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留学生が「強制帰国」を争って日本語学校を提訴 日本の介護現場を支える違法労働の実態とは

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 昨日(6月26日)、通っていた日本語学校から一方的に退学処分を受け、さらに「強制帰国」させられそうになったフィリピン人留学生(30歳代女性)が、補償を求めて学校を訴えた。

 訴えを起こした留学生のAさんは、2018年4月から神奈川県の介護施設で働いていたが、今年1月、突然会社を退職させられ、さらには日本語学校を退学処分になり、その日のうちにフィリピンに帰るよう強要させられた。

 その過程で、日本語学校職員によって「監禁」すらされている。なぜこういった事件が起こるのか、これから増え続ける留学生・外国人労働者の働く実態を踏まえて考えていきたい。

強制的な「ボランティア」労働

 今年3歳になる息子を育てるシングルマザーであるAさんは、フィリピンで介護士と看護師の資格を持つ30歳代の女性だ。

 フィリピンの化学工場に設置された医務室で看護師として働いていたが、ある日、知人から「日本に行って夢を叶えよう」という人材送り出し機関のネット広告を紹介されて、「息子の将来のために」一人息子をフィリピンに残し単身で日本に来ること決めた。

 Aさんは、将来的には専門学校に進学し介護福祉士の資格を取得し日本で働き続けて家族を呼び寄せる、というプランを考えていたという。

 送り出し機関で日本語研修を受けた後、フィリピンで、神奈川県にある介護施設の面接を受けて見事合格。来日後は、施設から紹介された日本語学校で留学生として日本語を学びながら、横浜にある介護施設で働く計画で、2018年4月に来日した。

 それ以降、介護施設の提供する寮で寝泊まりしながら、午前中は学校に、午後は介護施設でアルバイトという生活を送っていた。

 しかし、この介護施設の労働環境は「ブラック」で、様々な問題があった。まず、日本語がまだ不十分であったにもかかわらず、支援のサポートもほとんどないまま一人で夜勤を命じられた。

 夜7時から翌朝9時までの16時間勤務中に、一人で9人の入居者のケアをしなければならず、体力的にも負担が大きかった。さらに、給料は4時間休憩を取れたことにされ、12時間分しか支払われなかった。

 その上、そもそも給料が発生しない「ボランティア」を一ヶ月30時間ほど命じられた。これは、留学生に課せられた週28時間という法律上の制限をかいくぐるために、実際には働いているが「ボランティア」として働いていないことにするという会社の「脱法戦略」に基づいて行われた。

 そのため、Aさんは毎月30時間のタダ働きをしなければいけなかったのだ。

2018年8月分のシフト表。赤く囲った部分の上段が「留学生 Aさん」、下段が「留学生(ボランティア)Aさん」とあり、一ヶ月あたり37時間のボランティアをしていたことがわかる
2018年8月分のシフト表。赤く囲った部分の上段が「留学生 Aさん」、下段が「留学生(ボランティア)Aさん」とあり、一ヶ月あたり37時間のボランティアをしていたことがわかる

 こういった状況に対して不満をもったAさんが会社に抗議すると、会社は「これが日本のルール」と言うだけで改善しようとしなかったという。

アルバイト先の労働環境について抗議すると「強制帰国」

 これでは納得できなかったが、Aさんには働き続けるしか選択肢がなかった。というのも、Aさんは来日するために40万円を負担しており、またフィリピンに残した家族の生活のためにも、ある程度日本で稼がなければ来日した意味がなくなってしまう。

 また、住まいは会社の寮だったため、退職して別のところで働くためには新たな仕事とともに新たな住まいも探さなければならず、転職のハードルが非常に高い。

 来日してまだ半年で日本語でのコミュニケーションも十分でない中で、それらすべてを行うのは無理だった。

 そんな中、ある日Aさんがいつもどおり朝、日本語学校に向かうと職員から「話がある」と言われて会議室に通された。そこには、会社の社長、介護施設の施設長、日本語学校の校長と職員がおり、その場で会社を辞めること、学校も退学すること、そしてその日のうちにフィリピンに帰ることを強要されたという。

