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三鷹市で「保育士一斉退職」の危機 「ストライキ予告」で退職回避を模索

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

相次ぐ退職、休職者…目前に迫った「集団退職」

 今年2月、東京都三鷹市の認可保育園で、保育士・調理師ら10名以上が労働組合「介護・保育ユニオン」に加盟し、経営側に保育環境・労働条件の改善などを求めて団体交渉を申し入れた。経営側が要求に応じない場合、3月に少なくとも1日の全日ストライキを実施すると予告しており、保護者にもすでに呼びかけを始めている。

 この保育園では、これまで退職者が相次ぎ、現時点で精神疾患などの理由で休職に追いやられている職員が数名いる。このままでは春から働き続けられるかわからないという声も複数聞かれ、ここ数年、全国で続出している保育園職員の集団退職が、この保育園でも現実味を帯びてきている。

 とはいえ、認可保育園でのストライキは異例のことだ。ここではどのような問題が起きているのだろうか。そして、何を目的にストライキまで掲げているのだろうか。

配置基準違反・過労死ラインの残業…「安心・安全」を守れない保育

 保育士たちが追いつめられる理由の一つは、人員不足による過剰な業務負担である。

 特に子どもを受け入れる時間帯が大変だ。朝早い出勤のシフトである「早番」のできる保育士を十分に確保できておらず、子どもの人数に対する保育士の最低人数を定めた配置基準の違反が頻繁に起きている。

 日中も、配置基準ギリギリの人数しか確保されていないため、一人ひとりの子どもに気を配ることが難しい。そのため、子どもの体調が悪いときに気付いてあげられなかったり、相談を聞きづらくなったりしてしまう。ケガの防止についても、乳児のケガはもちろん、子どもたちが取っ組み合いの喧嘩を始めたときに、頭を打ったり、顔をひっかいたりしないための注意も行き届きづらいという。

 この保育園は、一人ひとりの子どもたちに向き合うことをポリシーとして掲げているが、現場はそれどころではない。保育士たち自身も「安心・安全」な保育を行いたいと常に考えているのだが、それ以前に危険を防げるかどうかが精一杯になってしまっているのが現状だ。

 こうしたギリギリの保育のしわ寄せは、保育士に重くのしかかってくる。休憩も法律で定められた1時間ではなく、30分間を取るのがやっとだ。3歳、4歳、5歳の子どもに至っては、それぞれ約20人もいる各学年を配置基準ギリギリの一人の保育士でほぼ見ることになり、保育士がトイレに行くためには、別の学年を担当している保育士に、二つの学年の教室を見られる位置に移動してもらい、一時的に二つの学年の40人近くの子どもたちを見てもらわなくてはならないほどだ。

 あまりの負担と人数の少なさに保育士が園の経営担当者に相談すると、「労働時間を伸ばせば良いじゃないか」という回答が帰ってきたという。ところが、そもそもの労働時間も長い。あるベテラン保育士は、頻繁に朝7時から16時までの「早番」のシフトを担当している。

 園の掃除を行うため6時45分に出勤し、シフト終了後も行事の準備や季節ごとの飾り付けの制作や、迎えにきた保護者の対応のため19時ごろまで園に残ることも多い。やり残した作業は家で持ち帰り残業をせざるを得ない。タイムカードに記録されている時間だけで、過労死ラインに迫る月約80時間の残業をしていたこともあった。

 しかも、残業代は事前に申請した分しか出ないため、保護者対応など、事前に申請しようがない緊急の業務については残業代が出ず、ただ働きである。

保育士たちはなぜ立ち上がったのか

 

 保育士たちが会社に渡した要求書には、補充による人員配置の改善、問題行動ばかり起こす園長の更迭、未払い賃金の支払い、保育園の設備不良の迅速な対応、などが並べられている。

 いずれも「安心・安全」な保育園で働き続けるための最低限の条件だ。これらの要求に経営側が応じられない場合は、ストライキに踏み切るというのだ。

 保育士たちにとって、ストライキが「最後の手段」だったことがよくわかる。

保育士たちが保護者に配布したチラシ
保育士たちが保護者に配布したチラシ

 ただし、保育園でのストライキは、工場などと異なり、利用者である子どもたちや保護者の生活にとっても死活問題となる。勤務先を休んだり、臨時の預け先を探すなどの対応をしなくてはいけなくなってしまう。

 組合員たちも全日ストライキは極力回避したいという思いでは一致している。それでも、このままの状態で園を続けることは、子どもたちや保護者のためにもできないと考えているとのことだ。

 一方で経営側は、いまだに団体交渉の日程を決めないままだという。ストライキの予告を受けて、経営側も保護者に対して手紙を渡しているが、保育環境・労働条件の改善どころかストライキの回避についても一言も触れないという、強硬な態度をとっている。

ストライキ予告を受けて、会社が保護者たちに配布したチラシ
ストライキ予告を受けて、会社が保護者たちに配布したチラシ

 ストライキ回避のためには、三鷹市や保護者をはじめとした、社会的な目線が必要だ。これまでにも、行政や保護者の働きかけで経営者の姿勢が変化し、ストライキを回避した保育の事例もある。

 保育をはじめとしたケアワークの労働問題は、同時に「消費者問題」でもあり、「子育て=次世代育成」という社会的な問題にも直結する。保育士を孤立させず、社会的なイシューとして解決を模索していくことが大切なのである。

 最後に、今回立ち上がった保育士たちの声を紹介したい。

「保育園は保護者の方が安心安全に子どもを預ける場所です。その場を人員不足で提供する事すらできない現状があります。

経営者に現場の現状を知らせた上で、保護者の方が預けたい、職員も働きたいと思える場所を守りたいと思える場所になるように立ち上がりました。」

 社会が保育士たちの声に応えられるのか、問われている。

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*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

ブラック企業対策仙台弁護団

022-263-3191

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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