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緊急事態宣言で増える「休業手当の不払い」 厚労相会見への疑問点

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 緊急事態宣言が出された後、企業の休業手当の支払い義務がなくなるのではないか。

 このような不安が高まっている。共同通信の報道によると、加藤勝信厚生労働相は7日の記者会見で、緊急事態宣言が発令され、特定施設の使用が制限された場合、使用者側の休業手当支払い義務について「一律に、直ちになくなるものではない」と述べたという。

 厚労相、休業手当の一律除外否定 緊急事態宣言で、不可抗力が要点(共同通信 4月7日)

 さらに、加藤厚労相は「(原因が)使用者の不可抗力によるものかどうかがポイント」と指摘し、「自宅勤務などで労働者を業務させることが可能か、他に就かせる業務があるかも含め総合的な判断が必要」と説明したと報じている。

 しかし、このような政府の回答では、生活の不安は解消されないだろう。この会見から見えてくる雇用政策の問題点を整理していこう。

厚労相の会見への疑問点

 

 そもそも、今回問題となっている休業手当とは、コロナ関連で社員を休ませた場合に企業が労働者に支払う賃金保障のことである。

 労働基準法26条には、「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合に、会社(使用者)が休業手当(平均賃金の60%以上)を支払わなければならない旨が定められている。

 今回の会見の重大なポイントは、一定の場合には、この休業手当の支払い義務がなくなると、厚労相が明確に述べたと言うことだ。そして、さらなる重大な問題は、どのような場合に休業手当の支払い義務がないのかが、明確ではないということである。

 緊急事態宣言の影響はサービス業の広範囲に及ぶ。東京都の想定では、営業自粛を求める対象は、大学、図書館など、百貨店、ショッピングモール、ホームセンター、理髪店、カフェ、バー、ネットカフェ、カラオケボックス、パチンコ店、ゲームセンターなどありとあらゆる業種に広がっている。

 行政が行うのは、あくまでも自粛の「要請」に過ぎないが、多くの事業主は今の状況を見て、「行政から自粛を要請されていて、休業はやむを得ないのだから休業手当の支払い義務はないはずだ」と考えてしまうのではないだろうか?

 つまり、厚労相の発言は、「一律に、直ちになくなるものではない」ということで、「原則として休業手当を支払うべきだ」ということを、否定してしまっているわけだ。

 実際に、緊急事態宣言が出されることで、厚労相はこれまでよりも「休業手当の支払い義務がない事業主が増える」と考えていることは明白であるし、それは事実であろう。

 もちろん、厚労省もこの点を「自覚」している。そのため、政府は休業手当を支払う企業の側に配慮して、「雇用調整助成金」を特例措置として支給する政策を打ち出してきた。

 今回実施されている雇用調整助成金の特例措置は、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける事業主を対象に支給要件の緩和などを行うものだ。

 特に、4月1日から6月30日までの緊急対応期間については助成率が引き上げられ、会社が、労働者を1人も解雇をせずに、休業等を行うことによって雇用維持を図った場合に、休業手当相当額の9/10(中小企業)、3/4(大企業)が会社に支給される(1人1日当たり8330円を上限とする)。

 

 厚生労働省:「新型コロナウイルス感染症にかかる雇用調整助成金の特例措置の拡大」

 今回、厚労省は、仮に事業主が休業手当の支払い義務を負っていない場合でも、実際に労働者に休業手当を支払えば、この「雇用調整助成金」を支給するとしている。

 つまり、「休業手当の支払い義務がない場合が出てくる」と宣言する一方で、「休業手当を支払った場合には、すべての場合に助成するよ」というスタンスなのだ。

 だがここで、次の問題が生じる。この助成金は休業手当の「全額」を補助するわけではないため、自分には休業手当の支払い義務がないと考える事業主にとっては、「請求しても損をする」仕組みになってしまっているのである。

雇用調整助成金の「緊急対応期間」の助成率

4/5(中小)、2/3(大企業)

(解雇等を行わない場合は9/10(中小)、3/4(大企業))

 この状況で「休業手当の支払いは必要ない場合もある」と言われれば、雇用調整助成金の申請などせずに、ただ無給で「自宅待機せよ」とだけ命令する企業が、今以上に増えてしまうだろう。

 実際に、私が代表を務めるNPO法人POSSEには、現在でも雇用調整助成金を申請せずに、解雇されたり無給で自宅待機をさせられているという労働相談が多数寄せられている(本記事の末尾に無料労働相談窓口の案内)。

 このような構図であるため、「一律に、直ちになくなるものではない」、「雇用調整助成金が適用される」といわれても、まったく安心することはできない。結局は、企業がその「選択」をあえてしてくれるのかどうか次第だからだ。

 つまり、確かに厚労相の言うように休業手当の支払い義務が「一律に、直ちになくなるものではない」というアナウンスは、安心材料ではある。だが一方で、まさに同じ事実から、「企業の不払い」はこれからますます増加していくことが懸念されており、早急な対策が求められているのだ。

 (なお、雇用調整助成金を申請せずに無給の休業や解雇をしている企業に対しては、労働組合に加入して団体交渉することで、申請を促すことができる:政府の助成金を使って「コロナ解雇」を回避してほしい 声を上げ始めた労働者たち

対応が「後手後手」の政府

 しかも、雇用調整助成金については、未だに「特例措置」の詳細すら明らかにされていないのが現状だ。

 雇用調整助成金のさらなる特例措置が、厚生労働省によって公式発表されたのは今年3月末で、現在はホームページにも概要は公開されているのだが、4月5日時点で、まだ詳細が明らかになっていないのだ。

 私たちがハローワークや、厚生労働省の雇用調整助成金コールセンターに電話で確認したところ、「厚労省からまだ正式な通達が来ていないので、詳細は答えることができない」と回答されてしまった。

 申請から支給まで、どの程度の期間がかかるのかもわからない。中小企業からすればこれは死活問題であり、数ヶ月などではなく、申請後に一刻も早い支給が望まれるが、その見通しすらないのが現状なのだ。

 また、実際に会社が労働者に休業手当を支払ってからでないと助成金は支給されないのかについても、私たちが取材したハローワークの担当者は把握していなかった。

 これでは経営者が「助成金の存在は知っているが、それを頼りにできるかわからない」と考えてしまっても無理はない。助成金の詳細がわからないということを理由として、既に解雇に踏み切ってしまった会社も少なくないだろう。

 そもそも、政府も今回の緊急事態宣言で「休業手当の支払い義務がなくなるケースが増える」ことは十分予測していただろう。そして、事業主が、その場合には事業主が助成金を申請せず、手当の不払いや解雇に入るリスクが高まってしまうこともわかっていたはずだ。

 緊急事態宣言が出されたことで、こうした懸念は広範囲に現実化し、多くの人たちの生活が脅かされようとしている。

 政府や厚生労働省には、このような現場の実情に適切に対応して欲しい。まず、一律に休業手当の支払いを、強く求めるべきである。

 また、雇用調整助成金の上限額を無くし、労働者側からも請求できる仕組みを作るなど、運用を大幅に変更することが望まれる。さらに、やむを得ない休業否かを問わず、生計費が保障されるように、一刻も早い施策が求められている。

【労働組合による新型コロナウイルス関連労働相談ホットライン】

日時:2020年4月11日(土)13時~17時、4月12日(日)13時~17時

電話番号:0120-333-774

※相談料・通話料無料、秘密厳守

共催:

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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