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授業がないと給与が払われない? 一斉休校による「非正規」教員への影響

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 2月27日、政府が新型コロナウイルスのさらなる感染拡大防止のため、全国の公立小・中・高・特別支援学校が3月2日から春休み明けまで一斉休校を決めた。また、公立学校だけでなく、私立学校もそれに準ずる形で対応し始めている学校が出てきている。

 そのような状況の中で、労働問題という観点から特に大きな影響を受けるのは、非正規雇用である「非常勤講師」の教員たちだ。非常勤講師の割合は年々高まっており、公立の非正規「教員・講師」は9万2千人あまりに上り、全体の14.4%を占めている(総務省、2016年4月1日時点)。

 また、私立高校(全日制及び定時制)の場合、非常勤講師の比率は29.4%にも及んできている(2019年度学校基本調査)。最近でも、例えば、Twitter上では、下記のTweetが反響を集めている。

 非正規教員は賃金が低く立場も不安定だ。一斉休校の影響が彼らを直撃することが懸念される。そこで本記事では、具体的に活用できる法制度や対処法を紹介したい。なお、公立と私立によって、適用される法制度が異なるので、それぞれ分けて解説していく。

 また、ここで紹介する制度は、コロナウイルスの影響で自主休校している、塾・予備校の非正規講師の方々や、教員以外の公務・民間の非正規労働者にも参照して欲しい。

一斉休校の非正規雇用で働く教員への影響

 

 教育現場では、正規雇用である「正規教員」(私学の場合、「専任教諭」)、有期雇用の非正規雇用教員である「臨時的任用教諭」(私学の場合、「常勤講師」)、「非常勤講師」(私学でも同様の名称)の3つの雇用区分が一般的だ。

 その中でも非常勤講師は、担当授業に対して「1コマ〜〜円」(2000円〜3000円程度であることが多い)という対価が払われる労働契約が締結されている。

 彼らは授業以外の業務である授業準備や、テスト作成・採点等の業務に対価が払われないことが多く、実際の時給は最低賃金に近い場合もあり、手取り15万円ほどの教員もいる。

 また、通勤の交通費やボーナスも支給されないことがあるため、複数の学校での非常勤講師を掛け持ちしたり、全く関係のない飲食店などのアルバイトを掛け持ちして生活を成り立たせている非常勤講師も存在している。

 そのように、普段から生活が苦しい非常勤講師は、今回の一斉休校により担当授業がなくなると、給与が支払われず生活困窮に追い込まれてしまうことが容易に予想される。

公立学校での対応

 まず、公立学校については、非常勤講師の労働条件について定めた「都立学校等に勤務する時間講師に関する規則」(1974年3月30日・教育委員会規則第二四号)の第11条に次のように定められている。

(研修)

第十一条 教育委員会は、時間講師に対して授業に支障のない限り教科の授業に要する時間に研究及び調査(以下「研修」という。)を命ずることができる。

2 研修を命ずる場合は、別記第六号様式による研修命令簿により研修題目、研修場所その他必要な事項を特定しなければならない。

 この規則にある通り、非常勤講師の業務内容の中には、授業だけでなく「研修」が含まれている。

 東京都教育委員会に今回の一斉休校による非常勤講師の賃金保障について対応を尋ねたところ、今回は、同条の「自宅研修」を命じる形を取ることで、自宅研修を命じられている期間は、これまで通りの賃金を支払うということであった。

 この「研修」という項目については、これまでも学校行事などで授業がなくなってしまった場合にも適用されていたという。

 ただし、注意点としては、各都道府県の教育委員会によって、規則が異なるため、東京都以外でもこの規定が適用されるかはわからない。とにかく、各県の非常勤講師の教員には、この規則を元に、授業がないとしても賃金が減るということは避けられるということを知ってほしい。

私立学校での対応

 一方の私立学校の非常勤講師はどうだろうか。私立学校の場合は、公務員である公立教員とは異なり、民間労働者と同じ法制度が適用されることになる。具体的には、学校による出勤停止や自宅待機、自宅研修などの命令がある場合は、休業手当として最低でも平均賃金の60%を請求することができる(労働基準法26条)。