 介護施設運営会社の社長はAさんに対し「あなたもう会社来なくていいですよ」「仕事もうない」と一方的に辞めるよう迫ったのである(その様子は映像記録として残っている)。

 そして、日本語学校の職員は、Aさんが介護のプログラムで来日しているのだからこの施設を退職したら「フィリピンに帰らないといけない」と帰国を強要し、なぜ留学生として来日しているのに職場を退職すると学校も退学して帰国しないといけないのかというAさんの訴えに対しては、「(介護施設名)と日本語学校はセットだから」と告げ、その日の夕方にフィリピンに帰国するよう迫った。

 その時、学校がAさんに渡したスケジュールがこれだ。

「強制帰国」のスケジュール表
「強制帰国」のスケジュール表

 「帰国予定日:1月23日水曜日」と書かれた文書の左側に1日の行動スケジュールが書かれており、8時に投稿するAさんに対して、9時に会社が「退職勧告」、11時に「退学手続き」を行い、準備後、17時に「成田T3到着」「チェックイン」、19時に「成田発」、そして23時30分「(フィリピン)マニラ着」と書かれている。

 その上、成田空港までの往復高速代や駐車場代、航空券代はAさんの給料から、一方的に天引きすることになっている。この文書は、Aさんの合意なしに退学処分にし、さらに問題を覆い隠すために「強制帰国」させようとした証拠と言えるだろう。

学校と会社の責任を問う

 Aさんは、退職、退学、そして強制帰国を告げられた後、一旦寮に戻ったが、日本語学校の男性職員3名が、Aさんの許可なく勝手に女性寮に居座り、Aさんが逃げないように5時間にわたり見張り続けた

 Aさんが「翌朝の飛行機を予約してフィリピンに帰ります」と泣く泣く伝えると日本語学校の職員はその日中にAさんを帰国させることを諦めて一旦帰宅。職員が帰ったところを見計らって、Aさんは着の身着のまま寮を飛び出した。

 Aさんは高田馬場をさまよいながら、待ちゆく人に助けを求めたが、日本語が話せず十分に自分の置かれた事情を説明できなかった。

 なんとか英語が話せる日本人女性に繋がり事情を説明したところ、その日本人女性が状況を理解し様々な支援団体にコンタクトをとった。しかし、外国人、特に留学生の問題に取り組む団体はほとんどなく、何十もの団体に断られてようやく、私が代表を務めるNPO法人POSSEにつながった。

 私たちは、相談を受けた私達はすぐにAさんと会い、新しい家の確保や引っ越しの手伝い、そしてお金が無かったため食糧支援といった様々な支援を行いながら、Aさんが落ち着いて話せるような環境を整えた。

 そして、Aさんから介護施設での労働問題や日本語学校による「強制退学」「強制帰国」の話を聞き、これらの問題についてAさんが権利行使できるような支援を行った。

 その結果、同じ日本語学校に通いながら同じ介護施設で働いてたフィリピン人留学生3名とともにAさんはPOSSEが提携している労働組合「総合サポートユニオン」に加盟し、未払い賃金の支払いや「強制退職」の責任を求めて会社と団体交渉を行った。

 交渉の結果、留学生らに対して未払いになっていた賃金の支払い、そしてAさんを一方的に辞めさせたことの責任を会社側が認め、補償することで和解した。しかし、学校側は退学の責任を認めていないため、2019年6月26日、Aさんは学校を訴える裁判を東京地裁に提起した。

提訴後に行った厚生労働記者クラブでの記者会見の様子。前列向かって左からPOSSE代表・今野、指宿弁護士、Aさん、外国人労働サポートセンター・岩橋、POSSEボランティアの学生(後列も)
提訴後に行った厚生労働記者クラブでの記者会見の様子。前列向かって左からPOSSE代表・今野、指宿弁護士、Aさん、外国人労働サポートセンター・岩橋、POSSEボランティアの学生(後列も)

