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休業手当は「上級国民」だけ? 下請や派遣に法律はどう適用されるのか

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 先日、新型コロナウイルス流行のため、東京ディズニーリゾートやユニバーサルスタジオジャパンが臨時休園を決定した。その際話題になったのは、休業を余儀なくされる従業員への補償を行うという報道だ。

 詳細は不明だが、いずれの施設も「規定に基づいた補償を行う」といい、一定の給与が支払われるようだ。

 これとは状況は異なるが、他の大手企業でも、子どもの預け先がないなどの事情で出社できない社員に有給の「特別休暇」を与えるなど、柔軟な対応がなされているという。

 一方で、影響を受けるのは、企業が直接雇用している労働者だけではない。東京ディズニーリゾートなどの大規模な遊園地や大企業の工場・事業場などでは、運営会社の社員だけでなく、下請け企業の労働者や派遣労働者が数多く働いている。

 これらの労働者の収入や生活も同じように守られるべきだが、現実には、法律が適正に運用されず、権利が守れられていないことも多い。ネット上では「結局、休んで手当がもらえるのは上級国民だけ」といった声も多数聞かれる。

 「親会社と子会社」あるいは「派遣先と派遣元」との間では、法的な責任関係が曖昧になり、そのしわ寄せが労働者に寄せられることが少なくないのだ。実際、下請け会社の労働者や派遣労働者から、「休業手当を支払ってもらえない」といった相談が私たちPOSSEには多数寄せられている。

 しかし、法律上は、下請け企業の労働者や派遣労働者にも同じように権利が認められている。今回は、相談の実例を紹介するとともに、法的な対処法を解説していきたい。

下請けや派遣は休業手当がない? 理不尽な会社の対応

 まずは、実際に寄せられた相談事例を二つ紹介しよう。

 一つは、ある大手遊園地の関連施設で働く従業員の事例だ。この方は、大手遊園地に直接雇われているわけではなく、下請けとして入っている会社の非正規労働者だ。遊園地が臨時休園になったため、2週間ほどの休業を伝えられた。

 その際、会社から「休業手当を払えるかわからない。有給休暇を使って」と言われてしまったのだ。有給の残りは少なく、「2週間の分の賃金が支払われないと家賃すら支払えない」と非常に困った様子であった。

 もう一つは、私立学校に派遣されている講師の事例だ。この方は、学校が休校になり、その期間休業を余儀なくされたのだが、「派遣にはその期間の給与は一切支給されない」と言われてしまったという。

 派遣会社に連絡すると「かけあってみる」と言ってもらえたが、支払われる確証はなく不安だとのことだった。直接雇用の教職員には休業期間にも賃金が保障されるという。雇用形態によって扱いに差があることが、多くの労働相談から見て取れる。

休業手当は下請け企業の労働者や派遣労働者も受けられる

 下請け企業や派遣元企業にとっては、親会社や派遣先はお客様であり、その都合に合わせざるをえない。急に仕事内容や就労場所を変えるよう求められたり、仕事自体なくなるようなことあよくあることだろう。

 その際、一番割を食うのは、実際に働いていた労働者たちだ。しかし、雇い主である下請け企業や派遣元は、「親会社からの要望だから仕方ない」といい、労働者に我慢を強いる場合がある。

 実際、労働者側から見ても、雇い主(派遣会社)には非がないようにみえ、休業手当などを請求することができないと思いがちである。多くの人が、仕方ないとあきらめてしまっている。

 しかし、実はあきらめる必要はない。そもそも労働基準法で定める休業手当とは、経営上の理由での休業の場合に、労働者生活を保障することを目的とした規定である。天変地異のような場合を除き、会社が自主的な判断によって労働者を休業させた場合に適用される。

 労働基準法26条に基づき、「使用者の責めに帰すべき事由」がある場合には、労働者は会社に対して休業手当(平均賃金の60%以上)を請求できる。

 この労働基準法の規定は労働者の生活を守るためにあり、「使用者の責めに帰すべき事由」は広範に解釈されている。そのため、一見すると下請け企業や派遣元に責任がないように見えても、請求できる場合が多いのだ。

 例えば、国の通知である労働基準法関係解釈例規(昭和23年6月11日 基収1998号)には、以下のような問答集が載っている。

問|

親会社からのみ資材資金の供給をうけて事業を営む下請工場において、現下の経済情勢から親会社自体が経営難のため資材資金の獲得に支障を来し、下請工場が所要の供給をうけることができずしかも他よりの獲得もできないため休業した場合、その事由は法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」とはならないものと解してよいか。

答|

質疑の場合は使用者の責にすべき事由に該当する。

 つまり、親会社からの仕事が下請け工場に回ってこなくても、下請け工場が他の仕事を獲得できないために休業した場合は、「使用者の責めに帰すべき事由」となるということだ。

 裁判例でも、労働基準法26条の「使用者の責に帰すべき事由」は、民法536条2項の「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由」よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むとされている(最二小判昭62.7.17 労判499-6 ノースウエスト航空事件)。

