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冬季は労災「多発期」 転倒、転落、スリップによる交通事故に注意が必要

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

 今年の年末は強烈な寒波が日本列島をおそうらしい。北海道ではマイナス10度にまで気温が下がる可能性があり、東京でも最低気温がマイナスになると予想されている。これで雪でも降れば、年末の帰省ラッシュと重なって交通渋滞が予想される。

 この時期に気をつけるべきは、冬特有に起こりうる職場での怪我や病気だ。意外かもしれないが、この時期には特に多くの労災事故が起こっている。

 そこで今回は、寒いこの時期に起こりやすい仕事上の事故や怪我を紹介しつつ、それらがもし起こってしまった時の対処法について考えていきたい。

凍結した道での転倒やスリップによる交通事故など、1月に多い労災事故

 労災と聞くと、建設現場での転落や工場で機械に挟まれるなどの怪我をイメージすることが多い。また季節に関する労災といえば、例えば7月、8月といった夏の暑い時期の熱中症対策が普通考えられる。

 実は、「冬季の労災」は、それらの時期と同じくらい対策が必要とされている。

 というのも、厚生労働省の発表によると、2016年は労災事故が「最も多かった」のは1月だったのだ。ちなみに、2017年は10月、7月に続く3番目に多かった。

 また、下のグラフをみると一目瞭然だが、労災事故の中でも「死亡事故」が1月、2月と増えている。もちろん、寒さに関係なく労災事故は起こりうるが、怪我や病気さらには死亡事故が冬に多くなっている事自体は注意しておくべきことだろう。

厚生労働省「平成29年労働災害発生状況の分析等」より作成
厚生労働省「平成29年労働災害発生状況の分析等」より作成

 その中でも特に積雪寒冷地では、冬期特有の労災が頻発する傾向にある。例えば、山形県では、2017年12月から今年2月にかけて冬特有の労災で仕事を休んだ人が222人いたと発表しており、前年度同時期より108人も増えたという。

 具体的な原因としては、やはり「転倒」が多く、滑ってころんだ際に手をつこうとして手首を負傷する、おそらく手をつけなかったことで足や頭を怪我してしまうといった怪我は多かったという。

 参考:山形労働局 報道発表資料

 山形県と同じ雪国の長野県の労働局も対策を呼びかけている。長野県でも、転倒、転落(雪下ろしなど)、凍結した路面でスリップするといった交通事故が多発しているようだ。

 更に換気が不十分な部屋でガスを使った暖房をつけて一酸化炭素中毒になるといった事故も起こっている

 参考:長野労働局 「冬季特有の労働災害を防止するため安全対策の取組をお願いします」

 これらの他にも、長時間労働で疲労が蓄積している中で、気温が低い外部と暖房の効いた事務所を行き来するなかで、激しい気温差によって心臓や血管に負担がかかるといったケースも考えられる。

 このように、熱中症ほど日本全国で話題になっていないかもしれないが、冬期の怪我や病気は無視できるものではない。

会社側が労災を使わせてくれないケースがある

 私が代表を務めるNPO法人POSSEでは労災事故や過労に関する相談を受け付けているが、上で紹介したような転倒や交通事故と言った仕事中の怪我があったにもかかわらず、本来行うべき労災の手続きを会社がしなかった、というケースが増えている。

例えば、こういう相談があった。

50歳代、女性(プライバシー保護のため、内容を少し変えています)

 「勤務中に転倒して膝を骨折。医師から1ヶ月間リハビリが必要なので労災の申請をした方が良いとアドバイスを受けましたが、会社は「治療費は良いが労災はダメ」だと断られました…(これまで受けられていなかった)健康診断を受けたいと言うと、「死なないから大丈夫」という答えが返ってきました」。

 「死なないから大丈夫」とは無茶苦茶な暴言だが、これは氷山の一角だ。例えば、上記の相談とほとんど同じような事例が労災事案に取り組む「労災ユニオン」によっても公表され明らかになっている。

 こちらの事例は、清掃の仕事をパートでしていた69歳の女性が仕事中に階段から転落し大怪我をおったものの、会社は事故を隠そうと「労災ではなく、民間保険でやるから大丈夫」ときちんと対応しなかったというケースである。

 参考:「「使い潰される」高齢労働者 多発する労災、人生を変える悲惨な実情」

 特に高齢者の労災の場合は会社側が「自己責任」と一蹴するケースが非常に多い。転倒や転落などの場合にそう言われると、怪我をした本人も「確かに年だから自分が悪いのか」と思ってしまう。

 他にも、「パート/アルバイト/派遣は労災が使えない」「うちは労災に入っていない」と拒否さるケースも多い。

 しかし、そもそも労災とは会社側に責任があるかないかにかかわらず、仕事中に職場で起こった怪我や病気に対して国が補償するという制度である。

 仮に、本当に自分の不注意で転倒や転落になったとしても、就業時間内で仕事に関する業務を行っている最中であれば、労災になる。

 これは派遣、パート、正社員かに関係なく、働く人全員が対象だ。そして会社が労災保険に入っていないというのはあり得ない(自動車の自賠責のように強制加入)。

 また、自分の不注意で起こった怪我だと思ったとしても、その原因は会社側に何らかのミスがある場合がほとんどだ。

 転倒にしても、従業員が歩く道が凍結しているのを放置したり、手すりをつけるべきところに手すりがなかったりと、対策の余地は十分にあったケースが多い。もしかすると長時間労働で疲れていたことが怪我や事故の原因の可能性もある。

 そもそも労災かどうかは国が判断するのであって、個別に企業が判断すべきものではない。いずれにしても「労災は使えない」という会社側の回答はおかしいことになる。

 会社側としては労災の申請を認めると手続きが手間になることに加えて、翌年の労災保険の負担割合が増える可能性があることを懸念して、できるだけ自分の健康保険を使うように誘導することが多い。

 しかし、そもそも国が定めた制度なのだからそれを使うことに協力しないことは不当である。実際に、労災で従業員が休んだのに国に報告しなければ「労災隠し」という労働安全衛生法違反で50万円以下の罰金という刑罰がついているくらい、労災を使わせないことは、重大な法律違反なのだ。

もし労災に遭ってしまったら

 では、もし実際に仕事中に怪我をしてしまったらどうすればよいだろうか。

 一番優先すべきは、当然治療だ。まずは病院にすぐにいって治療を受けたほうがよい。ただ、その際に「労災です」と窓口で伝えることが大切だ。そうすれば病院側は健康保険ではなく労災保険を使えるように説明してくれる。

 その上で会社に労災の手続きの協力を要請することが必要になるが、上で見てきたように非協力的な会社は多い。もしそうなれば、ここで諦めずに専門家に相談してほしい。

 労災の給付が受けられれば、治療費が無料になり賃金の6割は休んでいる間保証されるため、労災を受けるかどうかで今後の生活が大きく変わってくる。

 また、もし会社側に怪我や事故の責任があれば、会社として謝罪、改善および補償をするべきと言える。

 労災を専門的に扱っている労働組合もあるので、迷ったら一度相談してほしい。

 尚、社労士、産業医など「雇われている」立場の専門家の一部は、残念ながら「労災隠し」に加担することがある。そのため、彼らに「労災は使えない」と言われ場合にも、外部の機関に相談すべき場合があることも知っておいてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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