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児童虐待の「その後」 は? 虐待経験者の「大人たち」が抱える貧困リスク

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 先月30日、2017年度に全国の児童相談所(児相)が相談や通告を受けて対応した児童虐待の件数が過去最高に上ったことが、厚労省の調査で分かった。前年度比9.1%増の13万3778件となり、1990年の集計開始から27年連続で増加している。

また、今年6月に各種メディアに報道された、東京都目黒区の5歳女児が両親により虐待され、死亡した事件は、大きな社会的反響を呼んだ。

今回の事件を受けて、国は児童相談所(児相)で相談支援を行う児童福祉司を2000人増員するなどの虐待防止プランを年末までに策定するとしている。また、児相と警察との間での全件共有が民間からの要望として叫ばれている。

こうした児童虐待に関する議論のなかで、必ずしも注目されていないのが、児童虐待をうけた被害者たちの「その後の人生」である。

子ども時代に受けた被害は大人になったからと言って消えるわけではないはずだ。彼らは大人になって、どのような生活をおくっているのだろうか。

虐待が生み出す貧困リスク

私が代表を務めるNPO法人POSSEでは、生活に困窮した方々が適切に福祉制度を利用し、生活を立て直すことができるよう、生活相談を受け付けている。

 相談者の年齢層としては30代・40代がボリュームゾーンであるが、その次に多いのが20代。20代から30代前半の若年層からの相談内容を分析すると、その多くが幼少期(から現在まで継続する場合もある)に虐待経験を持っているのだ。

 いくつか具体例を挙げていこう。

九州地方出身の30代男性は、幼少期から父親からの暴力と面前DV(父親から母親への暴力)の影響から、中学生の時にPTSDの診断を受けた。現在は双極性障害(躁うつ病)と診断名が変わっており、精神保健福祉手帳1級を所持している。専門学校を卒業後、なかなか仕事が続かず、アルバイトを転々としてきた。介護職を目指して資格も取得したが、採用されず生活に困窮し、生活保護を受けたこともあった。祖父母の介護をしたいと思い、製造業派遣の仕事に応募して東京に出てきたが、厳しい肉体労働についていけず、派遣契約を切られてしまい、再び生活保護を利用することになった。

北陸地方出身の22歳男性は、両親が不仲でケンカをしているところを幼少期からずっと目の当たりにしてきた(面前DV)。母親はアルコール依存症も患っていた。その影響のために、小学生の頃から倦怠感が強く、学校を欠席することも度々あった。周りからは「やる気がない」などと言われてきたが、今では病気のせいだったのではないかと思い、診察を受けるつもりだ。実家を出るという目的だけのために他市の専門学校に通い、卒業後は自動車工場の期間工として働いた。残業はあまりなかったが、不眠症や疲労感が強くなり、退職した。仕事を探すために関東に出てきたが、体調がすぐれないため結局仕事ができず、生活保護を申請した。

上記の2つの事例のように、幼少期に受けた虐待の影響で病気や障害を負い、その影響で「大人」になってからも継続してフルタイムの仕事に従事することが困難となり、貧困状態に陥ってしまうケースが後を絶たない。その結果として、若者も生活保護利用を余儀なくされているのである。

実家から抜け出せないスパイラル

さきほどの事例では、相談者は単身世帯となっていたために生活保護制度を利用し生活の再建や自立を図っていく事が比較的容易にできたケースだ。

 実は、より支援が困難となるケースは、虐待を受けた(受けている)若者が実家を出ることが難しい状況が続いている場合である。

 ここでも実例を挙げていこう。

関西地方の27歳女性は、冬に財布も携帯電話も持たない状態で家から閉め出されたり、「クズ」「お前なんか人間じゃない」などの暴言による精神的虐待を受けてきた。食費などの生活費を出してくれないという経済的な虐待もあった。大学卒業後に内定していた就職先では自動車の運転が求められ、持病のてんかんが原因で内定を取り消された。その後もてんかんや発達障害のために仕事を得ることが難しく、本人の希望である一人暮らしができなかった。そのため、自力で生活保護を受けるため、緊急一時保護施設(いわゆるシェルター)に入ったが、知らない人との相部屋でストレスが高まり、慢性的な下痢で体重が減少するなど体調が悪化した。耐えられず病院に入院したが、退院後も施設に戻すと役所からは言われている。

