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貧困は「犯罪」になったのか? ホームレスの台風・避難所拒否事件から考える

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 先月、非常に強力な台風19号が日本列島を襲った際、台東区の避難所がホームレスの人の受け入れを拒否したことが問題となった。受け入れを拒否した理由は、「区民でないから」というものだ。

 避難所は税金と引き換えのサービスだから、区に税金を納めていない者は避難所を利用できない、といたいのだろう。

 だが、命の危険を感じて避難してきた人たちに対して、お金を払っていないからダメだ、という態度はあまりにも残酷だ。

 この問題はネット上やテレビでも話題となり、賛否両論が巻き起こった。受け入れに反対する議論としては、「臭いし、怖いから一緒にされるのは嫌」とか、「他の人は生活のグレードが下がるのに、ホームレスの人だけ生活がアップグレードするのはおかしい」などというものもあった。

 結局、ホームレスの人たちの中には避難所の利用を諦めた者もいたことが推察される。実際、台風19号による都内唯一の死者は多摩川の河川敷で亡くなった70代くらいの男性だった。

 今回の事件では、ホームレスの人たちは「命」すらも軽んじられてしまう日本社会の現実が明白となってしまった。では、海外と比較して日本のホームレスの状況はどう違うのか、また、なぜこれほど苛烈なホームレスへの憎悪が生じてしまうのか。

 すこし掘り下げて考えてみたい。

ホームレス自立支援法

 まず、近年の「ホームレス対策」がどのように行われてきたのかを概観しよう。

 90年代にバブルが崩壊してから、ホームレス(野宿状態)の人たちが大都市部の駅や公園などの路上に目立つようになった。それと同時に、行政によるホームレス排除も推進されていく。

 例えば、94年には新宿西口のダンボール村が撤去されるという出来事があった。たくさんのホームレスの人たちがダンボールハウスを作って住んでいたため、ダンボール村と呼ばれていたところを、当事者や支援者の抵抗を行政が排除して撤去した。

 今はその面影もなく、代わりに「動く歩道」や座ることのできない謎のオブジェが設置されている。

 こうしたホームレス排除は繰り返し行われており、最近では渋谷区の宮下公園でのホームレス排除が記憶に新しい。

 ただし、単に寝泊まりしている場所からホームレスの人たちを排除しただけでは、ホームレス問題そのものがなくなるわけではない。

 そこで、2002年にはホームレス自立支援法が成立し、自立支援センターにホームレスの人たちを収容し、就労を通じた住居取得を促す制度が作られた。

 この制度は、後述するヨーロッパのホームレス対策と比べても問題が多い。まず、日本の行政によるホームレスの定義では、「ホームレス」=「野宿生活者」となっており、その範囲が狭い。

 しかし、ネットカフェ難民やマック難民など住宅難に苦しむ人たちは他にもおり、ヨーロッパの定義ではそれらの人たちも支援の射程に入ってくる。

 また、日本の自立支援センターという施設では、個室のプライバシー空間が確保されていないことが少なくない。

 精神疾患やアルコール依存症などの様々な困難を抱えた人たちにとって、そのような居住環境に耐えることは難しく、同居者同士でトラブルになることもある。

 その結果、センターに居続けることが困難であるために失踪する人も後を絶たない。

 さらに決定的な欠陥は、就労する能力がない場合には、自立支援法は適用されないということだ。

 同法はセンターに居住しながら就労し、アパートの初期費用を貯めて、実際にアパートに移行することが目的だからだ。

 そのため、稼働能力のないホームレスの人たちは生活保護の利用に移行していくことになる。

生活保護も「自立」を促進しない

 生活保護を利用する際にも問題が多い。特に、居住場所として自立支援センターの代わりに無料低額宿泊所に入所させられるが、その居住環境は劣悪なことが少なくないからだ。

 例えば、個室がなく、6畳ワンルームの真ん中をベニヤ板やカーテンで仕切られているだけであったり、南京虫が湧くような衛生環境であったり、風呂に毎日入れなかったりすることは珍しくない。

 おまけに行政から支給された保護費の大半を徴収され、手元には1〜2万円しか残らない。こうした施設は、生活保護受給者を囲い込んで行政からのお金で稼ぐ「貧困ビジネス」とも呼ばれる。

 つまり、生活保護の支援は、生活困窮者に独立した尊厳のある生活を保障するのではなく、劣悪な施設に収容し、いわば一般市民からの「隔離状態」に置いているのである。

 尚、2015年時点で無料定額宿泊所は537施設あり、入所者(生活保護受給者)は14,143人に上っている。

 以上のように、日本のホームレスの人たちは、路上ではもちろんのこと、ホームレス自立支援法や生活保護によっても、一般市民から隔離され、まともに人権が保障されない環境に置かれているといわざるを得ない。

 このような「排除政策」の延長線上に、今回の避難所の事件が起こっているのではないだろうか。

ヨーロッパにおけるホームレス支援

 それでは海外、特に福祉の発展したヨーロッパではどのようなホームレス支援が行われているのだろうか(以下、小玉徹他(2003)『欧米のホームレス問題』法律文化社を参照)。

 まず指摘できるのは、日本と比べてホームレスの定義が広く、支援の対象が幅広いということだ。

 欧州各国のホームレス生活者支援組織の連合体であるFEANTSAという団体によれば、ホームレスの定義には以下のものが含まれる。

極度のホームレス状態にある人々

…友人や親族の家を渡り歩いている人、公的あるいはボランタリーなシェルターを利用している人、車中泊している人、人間の居住のために建てられたものではない建物に住んでいる人