困っている外国人ほど声をあげられない「NPO法人POSSE外国人労働サポートセンター」の役割

 ここまで見ていくと、「なぜこんなひどいことが」と思われるかもしれないが、長年外国人の労働問題に取り組んでいる指宿昭一弁護士は、「強制帰国」は技能実習生に対して頻繁に行われていると言う。

 外国人を雇う企業側は、労働問題があったとしても帰国させれば問題を覆い隠すことができると考えて、文字通り強制的に空港に連れていき飛行機に乗せるケースがあるという。

 Aさんのケースからもわかるように、日本語学校は留学生の安全よりも提携している会社との関係を重視して、不満を持つ留学生をとにかく辞めさせて帰国させるという手法が留学生においても蔓延していると思われる。

 しかし、日本語学校による強制帰国はこれまで問題になってこなかった。AさんがPOSSEの支援を受けて会社と交渉し、学校を訴え記者会見をすることで初めてこの問題が明らかになったといえる。ちなみに、留学生が学校を「強制帰国」で訴える裁判は日本で初めてである。

 では、なぜ留学生は職場や学校で問題があってもなかなか声を上げることができないのか。それは外国人、とくに留学生に対しての支援が圧倒的に足りていないからだと言える。

 国も日本語学校に対する規制や留学生が働く職場の取締りはほとんど対策をとっておらず、民間レベルで留学生が労働問題に直面した際の支援を行っている団体はほとんどない。留学生は困っても、相談する先がないのだ。

 そもそも、相談しようと思っても、言葉の壁という大きなハードルがある。日本語でのコミュニケーションが困難であれば日本語対応の窓口はあまり意味をなさない。

 その上、来日前に背負った借金や在留資格の問題、学校や住まいといった様々な課題を留学生は抱えており、これらをトータルに解決できなければ、仮に会社や学校から不当な扱いを受けていても、声を上げることができない。そもそも「困ったら相談できるところがある」ということすら知らないだろう。

 そこで、POSSEはAさんの支援をきっかけに外国人労働者に対する権利侵害(給料未払い、不当解雇、パスポートの取り上げ、労災事故、過労死、強制帰国など)の問題に取り組む窓口として、「外国人労働サポートセンター」を設置し、英語で無料相談を受け付けている。

 さらに、本当に困っている外国人は相談窓口にたどり着くことすらできないことを考え、アウトリーチ活動に力を入れている。POSSEにボランティアとして参加している首都圏や仙台の大学生が中心となって、日本語学校が集中している地域などで街頭に出て相談呼びかけのチラシを配布したり、職場の問題についての調査活動を行ったりしている。

 このようなアウトリーチ活動を通じて、被害を発掘し解決まで支援していくことを目指している。

 加えて、Aさんが日本語学校を訴えるに当たり、訴訟費用をクラウドファンディングで募集している。留学生の多くはそもそも借金をして来日しており、日本での生活も苦しく、訴訟費用を賄うことが難しい。

 しかし、裁判を提起しなければ日本語学校から強制帰国させられそうになったとしても日本語学校は責任を取ることはなくなってしまう。経済的な制約から権利を行使することができなければ、権利行使というのは絵に描いた餅に終わる。

 これから増え続ける外国人労働者の権利を守るために、わたしたちができることから始めていきたい。

2020年9月17日追記

「本件訴訟については、2020年8月28日、無事に和解が成立し円満に解決いたしました。なお、訴訟においては、原告であるAさんの主張と被告である日本語学校の主張には対立がありましたが、この対立点について、裁判所が何らかの判断をしたということではありません。

主に、以下の点については、本記事の記載と被告の主張は異なっています。

(1) 「強制退学」という記載

 被告は、原告の退学理由は介護施設での労働問題と無関係であり、また強制的に退学させたものでもないと主張しています。

 確かに、原告は「退学届」に署名をしているので、説得に応じて合意に基づき退学したようにも見えますが、私は、被告から退学にすると言い渡され、署名をせざるを得ない状況においこまれたからであると考えています。

