緊急事態宣言で「休業手当」が出なくなる? 厚労省の見解に波紋

(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 今日、緊急事態宣言が出される見通しが明らかになった。そんな中で、次のような厚生労働省の発言が社会の不安をかき立てる事態となっている。

 今月3日の東京新聞によれば、厚生労働省は、緊急事態宣言で「ライブハウスや映画館などが営業停止した場合の社員への休業手当について」、「本紙の取材に「休業手当の支払い義務の対象にならない」との見解を明らかにした」というのである(なお、後述するように、厚生労働省は東京新聞の報道が誤りだと主張している 4月7日加筆)。

 この問題は3日の衆院厚生労働委員会でも野党議員に追及され、厚生労働省の坂口卓労働基準局長は、同宣言に基づいて営業停止の要請・指示がされた場合、「労働基準法上、不可抗力として休業するものであれば、使用者に休業手当支払い義務は生じないと考えられる」と説明したという(日本共産党・東京都委員会)。

 問題は、緊急事態宣言が出され、休業手当が企業から支払われなくなった場合に、他の代替策を政府が明確にしていないということだ。その状況で、緊急事態宣言がだされるということが、「先に決まってしまった」ということなのである。

 生活保障がないままに、大規模な行動制約が一方的にだされてしまうのでは、社会不安が激増していくだろう。多くの生活困窮者が発生し、自殺者が出ることも懸念される。

 本記事では、政府の対策の問題点を労働相談の現場の実態から指摘しつつ、海外の対策とも比較してみたい。

休業手当とは

 そもそも、今回問題となっている休業手当とは、コロナ関連で社員を休ませた場合に企業が労働者に支払う賃金保障のことである。

 労働基準法26条には、「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合に、会社(使用者)が休業手当(平均賃金の60%以上)を支払わなければならない旨が定められている。

 この規定の「使用者の責に帰すべき事由」とは、不可抗力による場合を除き、「使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む」と解されている。

 そのため、新型コロナウイルスへの感染が広がる中でも、企業側には休業手当の支払い義務が、これまではあったわけである(ただし、適切に支払われない事例は多発しているが)。

 参考:「6割しか請求できない」は嘘? 休業時の生活保障に関するQ&A

 この労働者にとっての「命綱」ともいうべき休業手当がなくなってしまったら、どれだけ多くの人の生活が脅かされるか、想像するのはあまりにも容易なことだろう。

雇用調整助成金が利用されなくなる可能性

 次に、政府は休業手当を支払う企業の側に配慮して、「雇用調整助成金」を特例措置として支給する政策を打ち出してきた。今回の厚労省の発言は、この政策にも重大な影響を与える可能性がある。

 今回実施されている雇用調整助成金の特例措置は、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける事業主を対象に支給要件の緩和などを行うものだ。

 特に、4月1日から6月30日までの緊急対応期間については助成率が引き上げられ、会社が、労働者を1人も解雇をせずに、休業等を行うことによって雇用維持を図った場合に、休業手当相当額の9/10(中小企業)、3/4(大企業)が会社に支給される(1人1日当たり8330円を上限とする)。

 厚生労働省:「新型コロナウイルス感染症にかかる雇用調整助成金の特例措置の拡大」

 この制度があれば、企業は事業縮小の中でも従業員を解雇せずに休業手当を支払うことができる。ところが、休業手当の支払い義務がなくなってしまった場合、この「雇用調整助成金」の適用は大きく制限されてしまう可能性があるのだ。

 それというのも、政府は緊急対策で割合を引き上げているものの、雇用調整助成金は休業手当の「全額」を保障するものではないため、現在でも休業手当を支払わないで、解雇してしまおうとする事業主は後を絶たないからである。

  参考:政府の助成金を使って「コロナ解雇」を回避してほしい 声を上げ始めた労働者たち

雇用調整助成金の「緊急対応期間」の助成率

4/5(中小)、2/3(大企業)

(解雇等を行わない場合は9/10(中小)、3/4(大企業))

 この状況で「休業手当の支払いは必要ない」と言われれば、雇用調整助成金の申請などせずに、ただ無給で「自宅待機せよ」とだけ命令する企業が大量に出てくることは火を見るより明らかだ。

 繰り返しになるが、労働相談の現場ではすでに助成金を企業が申請してくれず、「無給で休業させられている」(違法状態)という相談が後を絶たないのである。この状態が合法となり、助成金の政策も無効化してしまうと言うことだ。

