3月下旬から4月15日までの時点で194件もの相談が寄せられている。

 その多くは、非正規雇用で働く20代女性を中心とする稼働年齢層であり、無貯蓄で賃貸住宅に居住している人たちだ。彼らが休業や勤務日数減、解雇・雇止めなどによって直ちに生活困窮に陥っている。

 すでに家賃や公共料金を滞納している人もおり、住居喪失の危険性も危惧される。行政は多くの福祉制度を拡充し、間口を広げている。

 ところが、このコロナ禍の中においても、自治体が実質的に生活保護の申請を拒否する事例が起きてしまっている。コロナウイルスの感染が拡大している中での生活保護申請拒否は、普段以上に命を危険にさらすことになるだろう。

 なぜこのような事態が起きてしまっているのか、事例をもとに検証していきたい。

コロナの影響で仕事が見つからず、生活保護の窓口へ

 私たちの元に相談に訪れたAさんは、20代男性だ。派遣社員を年末で辞め、単発の仕事で食いつないできた。3月は事業立ち上げのボランティアに住み込みで参加していたが、収入もなく生活できないので辞めた。

 その後は仕事を探しても、コロナの影響で見つからない。住居を借りるお金も尽きてしまい、4月からは都内の兄の家に居候していた。

 しかし、4月中旬には兄からも出て行ってほしいと言われるようになった。引越しをしたいが、初期費用を出せない。手持ちも2万円程度になっていた。そこで、生活保護の申請を考えたのだという。

生活保護の窓口に行くも、「実家に帰れ」と言われる

 Aさんは、意を決して、4月20日にネットカフェに宿泊していた品川区で生活保護申請をしようと、窓口を訪れた。

 ところが、対応した面接相談員からは、生活保護を申請するなら大部屋の施設しかないから病気に良くない(本人は統合失調症を患っている)、東海地方の実家に帰って就労支援を受けた方がいい、などという説明を受けた。

 Aさんは高校卒業後、10年以上実家には帰っておらず、両親とは疎遠だった。実家に帰るつもりはなく、東京で暮らしたいと思い、品川区で申請したかったが、自分ひとりでは申請させてもらえないと感じた。

 そこで、AさんはPOSSEに相談し、4月22日にはPOSSEスタッフ同行のもと、生活保護を申請し、東京都が確保した緊急一時宿泊場所(ビジネスホテル)に宿泊することになった。

 もしこのような状態のAさんが保護を受けられなければどうなっていただろうか。実家に帰ることもできない中で、コロナ禍の街中を、仕事や食料を求めてさ迷い歩くしかなかったのではないだろうか。

 そして、コロナウイルスに感染してしまえば、「路上の突然死」のケースとして報告されてしまっていた可能性も否定はできないのである(実際に、生活保護の申請を拒否されて「餓死」「変死」した事例は近年も多数存在する)。

 そのような恐ろしい事態は、なんとしても回避しなくてはならない。

行政の対応の問題点

 今回の品川区の対応については、法的にも次のような問題点を指摘することができる。

 第一に、生活保護は誰でも申請ができる制度である。申請を妨げる行為は申請権の侵害として違法であり、「水際作戦」と呼ばれている。

 生活保護窓口での「水際作戦」は2000年代に頻発し、北九州市などで餓死事件が毎年のように起きており、社会問題となった。それでも未だに「水際作戦」は無くなっていないというのが、現場の支援者の実感だ。

 第二に、ホームレス状態で保護申請をする際に、個室のない大部屋の施設に入所することが前提となっていることだ。平時よりこのような運用が当たり前とされてきた。施設の居住環境の悪さは、特に精神障害を持つ人にとっては病状を悪化させる要因となっていた。

 その上、この度のコロナウイルスの感染拡大につながりかねないとして、厚労省も原則個室対応とすべきだと事務連絡を出しているが、実践していない自治体もあるようだ。このような受け皿の環境の悪さが保護申請を思いとどまらせることにもなる。

 第三に、面接相談員は他県の実家に帰るよう伝えていた。これが「水際作戦」の口実として使われることがそもそも問題である。それだけでなく、コロナウイルス感染防止のため、都道府県をまたいだ移動を自粛するよう行政が呼びかけているのにもかかわらず、それに逆行した対応だと言わざるを得ない。

今回のケースは「氷山の一角」

 今回のケースは「氷山の一角」でしかない。すでに、POSSEの相談窓口には他にも「水際作戦」の被害が寄せられている。

 例えば、埼玉県の31歳男性は、主に交通量調査などの単発アルバイトで生計を立てていたが、コロナの影響で仕事が激減してしまった。すでに消費者金融で200万円の借金、奨学金の支払いもあり、両親が連帯保証人のため自己破産できない。

 所持金が1万円程度になってしまったため、生活保護の窓口に行ったが、「借金の自己破産をしないと生活保護の受給は難しい」という虚偽の説明を受けて追い返されてしまった。

 また、東京都の40歳男性は、セラピストの個人事業主として業務委託契約を結んでいたが、コロナの影響で店舗そのものが長期休業となり、収入が途絶えてしまった。手持ちの現金が2万円程度となり、今月は家賃支払いが遅れている。

 そのため生活保護の窓口に行ったが、「電話で予約を取りなさい」「社会福祉協議会に行った方がいい」などと言われて申請できなかった。

 冒頭でも述べたように、コロナの影響で生活困窮に陥る人たちが急増してきている。その人たちも、社会福祉協議会のコロナ特例貸付や、住居確保給付金で短期的には凌げるかもしれない。

 しかし、コロナ感染の終息は見通せず、休業の延長や解雇・雇止めが増えてくることが予想される。

 そうすると、期限の定めがあるコロナ特例貸付や住居確保給付金では対応しきれない事態となるだろう。その場合、最後のセーフティネットである生活保護制度を利用しなければ生きていけない人たちが大量に生み出されるはずだ。

 それにもかかわらず、行政が「水際作戦」を続けるならば、餓死・孤独死で多くの命が奪われかねない。また、多くの人々が仕事や雨風をしのげる場所、あるいは食べ物をもとめて街中をさまようことになれば、感染拡大をも広げることになるだろう。

 生活保護行政の適切な運用は、「平時」にもまして重要なのである。国・厚生労働省や都道府県には、現場自治体の窓口への指導を徹底してほしい。

 最後になるが、私たちをはじめとして多くの団体が、そうした事態を防ぐために相談を受け付けるとともに、生活保護などの制度を利用する際に窓口に同行して、違法な対応を防ぐ取り組みをしている。窓口の対応によって制度を利用できないという方は、下記の相談窓口にぜひお問い合わせいただきたい。

「新型コロナで生活に困った方の福祉制度活用ホットライン〜生活保護・社協貸付・住居確保給付金〜」

日時:5月6日(祝)18時〜21時

電話番号:0120-987-215(通話料・相談料無料、秘密厳守)

通常の相談窓口

電話:03-6693-6313

メール:seikatsusoudan@npoposse.jp

受付日時:水曜18時〜21時、土日13時〜17時、メールはいつでも可

*社会福祉士や行政書士の有資格者を中心に、研修を受けたスタッフが福祉制度の利用をサポートします。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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