(2) 「強制帰国」という記載

 被告は、原告に対して、「強制帰国」をさせようとしたということを認めず、帰国するように口頭で促し、強制力を働いた事実はないと主張しています。

 これは、被告の行為についての評価の違いだと思います。私は、被告は、原告に対して、意に反して帰国をさせようとして不当な圧力をかけたものであり、これは「強制帰国」と評価できると考えます。

(3) 「監禁」という記載

 被告は、被告の職員たちが、原告を「監禁」したということを認めず、原告の相談や買い物の手伝い等のために寮の原告の部屋にいただけであり、原告は自由に電話をかけることもできたし、買い物に行くために外出することもできたのだから、監禁には当たらないと主張していました。

 確かに、Aさんは、買い物をするために寮の部屋から出ていますが、その際、被告の職員が同行しており、被告の職員らは原告を心理的に拘束し監視していたのであるから強制力を行使していたと評価でき、私は「監禁」にあたると考えます。

(4) 「学校側は退学の責任を認めていないため」提訴したという記載について

 被告は、原告が提訴前に日本語学校と何ら交渉を行った事実はなく、被告からの申し入れにも応じなかったのであるから、「学校側は退学の責任を認めていないため」提訴したという記載は不正確であると主張しています。

 確かに、Aさんは、日本語学校と提訴前の交渉をしていません。しかし、Aさんは、アルバイト先とは交渉をしていたのですから、日本語学校が責任を認めるなら、Aさんにその旨を伝えることはできたはずなのに、していませんでした。また実際に、訴訟においても、被告は、請求の棄却を求めていますから、提訴前の段階で、「学校側は退学の責任を認めていない」ということは間違っていないと思います。」

「本件訴訟については、2020年8月28日、無事に和解が成立し円満に解決いたしました。なお、訴訟においては、原告であるAさんの主張と被告である日本語学校の主張には対立がありましたが、この対立点について、裁判所が何らかの判断をしたということではありません。

主に、以下の点については、本記事の記載と被告の主張は異なっています。

(1) 「強制退学」という記載

 被告は、原告の退学理由は介護施設での労働問題と無関係であり、また強制的に退学させたものでもないと主張しています。

 確かに、原告は「退学届」に署名をしているので、説得に応じて合意に基づき退学したようにも見えますが、私は、被告から退学にすると言い渡され、署名をせざるを得ない状況においこまれたからであると考えています。

(2) 「強制帰国」という記載

 被告は、原告に対して、「強制帰国」をさせようとしたということを認めず、帰国するように口頭で促し、強制力を働いた事実はないと主張しています。

 これは、被告の行為についての評価の違いだと思います。私は、被告は、原告に対して、意に反して帰国をさせようとして不当な圧力をかけたものであり、これは「強制帰国」と評価できると考えます。

(3) 「監禁」という記載

 被告は、被告の職員たちが、原告を「監禁」したということを認めず、原告の相談や買い物の手伝い等のために寮の原告の部屋にいただけであり、原告は自由に電話をかけることもできたし、買い物に行くために外出することもできたのだから、監禁には当たらないと主張していました。

 確かに、Aさんは、買い物をするために寮の部屋から出ていますが、その際、被告の職員が同行しており、被告の職員らは原告を心理的に拘束し監視していたのであるから強制力を行使していたと評価でき、私は「監禁」にあたると考えます。

(4) 「学校側は退学の責任を認めていないため」提訴したという記載について

 被告は、原告が提訴前に日本語学校と何ら交渉を行った事実はなく、被告からの申し入れにも応じなかったのであるから、「学校側は退学の責任を認めていないため」提訴したという記載は不正確であると主張しています。

 確かに、Aさんは、日本語学校と提訴前の交渉をしていません。しかし、Aさんは、アルバイト先とは交渉をしていたのですから、日本語学校が責任を認めるなら、Aさんにその旨を伝えることはできたはずなのに、していませんでした。また実際に、訴訟においても、被告は、請求の棄却を求めていますから、提訴前の段階で、「学校側は退学の責任を認めていない」ということは間違っていないと思います。」

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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