 (4月7日追記)なお、末尾に記したように、厚生労働省は東京新聞の報道に対し、誤りだと主張している。厚労省としては休業手当を出す義務のある場合も、出す義務がない場合もあるという主張だからであろう(後述)。また、休業手当を支払えば雇用調整助成金は基本的に支給するという。しかし、支払いの義務があるかどうかの基準は明確に示されておらず、「義務がある場合もない場合もある」と言われれば、経済状況が苦しい中で「とりあえず出さない」という経営者が増大してしまうだろう。この点は、次に見る、雇用調整助成金のそもそもの「不備」に関わっている。

雇用調整助成金のそもそもの「不備」

 次に、政府が雇用対策の中心に据えてきた「雇用調整助成金」の政策自体にも不備があることを指摘しなければならない。

 第一に、未だに「特例措置」の詳細すら明らかではないということだ。

 雇用調整助成金のさらなる特例措置が、厚生労働省によって公式発表されたのは今年3月末で、現在はホームページにも概要は公開されているのだが、4月5日時点で、まだ詳細が明らかになっていないのだ。

 私たちがハローワークや、厚生労働省の雇用調整助成金コールセンターに電話で確認したところ、「厚労省からまだ正式な通達が来ていないので、詳細は答えることができない」と回答されてしまった。

 申請から支給まで、どの程度の期間がかかるのかもわからない。中小企業からすればこれは死活問題であり、数ヶ月などではなく、申請後に一刻も早い支給が望まれるが、その見通しすらないのが現状なのだ。

 また、実際に会社が労働者に休業手当を支払ってからでないと助成金は支給されないのかについても、私たちが取材したハローワークの担当者は把握していなかった。

 これでは経営者が「助成金の存在は知っているが、それを頼りにできるかわからない」と考えてしまっても無理はない。助成金の詳細がわからないということを理由として、既に解雇に踏み切ってしまった会社も少なくないだろう。

 厚労省による助成金についての詳細発表が求められている最中に、今度は「休業手当が必要なくなる」という情報が飛び回っているのである。

 雇用調整助成金を中心とした政策の第二の問題点は、労働者側からの請求権がないということだ。これは、こども休校に伴う休業手当を出す制度と同じだが、あくまでも助成の対象は企業であるため、企業が申請しなければ、労働者は制度を利用することができないのである。

 そのため、別の記事でも紹介したように、労働者側が労働組合に加入して、企業に団体交渉を申し入れ、雇用調整助成金の利用を求めざるを得ないというケースも出ている。

  参考:政府の助成金を使って「コロナ解雇」を回避してほしい 声を上げ始めた労働者たち

 個人単位で請求できる生活保障制度を一刻も早く作らなければ、休業手当もなし、雇用調整助成金も利用されない、その他に何も補助されない、という状況にもなりかねないのである(尚、労働相談窓口については末尾も参照)。

本当に、休業手当はなくなるのか?

 さらに、労働事件を専門とする弁護士たちからは、そもそも厚生労働省の、緊急事態宣言で休業手当の支払い義務がなくなるという見解は「間違いだ」という声が出されている。

 冒頭の東京新聞の記事でも、日本労働弁護団幹事長の水野英樹弁護士が(休業手当の不払いは)「違法と考えるが、最終的には裁判所の判断に委ねられる」とコメントを寄せている。

 また、東京大学名誉教授の菅野和夫氏の著書(最も読まれている労働法の体系書)においても、休業手当については次のように記載されている。

休業手当支払義務を生ぜしめる休業の事由としては、一般的には機械の検査、原料の不足、流通機構の不円滑による資材入手難、監督官庁の勧告による操業停止、親会社の経営難のための資金・資材の獲得困難(昭23・6・11基収1998号)などが考えられる

(菅野和夫『労働法』第12版、457-458ページ、太字は引用者による)

 しかし、このまま緊急事態宣言が出されてしまい、厚労省が「支払わなくてよい」(厚労省の意見を正確に反映するならば、「支払わなくてもよい場合もある」)という見解を広げていけば、結局たくさんの企業で不払いが生じ、労働者は「あとから裁判で請求できる」というだけになってしまう。

 それでは、この緊急事態の中で救済されないし、多くの労働者の不安は募るばかりである。政府が適切に政策として休業中の保障について手立てを考えなくてはならないはずだ。

海外の政策は?