 個別ケースでの事情も勘案されるが、多くの場合、下請け企業の労働者も使用者に休業手当を請求できるということだ。

 派遣労働者についても、同様に、労働基準法26条に基づいて休業手当を請求できる。この際、派遣労働者と雇用関係にある派遣元が雇用主としての責任を負うため、休業手当は派遣元に請求することになる。

 なお、派遣先が契約期間中に契約を解除する場合には、派遣労働者の新たな就業機会の確保、派遣元の休業手当の支払費用を確保するための費用負担等、派遣労働者の雇用の安定を図るために必要な措置を派遣先が講じなければならない(労働者派遣法29条の2)。

実は、賃金の「全額」が請求できる場合もある

 ここまで、労働基準法26条に基づく休業手当の支払いについて述べてきたが、これは、労働者の生活を保障するために、あくまで最低限の水準を定めたものである。

 つまり、休業期間の賃金のうちの6割部分については、罰則をもって国が強制的に支払わせるという趣旨の規定であり、これによって残り4割に対する使用者の民事上(契約上)の賃金支払義務がなくなるというわけではない。

 実際に、有期雇用労働者に関しては、休業手当分だけでなく、賃金全額の請求認めらた判例もある。

 例えば、いずず自動車事件(東京高判平27.3.26 労判1121-5)では、有期労働契約の場合、当該契約期間内に限っての雇用継続及びそれに伴う賃金債権の維持についての期待は高く、その期待は合理的なものであって、保護されなければならないとして、休業命令により労働者側の労務提供を受領しなかったことに対して、賃金請求権(民法536条2項)を認めている。

 つまり、契約期間内の休業命令に関しては、賃金全額の請求が認められる可能性があるのだ。個別的な事情にもよるが、例えば、他の業務につかせる余地があったにもかかわらず会社が休業させたような場合、会社が休業を回避するための努力を怠っていた場合などは賃金全額を請求できると考えられる。

親会社・派遣先の仕事がなくなったから「クビ」も違法解雇の可能性がある。まずは専門家に相談を

 休業だけでなく、解雇や派遣切りされてしまった場合はどうだろう。「元受会社からの仕事がなくなったから解雇」というケースは少なくないだろう。

 こちらは、法的解釈の幅が大きいが、裁判例で確立した「整理解雇」の要件が適用されるので、これに沿って考えることになる。

 尚、「整理解雇」とは会社側の経営難などの場合の解雇のことであり、労働者側に責任がある「普通解雇」や「懲戒解雇」と区別される。

 これまでの裁判例によれば、「整理解雇」は(1)人員整理の必要性、(2)解雇回避努力義務の履行、(3)被解雇者選定の合理性、(4)解雇手続の妥当性の4つの要件を満たさない場合、解雇権の濫用として違法とされる。

 新型コロナウイルスを原因とする経営不振の場合、会社に故意や過失があったとは認められず、賃金請求権が認められない可能性はある。

 しかし、経営に打撃があるとはいえ、経営不振で労働者を解雇しなければならない状態にまでなっていない場合だと、話は変わってくる。解雇しなくても、一時的な休業でしのげる場合もあるはずだ。しかも、その期間の休業手当には政府が特例的に助成金を出している。

 また、特に非正規に関しては、このような「危機」に便乗した人減らしの解雇の可能性もある。これはリーマンショック時にも大きな問題となったのだが、有期雇用や派遣労働者を長く雇い続けていると、直接雇用や無期雇用としての扱いが求められる場合がある。これを回避するために、必要のない解雇を「便乗」して乱発していたのである。

 実際に、リーマンショック期には製造業だけで100万人以上が解雇されたとみられているが、いくつもの大企業で、千人規模の一斉解雇をした直後から、すぐに数百人単位の「募集」が行われていた。

 さらに、派遣社員の場合、先に述べたように、派遣の契約期間が残っていた場合は、派遣先または派遣元が違う派遣先を探すなどの対応を取る必要がある。

 次の派遣先が見つからないことを理由に中途解雇する場合にも、使用者側に責任のある不当解雇に当たる可能性が高い。この場合、残された期間分の賃金請求や損賠賠償が可能だ。

 以上のように、休業手当が出ない問題や解雇問題に直面しても、法的・制度的には解決の可能性がある。すぐにあきらめず、労働問題の専門家に相談してみるのがよいだろう。

個人や企業頼みの対処法だけでなく、政府による社会政策が必要

 現在の法律・制度で先に紹介したような対処ができるとはいえ、新型コロナウイルスの感染拡大によって生じる様々な問題に個人や企業の力のみで対処していくのは困難だ。

 経営基盤が整っている大手企業では様々な「配慮」ができるかもしれないが、地域の中小企業ではそうもいかない。実際に経営が危機に陥る企業もあるはずだ。

 とりわけ中小企業の労働者や非正規雇用、フリーランスなど、より困難な状況に置かれた人々への対策を強化することが急務である。

 また、POSSEに寄せられている相談の中には、一時的な収入減にとどまらず、生活困窮に陥る声が数多く寄せられている。制度の範囲を広げ、より多くの労働者が救われるべきだ。今後も政府の動きには注目していきたい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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