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大東建託に労基の是正勧告 「ビジネスモデル」はどう改善できるのか?

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 不動産業大手・大東建託が労働基準監督署から是正勧告を受けたことが報じられている。その内容は、違法な長時間労働(労働基準法32条違反)と残業代不払い(同法37条違反)である。

 労基署が認定した残業時間は最大で月に97時間程度で、厚生労働省が定める過労死ライン(月80時間)をも大きく上回っている。労働者の健康を害す極端な長時間労働だ。

大東建託、長時間労働に是正勧告 「過少申告」証言も

 いったいなぜ、このような違法行為がまかり通っていたのだろうか。以下では、大東建託の違法労働の実態を紹介しつつ、不動産業界に蔓延る長時間労働の実態やその原因と対策を紹介していく。

「成果をあげるまで帰るな」

 今回の是正勧告の発端は、大東建託の元営業職・Aさんによる労働基準監督署への申告である。Aさんは、個人加盟の労働組合であるブラック企業ユニオンのメンバーでもあり、そのサポートを受けて申告を行っている。

 ブラック企業ユニオンによれば、Aさんの大東建託での働き方は、以下のようなものだったという。

8:30 出勤、書類作成、掃除、朝礼、ミーティング

9:30 「初訪」(35件程度) ※新規開拓

12:30 休憩

13:30 書類の整理・作成

14:00 「再訪」(15件程度) ※以前訪問した家を再度訪問

17:30 「夜訪」(10件程度) ※「再訪」と同じことを夜間に実施

20:00 上司に電話 ※帰宅が許されるか、更に訪問を命じられるかが決まる。

21:30 上司に電話、帰宅許可、直帰

 もちろんAさんは、好きでこうした長時間労働をしていた訳ではない。残業せざるを得なかったのは、上司から電話で「成果をあげるまで帰るな」と言われるなど、パワハラまがいの業務命令があったからだ。そのため、Aさんは、夜遅くまで訪問営業を行っていたという。

 さらに、Aさんは、休日にも出勤を求められていた。毎週のように土日のどちらかは出勤していた。直前に休日出勤を命じられ、プライベートの予定をキャンセルせざるをえないことも何度もあった。休日の朝9時頃に、上司から「今からお前の家に行くから」といった電話があり、強引に営業に連れていかれたことを印象深く覚えているという。

 このように、Aさんの労働時間は、上司の命令次第で、際限なく伸びていった。こうしたなか、労働基準監督署が大東建託を調査をしたところ、先述のとおり、違法な長時間労働と残業代不払いが発覚したのである。

長時間労働は大東建託だけか?

 私が代表を務めるNPO法人POSSEには、不動産営業職の相談が多数寄せられている。その労働環境は大東建託と同様に酷いものである。過労死ラインを超える長時間労働も決して珍しくない。

 そのことをよく示しているのが、不動産業界大手の三六(さぶろく)協定が定める時間外労働の上限時間だ。以下の通り、軒並み過労死ライン相当の時間を定めている(なお、大東建託の36協定は、月70時間〈繁忙月のみ80時間〉である)。

三菱地所 月130時間

三井不動産 月90時間

東急不動産ホールディングス 月79時間

住友不動産 月75時間

参考:2017年12月4日、朝日新聞

過労死水準の36協定さえ無視

 36協定の限度時間が過労死水準に設定されていること自体が不適切であるが、それすら守られていないのが実態である。

 具体例をあげよう。まずは大和ハウス。三六協定の上限月80時間を超えて社員に残業をさせていたとして、昨年6月に労働基準監督署から是正勧告を受けている。

大和ハウスで違法残業、月109時間 労基署が是正勧告

 次に野村不動産。三六協定を超えて社員に残業をさせたとして是正勧告を受けたことを東京労働局が昨年12月に公表している。さらに大東建託。前述したとおり、大東建託も同様に、違法な長時間労働の是正を勧告されている。

 さらに、こうした長時間労働は、過労死・過労自殺という最悪の事態にまで至っている。2016年9月に、野村不動産では、社員が過労自殺している。朝日新聞の報道によれば、自殺したのは50代の男性社員で、残業時間は最長で180時間を超えており、長時間労働により精神障害を発症して自殺に至ったという。

 また、大東建託でも、静岡県にある支店の営業社員が過労自殺している。この社員は、月80時間から120時間程度の残業をさせられており、過労や仕事上の強度のストレスで鬱病を発症し、自殺に至ったと労働基準監督署が判断している。

長時間労働の背景と弊害

 このような殺人的長時間労働が、不動産業界にはびこる原因は、サービス残業を前提とした事業形態にある。

 例えば、Aさんが要求されていた「夜訪」は、効果から見れば、ほとんどゼロに近いという。夜遅くに「飛び込み営業」をして話を聞いてくれる人はほとんどいないからだ。

 それでも「夜訪」をやらせるのは、「定額働かせ放題」の状態にあるからだ。夜遅くまで働かせても、追加人件費がかからないので、万に一つのマグレを狙った営業が可能なのだ。