極度のホームレス状態に陥る危険のある人々

…住宅からの立ち退き措置を取られている人、住宅から立ち退かされた人

住宅をめぐる排除の状態にある人々

…著しく低水準な、かつ(あるいは)過密な居住環境にある人

 これを見ただけでも、野宿生活者のみをホームレスとする日本と比べて、圧倒的に広範な支援対象者を想定していることがわかる。

 それだけでなく、ホームレスは一般の労働者・市民と地続きの存在であることが前提となっている。

 そのため、特にドイツやフランスではホームレスのみを対象にした法律が存在しない。あくまで、一般的な社会保障制度や労働市場政策を通じて、ホームレスの人たちを支援するようになっている。

 ヨーロッパでは、低所得者向けの家賃補助や公共住宅の供給が共通して行われ、そもそもホームレス状態になるのを防ぐ法制度が整っているのである。

 このように、隔離と排除を基本とした日本の政策と比べると、欧州ではホームレス問題の捉え方や取り組みの大枠が全く異なっている。

 さらに各国を具体的に見ていくと、イギリスでは自治体と民間支援団体が協働してホームレスの人たちに対する炊き出しやアウトリーチ(支援者が問題を抱える人々の方へと出向いていく)、緊急宿泊所の提供を行っている。

 また、一時的な居所としてホステルなどを提供し、そこから恒久的な住宅の提供に至るまで支援を行なっている。イギリスのホステルは日本の無料低額宿泊所とは異なり、ほとんどが個室である。

 ドイツでは、住居喪失を未然に防ぐためのシステムが整っている。本人や民間支援団体から住居を失う恐れがあるとの通知を受けると、自治体の専門部局がまず当事者と家主との間に立ち、滞納家賃を分割で支払えるよう取り持つ。

 これを家主が拒否した場合に、自治体は滞納家賃を肩代わりする。その上で、立ち退き訴訟が始まると訴訟経費なども支払うという。それでも立ち退きの決定に従わなければならない場合には、代わりの住居を斡旋する。

 なお、日本の生活保護では家賃の補助はあっても、過去の滞納家賃の給付はない。

 フランスでは、「住居への権利」が法制度化されており、これに基づいて「住居への権利運動」が社会運動として展開されてきた。

 この運動は、ホームレスの人たちが空き家を「不法」占拠していき、裁判を通じて居住権を獲得するというものである。

 この運動の結果、「必要に迫られての占拠は刑法に違反しない」ことや、大家の所有権と借家人の「住居への権利」が憲法上同等の価値を持ち、立ち退き執行に制限を課す判決が出されている。

 人権を守るという価値観が、いかに深く社会に根付いているのかを感じさせる判決であろう。

 ヨーロッパではホームレスの人たちが一般市民と地続きの存在と見なされ、支援が行われている。

 そのため、一般市民がホームレス状態になるのを未然に防ぎ、もしホームレス状態になったとしても、住居を獲得するための支援や法制度が確立されている。

 これは、日本の排除と隔離を前提とした政策とは相当に異なり、人権を尊重した「ホームレス対策」である。

貧困の犯罪化

 では、日本ではなぜこれほど貧困者に対する「排除」と「隔離」が社会に根付いてしまっているのだろうか。

 社会学者のジグムント・バウマンによれば、現代の消費社会において、貧困であることは「犯罪」となるという。

 かつて先進国で工場労働が支配的であった時代には、労働倫理(労働こそが人間の正常なあり方であり、働かないことは異常であるということ)が重要視され、工場労働を通じて貧困は撲滅されるものとされた。

 その中で、貧困者は「労働予備軍」(労働力のプール)として必要とされる存在であった。つまり、いずれは労働することが期待されていたのである。

 しかし、製造業のグローバル化が進み、工場労働などの生産を中心とした社会から消費を中心とした社会へと移行すると、貧困者は人並みの消費生活を送ることのできない「欠陥のある消費者」と位置付けられるという。

 しかも、「労働予備軍」として社会から必要とされることもなくなり、社会の「余剰」となる。かつての労働倫理は、こうした貧困者を道徳的に堕落した異常者とみなすことにつながる。

 例えば、ホームレス、物乞い、アルコール依存症者などは、労働を拒否し、寄生的な生活を送っているとして、「アンダークラス」と呼ばれ敵視される。貧困は「犯罪化」され、一般市民は貧困者から自分たちの生活を防衛しようとする。

 つまり、もはや彼らは再び就労することで社会を構成する仲間とはみなされずに、ただ排除され、隔離される対象となるのである。

 これらの議論は欧米社会を踏まえてなされているわけだが、これまで見てきたように、この構図がよく当てはまるのは日本の方だと言っても差し支えないだろう。

 

 ヨーロッパでもホームレスなどの貧困者を敵視する風潮が広がっているのかもしれないが、他方でそうした風潮に対抗するような社会運動があり、「余剰」されてしまった人々に対しても、人権を守る法制度が整備されてきた。

 日本ではそれらが決定的に欠けている。貧困者はもはや社会を構成する仲間とはみなされず、人権保障の対象ともされない。貧困者をそのまま「余剰」とみなし、敵視する風潮が幅を利かせているのではないだろうか。

 貧困者が排除される社会は誰にとっても済みやすい社会ではない。日本においても、人権を守り、ひいては社会を守るような社会運動と法整備が必要であると思う。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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