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「ブラック」化に拍車、劣悪な待遇で働く「非正規公務員」のスト権までも剥奪へ

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 先週、NHKの「クローズアップ現代+」で放送された「揺れる“非正規公務員”〜急増する背景に何が?〜」(11月6日放送)が視聴者に衝撃を与えている。

 

 番組が取り上げたのは、手取り16万円で働く児童相談所の職員や、学級担任を任される時給900円以下の非正規教員たちだ。その内容は、低処遇の“非正規公務員”たちが、私たちの生命や生活に密接に関わる責任の重い業務を担っている実態に迫るものであった。

 今や市区町村で働く公務員の3人に1人が非正規であり、多くの自治体で住民サービスを担う基幹的労働力となっている。

 しかし、低処遇の非正規公務員の比率が高まれば、自治体の機動力や対応力は低下する。災害など、いざというときに自治体が機能しない恐れもある。

 非正規公務員が急増するなかで、教育、保育、医療、災害への対応、文化財の保全など、人々の生活や文化を支える公共サービスが危機に瀕しているのだ。彼らの待遇を改善しなければ、公共サービスの質は低下し、私たちの生活や安全が脅かされてしまうだろう。

 こうしたなか、来年4月から「会計年度任用職員」という新しい制度が導入される。しかし、その「改革」の内容は、非正規公務員の状況をさらに悪化させかねないものだ。

 本記事では、非正規公務員の実情と制度改革の問題点を探っていこう。

非正規公務員の実態

 改めて非正規公務員の実態を見ていこう。非正規公務員とは、国や自治体で臨時職員や非常勤職員として働いている人々のことを指す。

 

 2016年に実施された総務省の調査によれば、臨時・非常勤職員は全国に約64万人存在し、2005年から約19万人増加している(総務省「地方公務員の臨時・非常勤職員に関する実態調査」)。非正規公務員の約75%を女性が占めている。

 非正規公務員が急増した背景には、2000年代以降、行政改革が進められるなかで「小さな政府」が目指された経緯がある。公的な財政支出の削減が図られ、正規公務員の定数削減が進み、非正規へと置き換えられていったのだ。

 特に財政状況が悪い地方自治体では、人件費を抑えるうちに非正規比率が高まっていった。この結果、現在では、職員の半数以上が非正規だという自治体も少なくない。

 

 一方で、住民のニーズは多様化し、行政に求められる仕事はむしろ増加している。その結果、公務職場では少ない人員で業務に追われ、正規、非正規を問わず、長時間労働が恒常化している。

 

 非正規公務員はどのような仕事を担っているのだろうか。上記の総務省の調査によれば、人数が多い職種は下表のとおりである。

総務省「地方公務員の臨時・非常勤職員に関する実態調査」(2017)
総務省「地方公務員の臨時・非常勤職員に関する実態調査」(2017)

 豊富な知識や経験が求められる仕事、生命や安全に関わる責任の重い仕事を非正規公務員たちが担っていることが分かる。正規とほとんど同じ業務を担っている者も少なくない。

 それにもかかわらず、非正規公務員の賃金は低い。時給に換算すると1000円を下回っていることも多く、年収200万円に満たない者も少なくない。このような状況は“官製ワーキングプア”などと呼ばれ、社会問題となっている。

 さらに、非正規公務員の多くは任期に上限があり、契約期間を更新して長期間働いている。実態としては何年も同じ業務に従事しているにもかかわらず、臨時的・補助的な職員として扱われているのだ。

 

 一方で、勤続の長い者であっても雇い止めを回避することはできない。公務員の場合、民間労働者に適用される雇い止め法理の適用が否定されている。そのため、次の更新の際には雇い止めされるのではないかという不安に常にさらされている。

公共サービス劣化のリスク

 このようなぎりぎりの状態で果たして質の高い住民サービスが提供できるのだろうか。もちろん、厳しい状況のなかでも懸命に質の高いサービスを目指している非正規公務員も多い。しかし、低処遇の非正規公務員への依存度が高ければ、やはり組織としての力は低下してしまうだろう。

 例えば、児童虐待のニュースでは児童相談所の対応が問題にされることが多いが、十分な対応ができない背景には予算の削減や非正規化があるとも指摘されている。

 

 災害などの緊急時に私たちが頼るのも自治体で働く人々だ。職員の半数以上が非正規化した自治体が大規模な災害に適切に対応することができるのだろうか。

 

 さらには、自身の雇用に不安を抱える教員が、余裕をもって生徒を向き合うことができるのか。長時間労働に疲弊した保育士が子どもたちの健康や安全を守れるのか。不安を挙げればきりがない。

非正規公務員のストライキ

 非正規公務員たちは重い責任を担っているにもかかわらず、低処遇かつ不安定な立場に置かれている。こうした状況を改善する上で、労使の交渉が重要になる。

 実際に、行政改革に伴う公務員の待遇問題は、日本に限らず世界的にも問題となり、各国で労使紛争が争われているのである。

 イギリスでは、2011年に年金改革に反対する全国規模のストライキが決行され、最大で約200万人が参加したといわれている。アメリカでは、近年、各地で相次いで発生した教員たちのストライキが注目を集めた。

 【参考】「諸外国の国家公務員制度の概要」(人事院)