 こうした営業のやり方は、一企業の短期的な利益にはつながるもしれないが、社会全体にとっては大きな損失をもたらす。

 不動産業界で営業職を務める社員の多くは20代~30代の若者である。これからの社会を担う若者が、無意味な長時間労働で使いつぶされてしまうことになるからだ。また、昨今問題となっている「生産性」も著しく落とすことになるだろう。

 さらに、ルール無視の営業活動は、企業間の公正な競争条件を掘り崩すものでもある。他のまっとうな不動産会社からすれば、サービス残業で「夜訪」を行う企業は脅威に感じられるだろう。

 その上、私たち一般住民にとっても、夜遅くの「飛び込み営業」は平穏な生活を乱すものであり、百害あって一利なしと言ってよいだろう。当然、当人たちは夜遅くまではたらく事で、家庭を持つことや子育てなど、私生活にかける時間が失われることで、ますます社会の再生産が阻害される。

 このように、「サービス残業」を前提とした事業形態は、本人や社会への負荷を高める「産業の形」を作りだすことになる。企業や業界は努力し、「残業をしないビジネスモデル」を作り出さなければならないだろう。

「ビジネスモデルを変える手段」としての労働組合

 不動産営業の「ビジネスモデル」の問題は、長時間労働に限らない。

 この間、レオパレス21の“違法建築”問題や「かぼちゃの馬車」を運営するスマートデイズの“サブリース家賃不払い問題”など、「お客様」であるオーナーや居住者を裏切るような事件も多発しているのだ。

 労働者を使い潰す事に加え、「お客様」をも騙すような業界体質は、全般的に改善を迫られているといってよいだろう。

 だが、不動産業界の一部の企業は、自浄能力を失ってしまっているようにも見える。そこで、私は「ユニオン」(労働組合)の労使交渉による、「ビジネスモデル」の改善という手段を提案したい。

 ユニオンとは、誰でも一人でも入れる労働組合のことだ。労働者がユニオンに加入すれば、会社との話し合いの場を必ず持つことができる。これは団体交渉権という法律で保障された権利にもとづく。そして、この話し合いでは、労働条件の改善はもちろん、仕事の中身についても話し合うことができるのだ。

 例えば、問題となっていた夜間の「飛び込み営業」の廃止を求めて交渉することも可能だし、消費者の利益にならないような営業の仕方について労使交渉で改善していくこともできる。

 実際に、ブラック企業ユニオンでは、これまでにもエステ業界で横行していた営業ノルマ(顧客にも負担を強いる)を改めるように交渉したり、子どものケアが適切にできていなかった保育園で、運営方針を改善させるなどの成果を挙げている。

参考:保育士不足に歯止めも 行政も支持した「ストライキ」の結末(今野晴貴) - Y!ニュース

 そして、会社が改善に応じない場合には、ユニオンのもう一つの権利であるストライキ権を行使することもできる。ユニオンであれば、夜間の「飛び込み営業」という不合理な業務命令については合法的に拒否することができるのだ。

 実際に、今年のゴールデンウィークには、違法な長時間労働を強いられていた自動販売機運営大手のジャパンビバレッジで、法律通りに営業する「順法闘争」によるストライキが実施された。

 その結果、東京駅の自販機は「売り切れ」が相次ぎ、会社には大きな損害も与えたのだが、あくまでもストライキは「合法」。会社はストライキを止めることも、損害賠償を請求することも、ストライキを理由に降格などの「報復」をすることも、法律で禁じられている。

参考:本日、JR東京駅の自販機補充スタッフがついにストライキ決行 ハローワークも当該企業の求人を停止(文春オンライン)

参考:東京駅の自販機ストライキは、なぜ「共感」を得たのか この現象は、戦後日本社会の変容なのかもしれない(文春オンライン)

おわりに

 労基の是正勧告が出ても、なかなか会社の「ビジネスモデルの改善」にまではつながらない。

 また、違法な長時間営業の結果、多くの労働者は心身を壊し、結局は「自己都合退職」に追い込まれている。病気を患って、自己都合退職したので、被害者のはずの長時間労働の犠牲者は、まったく救済されない。

 「このままでは働き続けられない」と思う方は、是非、労働組合の権利を行使して、職場改善に取り組んでみてほしいと思う。

 尚、ブラック企業ユニオンでは、不動産・建築営業職を対象として、7月9日と10日に労働相談ホットラインを実施するという。こちらの活用も検討してみてほしい。

不動産・建築営業職のための労働相談ホットライン

日時:7月9日(月)18時~22時、7月10日(火)18時~22時

電話番号:0120-333-774

主催:ブラック企業ユニオン

※通話・相談は無料。秘密厳守。

常時の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359

soudan@npoposse.jp

ブラック企業ユニオン

03-6804-7650

soudan@bku.jp

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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