 最後に、海外の対策はどうなっているだろうか? 簡単に紹介していこう。

 韓国では、所得下位70%に対して最大現金約9万円支給することが決定された。香港では18歳以上の市民に現金約14万円支給される。

 アメリカでは年収7万5千ドル(約825万円)以下の大人1人につき現金1200ドル(約13万円)、子ども1人につき500ドル(約5万5千円)を直接支給。さらに失業給付を拡大し、自営業やフリーランスにも適用することを決定している。

 イギリスではすべてのレストランやパブ、スポーツジムなどを閉鎖することを決定し、企業の規模を問わず休業せざるをえなくなった従業員の賃金の8割を保障する(最大約33万円)。

 フランスでも休業する労働者の賃金を100%補償し、小規模事業者やフリーランスにも第1弾として1500ユーロ(約18万円)を支出する。ドイツも自営業者などに3カ月で最大9000ユーロ(約108万円)を保障するとしている。

 デンマークでは、大量解雇を防ぐために、常用雇用の労働者には賃金の75%(最大約37万円)、時間給の労働者には賃金の90%(最大約42万円)を保障する。スェーデンでは、新型コロナウイルスによる影響で短期休業する場合、賃金の90%が保障される。

 韓国、香港、アメリカは現金給付による対策を講じているのに対して、ヨーロッパ各国は労働者の賃金を政府が保障するかたちで対応していることがわかる。

 これらと比較して、日本の政策は出遅れ感が否めない。緊急事態宣言が出されるという状況になるまで、どうして生活保障の整備をすることが後回しにされてしまったのだろうか?

 コロナ対策を成し遂げるためにも、生活上の不安を取り除くことが絶対に不可欠だ。生活保障がなければ心の健康が保てないだけではなく、無理にでも何かの仕事をしようとせざるを得ない。この点を軽視した感染症対策はあり得ないといってもよい。

 政府には早急に生活に目を向けた対策を充実させて欲しいと願うばかりである。

 参考:「不要不急の労働」を拒否する人々 新型コロナで世界に広がる「ストライキ」の波

 

 参考:渡辺寛人「新型コロナウイルスの緊急経済対策「30万円支給の自己申告制」が抱える問題点」

4月7日追記 厚生労働省の答弁の実際を検討

 問題の厚生労働省の答弁は、ユーチューブの動画で確認することができる。

 この動画でのやり取りを要約すると次の三点にまとめられる。

  • 緊急事態宣言が出て不可抗力の場合は休業手当を払う義務が無い。不可抗力の場合とそうでない場合がある。
  • 企業が休業を回避するための具体的な努力が行われていなければ、休業手当の支払いの必要性がある
  • 休業手当が支払われれば雇用調整助成金が払われる。そのように周知する。

 要するに、厚生労働省は「休業手当が出す義務がある場合も、出す義務がない場合もある」という主張をしているのだ。これをもって、東京新聞の報道は間違っているとの主張も与党議員が拡散している。

 だが、このように主張しても、問題は何も解決していない。結局、「出す義務がない」場合があると厚労省は言っていて、「出す義務がない」と判断して、企業が実際に休業手当を支払わなかった場合の救済の手立てを用意していないからである。この点では、「出ない場合もある」といっているのだから、東京新聞が誤報だとまでは言えない。

 また「出す義務がある」「出す義務がない」の基準は何も明確にされておらず、事後的に判断しても救済されないことは、本記事で述べてきたとおりである。さらに、雇調金の手続きが実際に進んでいないことも、考慮していない。

 確かに、休業手当を支払った場合に、前提として雇用調整助成金を支払うという点は重要だ。しかし、現状でも支払われない経営者が多数いるのである。

 現状に鑑みれば、「義務があるのかは、どちらともいえない」というあいまいな態度をとることで、「とりあえず出さない」という経営者が増えてしまうことは明らかだろう。そして、「事後的に裁判してくださいね」といわれても、労働者にはどうしようもない。

 国は、休業の増加に対し経営者の判断によらない一律の保護制度を用意し、休業させられた労働者を一律に保護するような制度設計をすべきである。そもそも、緊急事態宣言が出され、休業手当の基準があいまいになることは事前にわかっていたはずだ。

 このような論争をしている場合ではない。一刻も早い、実効的な対策が求められる。

【労働組合による新型コロナウイルス関連労働相談ホットライン】

日時:2020年4月11日(土)13時~17時、4月12日(日)13時~17時

電話番号:0120-333-774

※相談料・通話料無料、秘密厳守

共催:

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