 今年、ロサンゼルスで行われた公立学校の教職員たちのストライキは記憶に新しい。3万人を超える教職員が給与の引き上げやクラスの少人数化といった要求を掲げて立ち上がり、多くの保護者、生徒がこれを支持し、デモに加わったという。

 日本においても、非正規公務員の労使交渉の取り組みが話題を集めたことがある。昨年12月に練馬区立図書館の司書たちが区に対してストライキを通告したニュースは広く注目された。

 問題のきっかけとなったのが指定管理者制度の導入だ。指定管理者制度とは、地方自治体が所管する公の施設について、管理や運営を民間企業などに委託することができる制度である。

 民間のノウハウを活用し、サービスの向上を図るとの名目で2003年に作られた制度だが、公の施設をビジネスの道具にしているとの批判の声も強い。営利目的の民間企業が低い金額で管理を受託し、利潤重視の運営を行った結果、住民サービスの質の低下や“官製ワーキングプア”の増加をもたらしているからだ。

 このため、練馬区の図書館協力員と呼ばれる非常勤司書たちは、区が指定管理を拡大しようとしたことに反対し、立ち上がった。

 彼女たちが組織する練馬区立図書館専門員労働組合は、指定管理者拡大の撤回を求めて区側と団体交渉を繰り返したが、交渉が決裂したため、2018年12月14日には区側へストライキを通告するに至った。その後、区側から一定の妥協が提示されたため、ストライキは回避されている。

 彼女たちの闘いは、お洒落なチラシやSNS上での拡散によって全国的な注目を集め、区民や利用者からも多くの共感と支持を得た。非正規でも、団結し、また、地域社会と結びつくことによって職場を守ることができると示した画期的な争議であった(詳細は『POSSE』vol.42)。

 非正規公務員の雇用を守り、待遇を改善していくために、このような取り組みがさらに求められていくだろう。しかしながら、今後、このようなストライキの実施は難しくなると思われる。2020年4月に新制度が導入され、彼らはストライキ権を失うからだ。

2020年4月から新制度が導入

 冒頭でも述べたように、2017年5月の地方公務員法改正により、非正規公務員の多くは2020年4月から「会計年度任用職員」として任用されることになる。この制度の導入により非正規公務員にも期末手当が支給できるようになるなど、一定の改善が進むかに思われた。

 

 しかし、次の報道にも見られるように、期末手当が増加した分、基本給を減らされ、全く改善になっていない事例が相次いで報じられている。人件費が上がらないようフルタイムをパートに切り替えたり、初任給を低く設定したりする自治体も多いという。

 参考:期末手当新設で月給減 非正規公務員、悲痛な声 来春新制度 遠い待遇改善(『西日本新聞』2019年11月4日付)

 

 雇用についても、会計年度任用職員は一会計年度末日をもって毎年度任用期間が終了するため、相変わらず有期の任用であり、不安定なままである。

 

 さらに、非正規公務員のうち約22万人を占める特別職非常勤職員(教員、図書館司書など)のスト権が「剥奪」されることにも注目する必要がある。

 というのも、特別職非常勤職員にはこれまで地方公務員法が適用されていなかったため、労働組合法が適用され、スト権を含む労働基本権を有していた。

 だからこそ、練馬区の非常勤司書たちのように、ストライキを実施して雇用を守ったり労働条件の改善を図ったりすることが、法律に守られた「交渉」によって可能になってきたのである。

 しかし、会計年度任用職員に組み込まれると、地方公務員法の適用対象となり、労働組合法が適用されなくなる。つまり、スト権を失うのだ。

公務員にスト権がないのは当然なのか

 「公務員にスト権がないのは当然ではないか」と思う方も多いだろう。

 しかし、公務員にスト権がないことは日本では常識のようになっているが、これは決して世界の常識ではない。世界の多くの国では公務員にもスト権が認められているし、実際に大規模なストライキが行われていることは、すでに述べたとおりだ。

 日本においては、人事院が公務員の労働条件交渉を肩代わりするという建前になっている。その正当性自体にも疑問符がつくが、非正規公務員のあまりにも劣悪な処遇がまかり通っていることを考えれば、まともに人事院が彼らの「代弁」をしているとはとても言えない。

 現実に鑑みれば、少なくとも非正規公務員から労働基本権を剥奪すべきではないことは明らかだ。

 そもそも、労働基本権は憲法で認められた基本的人権である。まともに待遇さえ保障されていない非正規公務員に対し公務員としての責任ばかりを要求し、労働条件の「交渉」をするための法的保護さえも剥奪するというのでは、あまりにもご都合主義ではないだろうか。

他人事ではない“非正規公務員”問題

 以上のとおり、非正規公務員の急増は他人事ではない。私たちの暮らしを支える公共サービスの質や地域社会を守るためにも、彼らの待遇改善は急務だ。そして、私たち住民の一人ひとりも彼らの待遇にもっと関心を持つべきだろう。

 待遇の改善を図る上では、現場の実態をよく知る当事者たちが声を上げられる仕組みを作ることが重要だ。とりわけ、スト権をはじめとする労働基本権を行使し、公務職場における様々な課題に取り組んでいけるようにすることが求められているのではないだろうか。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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