関東地方の24歳女性は、両親ともアルコール依存症とうつ病を患う機能不全家族で育った。家族内でのストレスのために高校生の頃から摂食障害を発症。大学入学後は無理やり実家を出たが、学費以外の家賃と生活費を全て稼がなければならず、風俗のアルバイトをしていた。しかし、摂食障害が悪化し授業にも出席できなくなり、中退して実家に戻らざるをえなかった。実家に戻ったために病状が悪化したため、治療上、実家を出るべきだと主治医から言われ、入院することで実家を離れた。それと同時に生活保護を申請。退院後にはグループホームかアパートでの一人暮らしが本人の希望だったが、生活保護のケースワーカーが認めず、劣悪な環境の無料低額宿泊所への入所を求めてきた。

上記の事例のように、もともと実家に住んでいた場合、そもそも生活保護を利用することすら容易ではない。生活保護は居住と生計の同一性を基準とする独特な「世帯」概念を採用しており、個人ではなく世帯単位での利用を求められる。

 そうした場合、虐待を受けてきた若者が実家にいる状態で保護申請しても、生活保護法上では実家全体での申請として扱われてしまうのだ。

 そのため、一人で生活保護を利用するためには、施設に入所するなどの方法で何とか実家から出なければならない。もちろん、自力でアパートを借りられればいいのだが、初期費用や引越費用を賄うことができないことがほとんどだからだ。

だが、行政が紹介する施設(多くは無料低額宿泊所)は貧困ビジネスの温床となっており、居住環境が悪い場合が少なくない。

 見知らぬ人との相部屋(8〜10人部屋であることも)、衛生環境の悪さ、粗末な食事、保護費のほとんどを徴収され本人の手元に残らない、などの問題がある。

 そもそも実家から「脱出」した若者の多くは精神障害を抱えており、施設の居住環境によってより病気を悪化させてしまう。場合によっては施設より「マシ」だからと、虐待親のいる実家に戻ってしまうケースもある。

 こうして、彼らの「自立」を阻んできたドメスティックバイオレンスが、実家では再生産されてしまう。そのことによって精神疾患が悪化するなどし、ますます「自立」からは遠ざかっていくのである。

このように、虐待による精神障害を抱える若者には、「ホームレスになる」か「劣悪な環境の施設に入所」して実家を脱出するか、「我慢して実家に留まり続ける」かしか、事実上選択肢は与えられていない。

求められる対策

以上見てきたように、子ども時代の虐待は「大人」になってからの貧困リスクを高めてしまう。そのため、児童虐待を未然に防いでいく対策が必要であることは言うまでもない。

 そして同時に必要なのは、虐待経験を持つ「大人」たちへの支援である。この点については、児童虐待やDV(配偶者に対する暴力)への対策が行われているのに対して「エアポケット」のような状況になってしまっている。

それでは、どのような支援や対策が考えられるだろうか。特に重要なのは、虐待を受け続けないようにもっと容易に「実家から離れられる環境」の整備だ。

 そのためには、病気や障害の治療もきちんとできる、まともな居住環境のシェルターを増やしていくべきだ。また、経済的に余裕がなくても部屋を借りやすくする制度も必要だろう。

 そもそも初期費用が非常に大きく、都市部では月々の家賃が生活を圧迫する。短期的には難しいだろうが、家賃の価格規制や、あるいは、少なくとも家賃補助を充実すべきだろう。

 現在、日本でも生活困窮者自立支援制度のなかに住居確保給付金があるが、離職後2年以内が条件であり、3ヶ月の期限付き(条件を満たせば最長9ヶ月)と、対象が限定されている。より利用しやすい制度に発展させていくことが求められる。

また、こうした住宅支援の拡充は、虐待経験を持つ人たちに限らず、ブラック企業や非正規で働く若者にとっても有意義である。

 彼らも時給換算すれば最低賃金水準で働いており、住宅費負担は大きい。あるいは住宅費節約のために実家住まいであることも少なくない。

 ブラック企業で違法行為に遭っても辞められない背景の一つに、辞めた場合の社会保障が脆弱であるために貧困に陥るリスクがあるということもある。

 つまり、実家での虐待とブラック企業の虐待の両者はともに、住居が縛られているから助長されている。虐待の防止のためには、「住む場所を自立する権利」を拡充していくことが望ましいということである。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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