労働基準法26条

使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

 この条文のとおり、「使用者の責に帰すべき事由」による休業であれば、学校は休業手当の支払義務を負う。

 そして、「使用者の責に帰すべき事由」の範囲は広く解釈されており、災害などの不可抗力によるものでない限りはこれに含まれるものと考えられている。簡単にいえば、どれだけ手を尽くしても労働者を就労させることができないというときのみ、使用者は休業手当の支払義務を免れるということだ。

 労働基準法26条は休業を余儀なくされた労働者の最低生活の保障を図ることを目的としている。働けなかったことにより貧困に陥ってしまうということがないよう、余程のことがない限り休業手当が保障されるようになっているのだ。

 このため、たとえ社会的要請に基づく予防措置だとしても、学校が自主的に判断したものであれば不可抗力とまではいえず、「使用者の責に帰すべき事由」による休業と考えられ、会社には休業手当の支払いが求められるものと考えられる(下記も参照)。

 参考:新型コロナでひろがる出勤停止  知っておきたい「休業時の生活保障」の知識

 さらには、あくまで休業手当でとして支払われる6割の金額は労働基準法における最低限の水準であり、残りの4割分を学校(使用者)に対して民法の規定を根拠に別途請求ができる可能性がある。

 上述した労働基準法26条は、休業期間の賃金のうちの6割部分については、罰則をもって国が強制的に支払わせるという意味の規定であり、これによって、残り4割に対する使用者の民事上の支払義務がなくなるというわけではないからだ。

民法第536条第2項

債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

 ここでも「債権者の責めに帰すべき事由」が論点になるわけだが、今回の一斉休校の場合、政府はあくまで休校の「要請」をしているだけであり、また、「生徒」を休ませるよう要請している訳で、教員を休ませるようには言っていない。

 したがって、公立学校同様に私立学校の非常勤講師にも代替業務はある中で、私立学校が自主的に休校を判断している現状を踏まえれば、賃金全額を支払うべきであると考えられる。

 さらにいえば、授業料や補助金によって運営されている私立学校の場合、売上が減って支払能力が減るわけでもないと考えられるので、賃金全額を支払わないことを正当化する事情はないと思われる。

 休業期間について給与の6割しか支払われない場合、もともと賃金の低い非常勤講師の生活に与える打撃は大きい。生活そのものが立ちゆかなくなり、家賃滞納などに陥る危険もあるだろう。そのような場合は、給与の「全額」を支払うよう学校側に求めていくべきだ。

 教員の方々にはこのような時こそ労働組合の力を活用してほしい。労働組合であれば、団体交渉制度を通じて学校側に給与の支払いを求めていくことができる。

非正規雇用で働く教員は相談を!

 実際に、教員たちが作る労働組合である「私学教員ユニオン」には、現在、非常勤講師の教員たちから「休業後の賃金保障はどうなるのか?」、「もし賃金が払われなければ生活が成り立たない」などの労働相談が寄せられているという。

 もちろん、コロナウイルスの蔓延を防ぐために休校にすることは必ずしも否定されるべきではないが、それによって大きな被害を受ける低賃金・不安定雇用で働く非正規雇用教員の生活もしっかり保障すべきである。

 新型コロナウイルスに伴うさまざまな措置の矛盾は、弱い立場にある非正規雇用にある人たちに集中する。「私学教員ユニオン」では下記の日時で、非正規雇用で働く教員のための相談ホットラインを開催することにしている。

 問題を抱えている場合、ひとりで抱えこまず、ぜひ相談してもらいたい。

非常勤講師のための無料労働相談ホットライン

2月29日(土)13:00~17:00

3月1日(日)13:00~17:00

電話番号 0120-333-774(通話無料)

※相談無料・電話無料・秘密厳守

主催:私学教員ユニオン

追伸

 非正規教員たちは、年度末で解雇の危険にもさらされている。毎年2月、3月はただでさえ雇止めの相談が多い時期だ。下記の相談窓口では、コロナ問題だけではなく、非正規教員の雇止めについての労働相談も随時受け付けている。

無料労働相談窓口

私学教員ユニオン

03-6804-7650

soudan@shigaku-u.jp

*私立学校で働く教員で作っている労働組合です。多数の学校に組合員がいます。正規・非正規にかかわらず、一人からの相談にも対応します。

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン

03-6804-7650

info@sougou-u.jp

http://sougou-u.jp/

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 土日祝13時~17時 水曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。労災を専門とした無料相談窓口

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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